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対価に「1日1回の腹モフ」を要求します!  作者: HAL


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6 ウサギ、交渉する


 起死回生とまでの危機感が由奈には理解できなかった。


「瘴気との戦いって、最悪聖女も聖人も死んじゃう可能性があるんだよね?」

「かつては多くの者が犠牲となったと聞いている。今は手が足りいてるので滅多に犠牲は出ないが、危険であるのは確かだ」

「それならクニークルスの聖女ちゃんは危険な仕事から解放されたんだから、どんな仕事でもできそうじゃない?」


 由奈の疑問に、クニークルスはううむと唸った。


「使命と思っている任に就けなかった無念を上回る仕事とは、何だ?」

「強制される仕事ほど辛いものはないよね?」

「……己の力が必要とされる場で、望まれて従事することこそ幸せではないのか?」

「あぁ、うん、そういうケースもあるか。重いなぁ……アレシアちゃんの好きなコトって何かないの? それを仕事にできない?」

「……好きな仕事とは、何であろうか」

「そりゃ、趣味を活かすとか、得意な分野を仕事にするとか」

「アレシアの得意とするのは、わずかな治癒と少しばかりの浄化だが、それは教会の外では何の役にも立たぬ」


 つまり他ではつぶしの利かない特殊技能を身につけた、無趣味かつ生活能力のない見習いを、採用前に解雇したのか。


「ブラックすぎじゃない?」


 たった一年とはいえ、後見人をつけただけ良心はあるようだ。しかし放り出された聖女を助ける後見人とやらは何をしているのか?


「その後見人ってのは頼れないの?」

「制度の変更はかなりの駆け足であったのと、国も教会も後見人の審査をまともにする時間がなかった。後見人は自ら手を上げたというのに、預かるアレシアが元聖女候補、しかも最下位と知ってからは保護に積極的ではないのだ」


 聖女を預かると聞き、期待して名乗りを上げたのに、押しつけられたのは聖女になれなかった見習い。多少評価されている浄化は町暮らしでは不要な能力だ。唯一期待していた治癒はほとんど役に立たない。これでは何のために引き受けたのか、と面と向かって文句を言われてアレシアはとても落ち込んだ。


「後見人にばっちり下心があったのかぁ。聖女の治癒で一儲けとかたくらんでたわけ?」

「その者の親族に、重い病の者がいるのだ。聖女と聖人の治癒の力は、瘴気との戦いにおいて多くの騎士や魔法使いの命を救っている。瘴気にむしばまれた者を浄化し、傷ついた体を治癒すのだ。治癒の力は瘴気による傷だけでなく、病にも効く。それを期待していたのだろう」


 だが後見人のもとにやってきたのは、わずかな治癒の力しか持たない見習い聖女だ。


「少しでも力になれればと、アレシアは後見人の親族を治癒しているが、力が弱いため進行を止めるだけで精一杯だ」


 持てる魔力のほとんどを治癒の魔法に注ぎ込むため、魔法をかけ終わったアレシアは寝込んでしまい、魔力が回復するまで何もできなくなってしまう。


「毎日のように後見人に頼まれて治癒魔法を使っておっては、市井の暮らしを学ぶ余裕などない。このまま猶予の一年が終われば、フレシアは路頭に迷うことになってしまうのだ」

「後見人を変えてもらうのって、できないの?」

「一年間の住まいと食事と生活必需品の無償提供が、後見人に命じられているが、それはしっかりと守られておる。国や教会に訴えても、どうにもならん」


 アレシアの弱みと良心の呵責につけ込まれた現状から抜け出すには、後見人に頼り切りの生活から離れなければならない。つまり、住まいと食事と生活必需品を購入できる収入が必要なのだ。市井の暮らしを知らないアレシアにはあまりにも高いハードルである。

 そこで守護聖獣である自分がなんとかせねばと思い立ち、仲間の聖獣に相談した。


「過去に異世界での記憶を持って生まれた聖女や聖人がいて、その者らが異世界の知識をもとに、それぞれの属した国に繁栄をもたらしたと聞いた」

「異世界転生、あったんだ……ちっ」


 先を越された悔しさに、つい品のない舌打ちが出ていた。


「……数十年に一人の割合で、魔力を持って生まれた者の中にいるそうだ」


 どの転生者も魔力が多く、教会で上位の地位に就いたり、騎士や魔法使いとなり国の中枢で活躍したそうだ。彼らは転生前の知識を使って人々の生活に彩りを与えた。


「人々の生活を便利にしたり、新しい文化や娯楽を広めたことで、転生者は莫大な資産を得たそうだ」


 異世界転移者にはとても都合のよさそうな、中途半端に文明の発達した世界のようだ。転移できないのが残念でならない。


「アレシアちゃんって、転生者じゃないんだよね?」

「違う。転生者は、莫大な魔力を持っていることと、内面の成熟が特徴だそうだ。アレシアの魔力の器では、転生者の可能性はない」


 彼女自身もそのような記憶は存在しないと断言している。


「内面の成熟はちょっと違うような気もするけど、まあ、転生チートが存在したのはわかった。だから異世界の知見を手に入れて、転生聖女みたいにアレシアちゃんを大金持ちにしたいのか」

「いや、ほどほどでよいのだ。アレシアのような立場で莫大な資産は身を危険にする。市井での穏やかな暮らしができる程度でよいのだ……ヤスオカユウナよ」


 ピシッと耳を立てたクニークルスが、由奈の正面に移動して、まっすぐに見据えた。


「アレシアを救うため、異世界の知見、秘術、秘宝、何でも構わぬ、我に与えよ」


 カッと見開いた目が光り、虹の色をした風がクニークルスの周りをふわりと包んだ。丸一日の日向ぼっこでふわふわになった毛皮が柔らかくゆれる。さすが異世界の聖獣、神々しさが増し増しだと由奈の胸が高鳴った。


「私の持ってる知識でクニークルスの世界で役に立ちそうなモノがあれば、教えてもいいけど」

「む? 何か含みがあるように聞こえるが……」


 警戒するウサギに、由奈はニッコリと笑んで見せた。


「タダでお金になる知識を持ってこうとか、いい根性だよね?」

「守護聖獣から金を取る気か!?」


 クニークルスの世界では、守護聖獣は人々からは神と同等に敬われる存在だ。なのに由奈は敬うどころか、勝手に毛皮を揉み、顔を埋め、動くなと無体な要求をする。そして窮状を説明したにもかかわらず、金まで寄こせと言う。


「不敬であるぞ!」

「クニークルスが称えられるのはそっちの世界だけだよ。こっちじゃただの愛玩モフモフだし」

「ぐ、ぬぅ……っ」

「まあ金を払えとは言わないよ。この世界のお金か、換金できるような品物、持ってないでしょ」


 見たところウサギは服もアクセサリーも身につけていないし、鞄も持っていない。聖獣の力でアイテムボックスがあるのなら期待できるが、どうなのだろう。


「そっちの世界にアイテムボックスとかないの? 空間を歪めて、無限に品物を保管できる便利なヤツ」


 もらえるなら欲しい。


「魔法鞄ならある」

「あるんだ、マジックバッグ!」

「魔力がなければ使えぬし、瘴気の根源から稀に得られる品だ、すべて国か教会が所有しておる」


 管理は徹底されており、使用する人間も、用途も限られている。

 この世界でも使えるかどうかは不明だが、魔力が存在しないのだから、おそらく使えないだろう。


「残念。あ、それ複製できたらお金になると思うけど……魔力がないと使えないってコトは、複製にもむちゃくちゃ魔力が必要なのかな?」

「複製か……どうであろうな。瘴気から稀に得られるとしか知られておらぬし、発見されると即座に国と教会が回収してゆく。複製して者がいるかどうかもわからぬな」


 自分の世界に戻った後、聖獣仲間か教会に問い合わせてみよう。もしこれまで誰も考えていないのなら、魔法使いに研究を勧めたい。もし複製が可能となれば、きっかけとなったクニークルスにも多少の利益はありそうだ。


「ふむ、やはり異世界の知見は頼りになりそうだ。ヤスオカユウナよ、他にはないか?」

「他にと言われてもなぁ」


 web小説定番のアレコレを説明するのも面倒くさい。


「協力する対価に、私もクニークルスの世界に行けないかな?」

「お……おぬしを連れて行くのか。何故だ?」

「私はクニークルスの世界を知らないから、どんな知識がアレシアちゃんのために役に立つのかわからないよ。何をお土産に持たせたら良いか判断できないし。連れてってもらえたらあっという間に解決だよ?」


 実際に異世界を見て、経験して、使えそうなチートを提供するのが一番簡単だ。癒やしのフェイクファー以外の逃避先が欲しかったところだ。週末だけでも異世界に行けたら、社畜生活も苦にならなくなる。由奈は期待を込めてクニークルスに顔を近づける。

 ぐっ、と顎を引いた白ウサギは、由奈から視線を逸らせた。

 耳が後ろを向き、髭がピタリと頬にくっついている。


「……連れてゆく利点は理解したが、無理である」

「どうして? 帰る方法があるのなら、自由に往き来できるってコトでしょ?」


 由奈の言葉に、クニークルスは悔しそうに目を伏せた。


「我が一人でこちらに渡るのに、魔力のほとんどを使い果たしたのだ。おそらく帰りも同じだけの魔力が必要になる。小さな品なら運ぶ余力はあるかもしれんが、もう一人を同行する魔力は、我にはない」


 週末異世界バカンスの夢は叶わなかった。


「残念だなぁ」

「すまぬな。それで、もっと知見が必要なのだが、何かないか」

「何かないかと言われても、すぐに思いつくモノは、過去の転生者が広めてそうだしなぁ」


 そのあたりも聞かなければ、何が有用なのか判断できない。それに。


「繰り返すけどさ、タダで協力しろってのは、ちょっと虫が良すぎない?」

「ぬ……しかし我が持つのは、魔力だけである」


 しかも魔力の回復にはかなりの時間がかかるだろう。


「かなりって、どれくらい? 半年とか? 一年?」

「何故ニヤけているのだ……今日回復した量から推測して、天気しだいではあるが、およそ十日もかかるのだぞ」

「思ったより早いなぁ」


 もっとゆっくりしていってもいいのに、と声に出かけた由奈を、クニークルスの咎めるような視線が見据えていた。


「ええと、元聖女候補をほっといて大丈夫なの?」


 生活能力のない、しかも後見人に酷使されている守護対象を十日も一人にしておくのは不安ではないのか?


「心配は要らぬ。転移した直後に戻れるからな。ずれるとしても一鐘(二時間)程度だ。そのためには我のすべての魔力を絞り出さねばならぬのだ」


 つまりこちらで何年過ごそうと、あちらではほとんど誤差程度の時間しか過ぎないのか。

 守護聖獣としては守護対象のもとに早く帰りたいが、魔力が完全回復するまでに時間がかかる。この間に異世界の知見・英知をしっかりと得たい、ということだった。


「我が世界でアレシアに幸をもたらす知見を探してくれぬか?」

「いいでしょう、十日間、協力しましょう」

「そうか! ありがたい」

「ただし」

「む?」


 ニヤリ、と笑んだ由奈の表情に、クニークルスが警戒するように目を細めた。


「強力する代わりに、お願いがあるんだけど?」

「……何だ」

「十日間の宿代として一日一回の腹モフを要求します」

「この変態めが!」


 ウサギのキックが由奈の横っ面を叩いた。


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