9 ウサギ、成績を暴露する
由奈はクニークルスの腹立ちに強い共感を覚えた。会ったことのない、話に聞いているだけのアレシアへの同情もふつふつと湧いている。
「こうなったら、教会を見返してやりたいよね」
「うむ」
「こっちの知識で勝負するにしても、元手かコネが重要になると思うんだ。あとは本人の才能」
本人に作る技術や力がなくても、コミュニケーション能力が飛び抜けていて出資者や技術者を巻き込めるとか、あるいは資金を盾に優秀な職人を引き抜いて作らせるとか。方法はいくらでもある。アレシアがどういうタイプなのか、由奈がたずねた。
「アレシアちゃんって、器用な方? 手仕事とかできる?」
「人並みだと思う……それなりには器用ではあるが、職人と名乗るには恥ずかしい腕前だ」
クニークルスの世界の職人は徒弟制度によって技術が伝えられる。彼らが生涯にわたって身につけ磨き上げる技術は別格だ。裁縫も料理も、人並み程度に身につけてはいるが、それを専門にして身を立てるほどではない。
「なるほど、世間の目が肥えてて素人作品では小銭は稼げても自立はできないってコトね。アレシアちゃんって、聖魔力を高める以外に、何を勉強してたの? 成績は?」
「語学は並だ、大陸公用語とゾルティード国語とムルス公国語なら読み書きもできる」
「三カ国語で並なのかぁ」
聖女教育で語学を鍛えられていればと思ったが、あちらの識字率は高いらしく、交易商人などは十カ国語を母国語のように自在に操るらしい。そちらの方がよほど語学チートである。
「計算とか、経済とか、そのあたりはどんな感じ?」
「得意ではあるが、市井の商人にはとても及ばんだろう。彼らの経済記録術は特殊で癖があるのでな」
経済記録術とやらの具体的な説明を聞いた由奈は唇を噛んだ。
「複式簿記か!」
庶民層でも納税額の高い富豪などは取り入れているらしく、専門に扱う者は技術者扱いされているらしい。教会での数学教育はそれなりに高度ではあったが、経済記録術は学んでいないそうだ。そこからは商家や行政での事務のあり方や税制なども聞き出したが、由奈の知識で突ける隙はなさそうだ。
「くっ、事務関係のチートもダメか」
ならば芸術面はどうかと問うと、こちらは期待ができそうな返事だった。
「絵画は今一つだが、音楽は得意じゃぞ。笛の演奏で賞をもらっておる」
我が子の出来を自慢するようにウサギが胸を張っている。
「お金が貰えるレベルの演奏なのね?」
「うむ。教会では神との対話はすべて音楽に合わせて行われておるのでな、演奏も歌唱も必須教育の一つだ。だが、我としては演奏家にはさせたくない」
「なんでよ? もしかして音楽は教会が独占しているとか?」
「そのようなことはない。庶民にも音楽は身近なものだ。それゆえにな、競争が厳しいのだよ……作曲のできない音楽家の大成は難しかろう」
歌を唄い音楽を奏でるのに資格は不要だ。たいした技術も持たぬのに自ら名乗る者も多く、その演奏を聴くまでは見極めも難しい。それ故に演奏家の評判は、権威ある者による保証が重要になる。いわゆる後援者だ。
「パトロンかぁ」
「聖女・聖人には演奏に優れた者が多い。アレシアもなかなかのものだが、上には上がいるのだ。元聖女ならともかく、元候補者を支援する貴族はおらぬ。市井の有力者や富豪に、とも考えたが……」
「駄目なわけ?」
「後見人のように、演奏ではなく治癒の力を重視する者が多いのだ。それに平民の演奏家は、酒場の演奏家でもある。守護獣としてそれは絶対に許可できん!」
どうやら後援者から性的なご接待を求められる場合もあるらしい。それは由奈もすすめたくはなかった。
クニークルスの世界がだんだんとわかってきた。中世後期から近世前あたりをイメージするファンタジー界、かつ過去の転生者による衣食住が歪に発達した世界だ。今さら異世界の知識で一発逆転を狙えるとは思えない。
「もうさ、普通にどこかで雇ってもらうのがいいんじゃない? 教会仕込みの知識を売りにした、住み込みの家庭教師とか? それなら家賃の心配もないでしょ」
「……アレシアには我がいる。守護聖獣は神の使いだ。聖獣を連れた者を使役して神の怒りを買いたくないと……」
「あー、もう断わられたのね?」
力なくウサギが頷いた。
治癒の力では働けず、器用ではあるが職人と名乗れるほどの腕はなく、聖獣がともにいるせいで畏れ奉られてしまい、一般的な仕事にも就けない。
「詰んでる……?」
クニークルスは顔を両手で覆い、日だまりで丸くなった。丸まった背中の毛がかすかに震えている。
これは異世界の知識に活路を見出そうとするのも仕方ない。だが由奈の持つweb小説の異世界チート知識レベルでは、クニークルスと元聖女候補を助けるのは難しそうだ。
「帰れるようになるまでまだ時間はあるし、私も色々考えてみるからさ、クニークルスも情報収集を頑張ってみたら?」
とりあえず、クニークルスが復活したらテレビの使い方を教えよう。地上破、BSにCS、配信サービスもある。由奈が留守の間にこれらの番組から何かヒントを得て欲しい。
日向で丸まっているウサギをそのままに、由奈は週末の日課をこなしてゆく。
洗濯は昨日のうちに終わらせてあった。アイロン不要な素材のブラウスは、シワが残ることなくキレイに乾いている。ジャケットとスカートの手入れを忘れていたので、慌ててハンガーに吊しブラシをかけた。
「そろそろ買い換えたほうがいいのかなぁ」
着替えも含め三セットをローテしているが、着用する本人と同じくらいくたびれている。
「まだテカってないし、どうせ誰も見てないから、もうちょっとこのままでいいかな」
乾いている下着とタオルを取り込み、クローゼットに収納した。パジャマと日常着を洗濯機に放り込んでスイッチを入れる。
月曜日はゴミ収集日だ。出勤時に運び出せるようまとめてゆくが、かさばるゴミが多いせいで、袋はいつにも増してパンパンだ。忘れないように玄関に置こうとしたが、定位置は畳まれた段ボール箱に占拠されていた。
サンダルにパンプス、スニーカーにブーツ。それらを全部靴箱に押し込んでゴミ袋を置く場所を作ろうとしたのだが。
「靴箱もいっぱい……あ、この靴、何年も履いてないやつ……これも、これもだ」
玄関周りの整理も必要だが、面倒だ。ひとまず、底が磨り減ってクッション性のなくなっている、ここ数年履いた覚えのないスニーカーをゴミ袋に移動させ、なんとか玄関に散らばっていた靴を押し込めた。
ピー、と洗濯終了の音が鳴る。洗濯機のある洗面脱衣所はくすんで見えた。トイレも、バスルームもだ。掃除をするべきなのだろう。迷っている由奈を、ピーピーと洗濯機が急かす。
「はいはい、乾しますよ」
気づいてしまったくすみから目を逸らし、脱水の終わった洗濯物を取り出した。パジャマも日常着も部屋でしか着ないので、シワなど気にせず雑に乾してゆく。ブラウスの列の横に、スウェットが並んだ。
幸いなことに日差しがしっかりと降り注いでおり、室内干しでも問題なさそうだ。
「あー、気持ちよさそう」
あのまま寝落ちしてしまったらしいクニークルスの、穏やかに上下する背中を見ていると、一緒にまどろみたくなってくる。
「……最低限のことはしたし、いいよね?」
月曜日からの着衣は問題ないし、食料も一週間分を買いだめしてある。換気もしたし、掃除機もかけた。風呂と洗面脱衣所とトイレが気になるが、後回しにしても死にはしない。
空になった洗濯籠を端に寄せた由奈は、室内干しの下に寝転がった。漏れ注ぐ太陽で毛が膨らんだウサギを引き寄せて、ポカポカとしたぬくもりに顔を埋め目を閉じた。
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「揉まれても気づかぬとは、不覚であった……」
「あぁ、よく寝たぁ」
「起きたのなら離せ」
「やっぱりもふもふはよく眠れるなぁ」
「離せと言っておるのだ、この変態」
「腹モフさせるって約束でしょ」
「だから耐えておるではないか。我は人形ではないのだ、いつまでしがみついているつもりだ。それに約束の時間は過ぎておるぞ」
「まだ制限時間内だし!」
「我は聖獣ぞ、嘘を見破れぬと思うのか?」
「ちっ」




