表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
対価に「1日1回の腹モフ」を要求します!  作者: HAL


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/19

8 ウサギ、提案される


「モフモフ、どこ――っ!?」

「うるさいぞ」


 すでに朝日が高くのぼって二時間近く経ったころ、ようやく由奈は目を覚ました。不思議なほどに軽い体を起こし、何かが足りないと気づいた。数回瞬きをする間に思い出して探したすえの叫びだ。

 声を探して寝室から飛び出した由奈を見て、クニークルスはため息をつく。


「あ、そっちにいたんだ。よかったぁ」


 日向ぼっこ中のクニークルスを見つけて、ほっとした由奈は、時計の時刻に気づいて驚く。


「まだ十時なの?」


 いつもの日曜日は午前中を寝て過ごし、頭が働くようになって起き出すともう十三時を過ぎていた。しかし今日は、恐ろしいほどにスッキリと目覚めたのに、まだ十時を過ぎたところなのだ。


「なんか得した気分」

「顔色は良いようだな」

「おはよう、クニークルス。お腹空いてるよね?」


 珍しく朝から空腹を感じている由奈は、首を傾げながらもすぐに食べられそうな物を探した。


「パックご飯はあるけど、他はカップ麺かレトルト……」


 食欲はあるが、朝からカレーやこってり系カップラーメンは食べたくない。冷蔵庫をあけてもジュースとケチャップやマヨネーズしかなかった。冷凍庫にも氷だけだ。


「冷凍食品は食べきっちゃってたか……」

「昨日の粥は美味かったぞ」

「あれが最後のだったんだよね。あとはフリーズドライのスープしかない。仕方ない、買ってくるか」


 コンビニで朝食用のパンと、あとは冷凍食品だ。一週間分の買いだめも一緒にしておこう。


「クニークルス、ちょっと出かけてくるけど、静かにしてるんだよ。ここペット禁止だし、ご近所迷惑だからさ」

「我はいつも静かだ。騒いでおるのはおぬしではないか」


 つい先ほど大声で叫んだのも由奈である。


「でもクニークルスだって結構大きな声で言い返してたよね」

「言い返してはおらぬ。おぬしとの意思疎通は、念話を使っておるからな」

「念話? 念話って、あの念話?!」


 ファンタジーお約束の、言葉ではなく心で会話するアレかと、由奈の目が輝いた。


「アレがなにを指すかは知らぬが、我は声を発してはおらぬ。ぬしが言うておったではないか、ここの居住には動物が住んではならぬのだろう? だから声は出しておらん」

「全然知らない間に念話やってたなんて、ちょっと悔しい。あ、でもそれって、周りには私が独りごと言ってるだけにしか聞こえないんじゃ」


 防音を意識して選んだアパートではあるが、完璧ではないのだ。隣人からクレームがきても困る。できるだけ声を落とさねば。


「じゃ、ちょっといってきまーす」


 小声でそう言って、財布とエコバッグを持って部屋を出た。

 由奈の食料調達先は近所のコンビニだ。毎週日曜日に一週間分の食料を買っている。足りなければ段箱のカップ麺を頼る。

 朝食用にサンドイッチとサラダを選んだ。冷凍食品のコーナーに移動し、ざっくり計算する。一週間分の食料だが、クニークルスの分も含めるといつもの二倍……いや、由奈が留守中の食事も含めると二・五倍か。


「選ぶのも数えるのも面倒だし、全部二・五倍買ってけばいいか」


 冷凍のチャーハンと焼きおにぎり、餃子にコロッケにパスタ、お惣菜各種と冷凍のブロッコリーとミックスベジタブルも籠に入れる。レトルトタイプのお粥とチーズ、それとアイスを買った。気安めの野菜ジュースも、飲むヨーグルトもそれぞれ一週間分だ。分量が二・五倍なので持参したエコバッグには入りきらない。大きなビニル袋とエコバッグを両手にぶらさげて急いで部屋に帰った。


「ただいま~」

「大荷物だな」

「一週間分の食料だからね……冷凍庫、入るかな」


 由奈の冷蔵庫は、一人暮らし向きの小さめの二ドアだ。だが冷凍室が大きく、たっぷりの容量がある。溶ける前にと買ってきた冷凍食品を詰め込み、電気ケトルで沸かした湯でフリーズドライの卵スープを作る。サンドイッチとサラダとスープの朝食を見た白ウサギが首を傾げた。


「買ってきた物は食わんのか?」

「あれは平日のご飯用。時間も手間もかけられないから、レンチンしてすぐ食べられる健康的なごはんを買いだめしてるの」

「手間などかかっておらんだろうに……」


 湯を注ぐだけのスープのどこに手間がかかっているのかと呆れるクニークルスだ。

 そういえば最後に料理を作ったのはいつだっただろうか。記憶を遡ってみると、ぼんやりと思い出してきた。


「あの営業が入社してから、かな」


 由奈が多忙になったのは、縁故で入社した営業職に仕事を押しつけられるようになってからだ。三人いた同僚の一人が辞めたのも、会社の売上が大幅に増えたのも、あの頃だったと記憶している。

 日に日に尊大になってゆく営業職の顔を思い出しただけで、胃のあたりが重くなる。由奈は勢いよく頭を振って嫌な顔を追い出した。

 卵スープで舌を焼かぬよう、ハフハフと息を吹きかける白ウサギを見ていると、気持ちがほんわかとしてくる。


「それで、クニークルスはどういう知識を持って帰るか、決まったの?」

「言うであろう、我はこの世界にどのような物があるのか知らぬのだ。ヤスオカユウナが良い案を出してくれると助かるのだが」

「私だってそっちの世界のこと、あんまり知らないからねぇ」


 昨日教えられた異世界の情報も、アレシア近辺の限られたものばかりだ。


「一年後に放り出されるんだっけ?」

「家賃が支払えないとなると、そうなるであろうな」


 アレシアの住まいは、平民町の隅っこにある、ちょうど由奈の部屋と同じような小さな個室だ。家賃さえ負担すれば引き続き住める契約になっている。


「わずかとはいえ治癒魔法が使えるのなら、それを仕事にできない?」


 町の医者の元で働くか、個人で治療を請け負うのだ。後見人に縛られるのは一年間なのだから、その後は聖魔力を活かした職に就けばいい。聖女教育を受けたアレシアにも抵抗は少なそうだと提案したが、クニークルスは渋い様子だ。


「アレシアの魔力量は、治療院で働く基準に達しておらん。教会がアレシアの聖魔力では治療士にはなれないと判明したから、市井に出されたのだ」

「命に関わるし、そのあたりの基準は結構しっかりしてるのか。じゃあ治療師ってのが無理でも、雑用係とか事務方とか仕事はあるでしょ。そっちに就職できないの?」

「それは魔力を持たぬ者の仕事を奪うことになるからな。魔力持ちは能力で恵まれているから、魔力なしの仕事を奪ってはならぬと国が定めている」

「正論だけどさ、ちょっとしか魔力持ってない人が一番生きづらそう」

「魔力を持つ者は、その器に合わせた教育がなされるから、それほど困りはせんよ。だがアレシアは聖属性であったために、器に見合わない教育を受け、期待をされる環境で育った。それを取りあげられたのだ。どちらにも属さぬという中途半端が一番辛い」


 イケオジボイスに苦悩されると、耳は幸せだけれど心は辛い。由奈は漂う空気を変えようとテレビをつけた。無難そうな番組を、と探して時代劇に落ちつく。

 web小説では限りなく近世に近い中世ヨーロッパ風な場合が多いが、クニークルスの話を聞く限りもそれに近いようだった。江戸時代と比べてどうだろうかとウサギにたずねてみる。


「そっちの世界って、こんなの感じ?」


 クニークルスは江戸の賑やかな下町をお忍びの若様が闊歩する場面をまじまじと眺め、しばらくドラマに見入った。


「風俗はずいぶん違うが、遠くはないな……うむ、こやつらは騎士か。この若者が騎士団長のようだな。ずいぶんと平民に親しげだな」

「そっちは偉そうなんだ?」

「役割が違うのだ。騎士は王家、王族、貴族、そして国を守る。町兵は町の治安を守る役割だから、平民とは近いが、騎士とは少々距離がある」


 その中でも聖騎士は聖女・聖人とともに瘴気から世界を守っている。アレシアはこれまで聖騎士に守られる環境で生きてきたが、現在は町兵が側にいる環境らしく、戸惑っているのだそうだ。


「江戸時代の感覚が近いのなら、確かにちょっとした便利アイテムがあれば一儲けできそうだよね」

「何か良い案はあるか?」


 現物を持ち帰れない以上、クニークルスが覚えられ、かつ口頭の説明でアレシアが再現できるものでなければならない。だが簡単な構造の品は作り方を真似されてしまうだろう。かといってあまり複雑なものは再現できない。


「異世界に持ってけるチートグッズって、意外に少ないかも」


 web小説に山ほどある当たり前の知識も、実際に異世界事情に合わせて選ぶとなると難しいものだ。


「そっちの世界って、マヨネーズある?」

「卵ソースだな、あるぞ」


 冷蔵庫に入れっぱなしのマヨネーズで確認し、間違いなくクニークルスの世界にも同じ品があるそうだ。ケチヤップも醤油や味噌も味見してもらったが、しっかり存在していた。過去の異世界転生人たちの仕事だ。ほかにも異世界チートの関与する食品や食材はないかとたずねると、ぼろぼろと出てきた。プリン、サンドイッチ、ハンバーグ、アイスクリーム。


「簡単なのはほぼ先人が実行済じゃないの……諦めたら?」

「それでは困るのだ」

「やっぱりアレシアちゃんの聖魔力を活かす方向で何か考えるしかないんじゃない?」

「しかし治療士にはなれぬのだぞ」

「聖魔力って、癒やしの力だけだっけ?」

「浄化もだ。アレシアはそちらが得意だな」

「なら浄化の旅とかに出て、瘴気とか悪気とかをキレイにする対価を貰えばよくない?」


 神様の意向で瘴気を根絶できないのだから、地方や田舎で瘴気溜まりが発生すれば元聖女の力も頼りにされるはずだ。しかし由奈の提案に、クニークルスは首を横に振る。

 神殿が聖魔力を持つ者を集めて教育し、神々の言葉を正しく知らしめ、幾代にもわたってコツコツと浄化をし続けた結果、現在の彼らの世界には瘴気で命が脅かされるほど困っている地方も国もほぼ存在しない。


「瘴気の根源は特定され、囲われ監視されておる。街の外では時おり瘴気が生ずることもあるが、大きく育つ前に近くの教会から聖女や聖人が派遣され、速やかに浄化する体制は整っておるのだ」


 どれだけ田舎の、辺境や僻地であろうと、中央協会か近くの教会から、必ず聖女か聖人が派遣され、その地の瘴気を浄化する。

 そうやって世界は平和になったが、教会の抱える聖魔力を持つ者が増えすぎて財政を圧迫するようになった。多くの国と教会が聖魔力持ちを厳選しはじめ、その最初の犠牲者がアレシアなのだ。


「辺境の、未開の地の教会ですら、アレシアを要らぬと言うのだ……あまりにも薄情ではないか?」


 シャリッ、とサラダに添えられていたスティック人参がクニークルスの前歯で砕けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ