7 悪役王女は不測の事態に困惑する
悪役王女、静かな波乱の予感
本日、クロワルド王国とブレイズランド帝国は歴史的な友好条約を無事に締結した。
ここ数年飛躍的な繁栄を極め、今や世界で最も裕福な国とクーデターや伝染病の流行で今は混乱しているが、広大な国土と豊かな天然資源を有する長い歴史を持つ大国が手を組んだのだ。
この効果は今後絶大なものになるだろう。
調印式後、夜、王宮では建国祭とブレイズランド帝国の一行を迎えて条約締結の記念の夜会が開かれる事になっている。
そのためたくさんの着飾った貴族達が王宮に詰めかけていた。
私も今日は気合を入れて、深いえんじ色の豪華なドレスに大ぶりのアクセサリー、赤い髪はきつく巻いて派手な化粧と手には黒いレースの扇と完璧な悪役王女スタイルで武装した。
集まった貴族達の軽やかな笑い声と煌めくシャンデリアの華やかな広いホールの中、夜会の開始を待つ人々を、私は二階のギャラリーから見下ろし、今夜、エコールサンク学園でも同じように夜会が開かれているのだろうなと、あの一年前の夜を思い出し感慨深く眺めていた時、その中にミルクティーベージュの髪の小柄な令嬢が目に止まった。
久々に見るエリオットの秘密の恋人のリリーナ・ミュレー子爵令嬢だ。
なぜか見たことのない若者にエスコートされて夜会に参加している。
思わず階段を駆け下りてきた私を見たリリーナは目を丸くしてあまり上手くないカーテシーをした。
「お久しぶりにございます。マルグレーテ王女殿下。」
「楽にしなさい。ええ、学園の卒業以来かしら。
それで、その者は?」
「はっ、はい。こちらは私の婚約者で、レノン・ダルトン男爵令息です。」
私の勢いにちょっと引き気味のリリーナは、それでも嬉しそうに私達よりいくらか年上に見える平凡な茶髪にちょっと素朴な感じの若者を私に紹介した。
「王女殿下にお目にかかれて恐悦至極に存じます。
私はダルトン男爵家次男のレノンと申します。
リリーナとは幼馴染で子供の頃に婚約しまして、来月結婚式を挙げる予定です。」
緊張で顔を真っ赤にしたダルトン男爵令息が答える。
「えっ…そうなの⁈」
幸せそうに微笑み合う二人を目の前にして、私はどうにか驚きを淑女の仮面の下に隠してグルグルと頭の中がいっぱいになる。
(は?リリーナはエリオットの恋人ではなかったの⁇
えっ、子供の頃に婚約⁇
前世でもレノン・ダルトンなんて者はいなかったはず…。)
と、考え込んでハッとした。
前世で伝染病でわが国で最初の感染者が出たブレイズランド帝国との国境の町の隣にあったのがダルトン男爵領で、貴族で真っ先に感染して亡くなったのが確かそこの次男だった。
と、いうことは…。
これも未来が変わったからか。
現世では伝染病がわが国で流行することはなかった。
それでレノン・ダルトン男爵令息は伝染病に罹らず、死亡することもなくなりリリーナと婚約を続け来月結婚するのだ。
「リリーナ嬢、エリオットとは…。」
「えっ?エリオット様ですか?
一体どちらにいらっしゃるのでしょうね。
とても尊敬できる素晴らしいお方でしたのに。」
「そっ、そうね…。じゃ、二人ともお幸せに。」
イチャイチャする二人に笑顔で見送られた私は、混乱する胸の内を抱えながらもどうにかその場を切り抜けた。
夜会会場の中、出席した全ての貴族達からのお辞儀を受け表面上は泰然と中央の座へと進みながら私の心の中はぐちゃぐちゃだった。
(エリオットとリリーナは本当に何もなかった?
前世でももしかしてエリオットはリリーナに婚約者がいることを知っていて、本当にただリリーナの奉仕活動を手伝っていただけだった?
それでリリーナの婚約者が伝染病で亡くなったことを知って責任を感じてた?
現世でも、あの時リリーナが私達がエリオットのこと誤解していると言ったことが正しかったとしたら…。
じゃ、前も今も私がした事は、全部勘違いと嫉妬とただのわがままだったの…?
私はエリオットに対してなんて酷いことをしてしまったのか…!!)
ホールの正面にわが国の盾と百合の花の紋章と、向かい合う一角獣のブレイズランド帝国の旗が並んで掲げてある前の席に私は父王と母妃とともに座っているが、扇で半分顔を隠している顔色はとても酷いと思う。
もう今更後悔しても過去を変える事はできないのに。
お父様の建国祭と友好条約締結の記念の夜会の挨拶をどこか遠くに聞き、私は今夜の主役の入場をぼんやりと待つ。
そしてファンファーレが響き、開いた大扉からブレイズランド帝国全権大使のヘイズフォード公が姿を現した。
昼間とは違う紺色の軍服に金の飾緒、赤のサッシュに白地に銀糸で刺繍をした片側マントを纏った豪華な衣装に肩下の銀髪をえんじ色のリボンで結んでいる優美な姿だ。
顔半分を覆う黒い仮面に多くの者達が一瞬息を呑むが、ホールは拍手と歓声に包まれた。
その中をヘイズフォード公はゆったりと王族らしい威厳と気品のある様子でこちらに歩みを進める。
スラリとした体躯と声の感じから、まだ若い方かも知れないと感じた。
そして私達の前まで進むと優雅な仕草でお辞儀をして、今日の日の祝辞と両国の交友と繁栄を願う堂々とした挨拶をした。
次に楽団の演奏でダンスが始まる。
ファーストダンスは父王と母妃、私とヘイズフォード公の二組だ。
軽やかなワルツの調べに乗って踊るヘイズフォード公とのダンスは、初めてとは思えないほど息が合っていた。
私はもちろんダンスもバッチリ踊れるが、パートナーがいないためあまり踊る機会が無く、ダンスを踊りながらのさりげない会話もとても楽しいと感じる。
もっと踊りたいと思ったが、二曲目からを踊れるのは婚約者や家族のみなので諦めた。
ダンスが終わるとヘイズフォード公が
「一休みしませんか?」
と誘ってくれてグラスを片手にバルコニーへと出る。
もちろん二人きりになることはなく、お互いの護衛も侍女達も控えており窓も開けたままだ。
それでも静かなバルコニーから眺める王都の灯りはキラキラととても綺麗で、ちょうど花火も上がり私は柄にもなくちょっとドキドキしてしまった。
「貴女とこうしてここに来れてとても嬉しいです。」
いきなりヘイズフォード公が低く甘い声で話すから、私は緊張して
「へっ⁈」
と、淑女らしからぬ声が出た。
仮面の奥の紺色の瞳が嬉しそうに揺れている。
そして突然、ヘイズフォード公が私の手を取り跪いた。
片手でその黒い仮面を取ると、その下から何と、少し痩せてより精悍な感じになったエリオットの美しい顔が現れたのだ。
驚きで声が出ない私に、エリオットがあの懐かしい笑顔で告げる。
「マルグレーテ様、心よりお慕いしています。
私に再び貴女のお側に立てる許可をお与え下さい。
どうか私と結婚して下さい。」
「えっ…!!!??」
私は混乱で頭に血が昇って倒れそうだ。
(大好きだったけど泣く泣く突き放して後悔して二度と会えないと思っていたエリオットが目の前に!!
しかも私にプロポーズしてくれた⁈)
もう私の心の中では嬉しくてめちゃくちゃで盛大にお祭り騒ぎのサンバ隊も踊っているのに、悪役王女歴が長いせいか、たっぷり間を置いて返した答えが
「よっ、良くってよ。」
の一言だけだった。
それでも蕩けるような笑顔を見せたエリオットは、私をギュッと抱きしめて
「ありがとう。必ず幸せにします!」
と嬉しそうに囁いた。
そして父王に結婚の許可を得るためエリオットにエスコートされた私はホールへと入ると、なぜだか先程とは雰囲気が違っていた。
ダンスが止み、まるで真ん中に道を開けるように人々が分かれていて、私達の様子と仮面を外したエリオットに驚きの声が上がる。
もしかして、皆バルコニーの様子を伺っていた⁈
遠くから「えっ⁈エリオット殿下?」と叫ぶリリーナの声も聞こえる。
なぜか楽団が行進曲のようなドラムロールを演奏する中、私達は父王と母妃の前まで進む。
エリオットは真っ直ぐ二人の前まで来ると私の手を握り締め、優雅なお辞儀をして
「マルグレーテ王女殿下に求婚をして無事にお受け頂けました。
どうか私達の結婚の許可を頂きたくお願い申し上げます。」
父王が威厳に満ちた声で、
「良かろう。宰相、アレを。」
「はっ。」
アンフォール宰相が提示したのは、先程の友好条約の締結書と同じような立派な書面で、「婚姻許可証」とあり父王とブレイズランド帝国皇帝のサインが入っていた。
それを掲げた宰相が言った。
「王女殿下の婚姻は我が国の最重要懸念であり、ブレイズランド帝国との友好条約の最重要事項でもありました。」
途端にウォーッという歓喜の声と拍手が起こり、楽団が高らかにファンファーレと結婚式の入場によく使われる曲の演奏を始めた。
いつの間にか王と王妃の後ろに私の按察官達がいて、「祝♡ご結婚」と書かれた横断幕の両端を持っていつもは冷静な口元をニヨニヨさせて立っていて、父王と母王妃が二人で手を取り合って笑いながら目の幅の涙を流していた。
私とエリオットはあまりのことに二人で見つめ合って心から笑った。
もうカオスすぎて何が何だかよく分からないが、幸せだからいいか!
そして私達は異例ともいえる速さで2ヶ月後の私の王太女の即位式に同時に結婚式も挙げることになった。
と、いうことで次回怒涛の大団円!
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




