5 ウサギ、窮状を語る
「む、とても食料とは思えぬ面妖な見た目であるが、なんとも不思議に美味い料理であるな」
カレーを一口食ったウサギは、そのまま口元を黄茶に染めながら、夢中になってカレーを食べた。由奈にしていた魔法の話はすっかり置きっぱなしだ。
いくら人間と同じ物を食べるといっても、さすがにカレーライスだけでは罪悪感がある。由奈は小さめのマグカップに野菜ジュースを注いで置いた。一日に必要な野菜が摂れる、といううたい文句の濃厚なやつだ。クニークルスに注いだ残りは、ペットボトルのまま自分で飲む。
空腹が満たされ、茶色く染まった口元をウエットティッシュで拭ってから、再び情報収集だ。
「クニークルスの世界は、神様がいて、守護聖獣がいて、聖女様がいる。それで魔力を持ってる人は多いけど、魔法使いは少ない、と」
「うむ。理解が早いな」
web小説などで予習は済んでいるからね、との呟きを、由奈は野菜ジュースで飲みこんだ。
「守護聖獣って神の使いなんでしょ? 偉いのに、なんで異世界の知見とか英知とかが欲しいの?」
聖なる獣と書いて聖獣。そんじょそこらの動物とは異なる、特別な存在っぽいのに。二足歩行だし、喋るし。魔力を使いきったとはいえ、異世界にまでやってこられるすごい力を持っているのだ、自力で何でもできるのではないか、と由奈が問うた。
「……我は、聖獣だが……、守護聖獣では、もっとも……下位であるのだッ」
悔しくてならないとウサギは全身の毛を逆立て、小刻みに震えていた。
どうやら魔力を持った人間が多数いるように、守護聖獣も沢山いるような口ぶりだ。モフモフパラダイスに行き損ねたのかと、由奈は密かに唇を噛んだ。
「クニークルスがさ、どうしてこっちにチート知識を求めてやってきたのか、そもそものところから説明してもらえるかなぁ?」
由奈が穏やかに問いかけると、白ウサギは窓から夜の空を見上げて、静かに語りはじめた。
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クニークルスの世界には神が存在し、魔物も魔獣もいる。
「聖獣は魔物と魔獣のどっち?」
「どちらでもない。魔獣は瘴気に染まった獣だ。我は神気により作られておる、同じにするではない」
世界には瘴気が生まれる種が存在し、種が成長して瘴木となり、瘴気を発する。それに染まった獣は魔獣となるのだ。瘴気は大地や空気をむしばみ、すべてが染まるとそこから魔物が出現する。
聖女・聖人とともに、騎士と魔法使いがこれらを討伐し、人の住まう領域を守っているのだそうだ。
「神様がいるのに、何もしてないの?」
「しておるわ。神々は人の領域は人自身で守るべきとの考えがあってな、瘴気に対抗する力を人に与えた。それが魔力だ」
出生時に神に与えられた力は、ゆっくりと成長する。人が六歳で神殿に赴くのは、神々に与えられた魔力を確かめるためだ。魔力があると判明した者には、その属性に応じた教育が保証される。魔力の属性は、火・水・土・風・光・闇・聖の七種類だ。
「中でも聖魔力は特別だ。唯一瘴気を封じ込める力だからな。聖魔力を持つ者には、神から守護聖獣が贈られる。我は聖魔力を持つと判明したアレシアを導き守るため、聖獣として目覚めたのである」
誇らしげなクニークルスの胸毛はふわふわと膨らみ、由奈を誘惑する。つい顔を寄せようとして、もふもふの手で額を叩かれ阻まれた。こちらもご褒美だ。
「守護聖獣は他の属性の魔力持ちには与えられないの?」
「他の属性にはつかぬ。瘴気を封じることのできる聖魔力者にだけだ」
世界の犠牲となる聖魔力持ちのためだけに生まれ、聖女のために目覚める聖獣。なんともロマチックだ。
「じゃあ聖女のアレシアちゃんも、聖獣のクニークルスも、世界に唯一なんだ」
「いや、唯一ではないぞ」
「え?」
「我の世界には、守護聖獣は八百ほど存在する」
「多っ?!」
異世界の人口がどのくらいか知らないが、聖魔力持ち一人に聖獣一頭とすれば、聖女もしくは聖人は八百名もいるのだ。
「たしか中世ローマの人口が十万人だっけ? それ基準だと千人に七、八人の割合くらい?」
ファンタジー世界とはいえ一国の人口がそれほど少なくはないだろうから、もう少し希少性は高くなりそうだが、それでも宝くじの当選確率よりはずっとずっと高いのは間違いなさそうである。
「何か、ありがたみが微妙……その感じだと、魔力を持つ人ってものすごく多いんじゃない?」
「わずかでも魔力を持つ者は、だいたい十人に一人だ」
「うん、多いわ~」
魔力は特別な力ではなく、ちょっとした特技とか特性レベルのようだ。
「多いからこそ、魔力だけでは大成できぬ」
聖魔力以外の魔力保持者は、魔力の器の大きさによって教育課程が異なる。魔法使いになり得る魔力量の者は国が保護し、相応しい教育をほどこす。器の小さな者は、市井の学び舎で魔力の扱いを追加で学ぶ。魔法使いとなるのは、器が大きいだけでなく、その後の研鑽がすべてだそうだ。
「だが聖魔力保有者は、魔力保有者の中でもかなり少ないからな。器の大小にかかわらず、神は聖獣を与えるし、教会は全員を神の子として召し上げ、対瘴気の盾となるための教育をするのだ」
瘴気に汚染された地で稼働できるのは、聖魔力を帯びた者だけだ。彼らが大気や大地を浄化し、根源となる瘴木と種を封じる。それができるのは聖女・聖人と見つめられた聖魔力保有者だけ。そのため器が小さくとも聖魔力保持者は、聖女・聖人としての教育を受けるのだそうだ。
「……あれ?」
由奈はクニークルスの横顔をまじまじと見つめた。
器の大小関わらず、聖魔力持ちと聖獣は大切にされているらしいのに、何故クニークルスは己の聖女のために、異世界の知見を欲しがるのだろうか。
「もしかして、クニークルスの聖女ちゃんの器って、小さい?」
「…………聖魔力保有者の中で、最小である」
「それが原因で、何かあったわけ?」
同僚に虐められたか、教会から追放されたか。深刻なクークルスには申し訳ないが、由奈はweb小説あるあるのどれだろうかと、密かに胸を高鳴らせた。
「……世界が平和になったが故だ、恨み言は言えぬ、が」
吐き出されたイケオジボイスが、口惜しげに震えていた。
アレシアは微量の癒やしの魔力と、少しばかりの清浄の魔力を持っていたため、神殿に召し上げられ、神はクニークルスを守護獣として与えた。
教会に保護された聖人・聖女の候補らは、成人するまでの間に魔力の器を大きくする訓練をし、瘴気の浄化方法と、根源を封じる術を学ぶ。
ところがアレシアは教育期間中に聖なる魔力をほとんど増やせなかった。
世界の大半が瘴気に侵されていた時代なら、アレシア程度の力でも必要とされただろう。しかし、神殿は長年の間、神の言葉を忠実に守り、聖女・聖人を育て、戦略的に瘴気を浄化してきた。その努力により、世界を覆い尽くそうとしていた瘴気は、わずか一割を残して世界から消されていた。結果、聖女と聖人が余るようになってしまったのだ。
「なるほどねぇ。残った瘴気をどうにかするために、八百人もはいらないってことか」
「うむ。瘴気は決してなくなりはしないし、根絶してはならぬとの神託もあったため、聖女も聖人もこれからも必要とはされるが……八百もの数は必要ではなくなってしまったのだ」
現在、世界に残っている瘴気の根源は十に満たない。一つの瘴気に、最上位の聖女・聖人が五人、交代も含め十人も居れば余裕で封じ込めておけるのだ。
「十箇所に八百人は、うん、過剰だね」
瘴気の種はどこで眠っているかもわからぬため、巡礼を任される聖女・聖人も一定数は必要だ。それでも現在の人数は多すぎた。厳しい時代は毎年多くの聖女・聖人が瘴気との戦いで命を落としていたが、今はそのようなこともない。そして今後、聖魔力を保有する子どもが生まれる確率から考えても、聖人・聖女は増え続けるのは間違いないのだ。
「追放系はありきたりだけど、原因が聖女・聖人システムの崩壊ってのは……読んだことない。探せばあるかな?」
「読む? 何をだ?」
「あ、気にしないで、続けて?」
教会と各国の代表者は話し合った。
「教会は今年より、今後確認される聖魔力保持者は、他属性の魔力保持者と同じように、器の大きさで保護の条件を変えると決めた」
他属性魔力保持者のように、器が小さい者は市井に残し、学び舎での特別授業にて力の制御を学ばせるが、聖女・聖人候補としての保護はしない、と発表したのだ。
「現在保護されている成人前の候補らも、順次魔力の器に応じた教育に切り替え、成人と同時に市井に戻される」
「保護したくせに期待外れだからってポイなの? 最低~」
「神は咎めておらぬのだから、それも必然であろう。与えられた場で生きるしか有るまい」
「ファンタジーなのに、世知辛いね。出戻りとか、当人にはキツいんじゃない?」
「まだ成人まで時間があるからな。守護獣もついておるし……」
クニークルスの守護する聖女ちゃんは、市井に戻される側なのだろうと話の流れから察した。
「それで、アレシアちゃんは成人まであと何年あるの?」
「この春に成人し、市井に戻された」
「今年決めて、猶予なしに放り出されたの?」
聖魔力保有者の育成には年月と金がかかる。また神が瘴気の根絶を禁止しているため、守りの要として今後も一定数は確保しておきたい。しかし瘴気対策は世界の最優先ではなくなったため、その維持に多額の費用はかけられなくなってきた、そのとばっちりがクニークルスの主人に降りかかったのだ。
「仕方ないってわかるけど、当事者にしたら迷惑よね」
いきなりポイっではあまりにも無責任すぎではないか。
「成人してるからって、それはあんまりだよ。職業の斡旋とかなかったの?」
「瘴気と戦い、封じる方法は学んだが、市井で暮らす知識はほとんど学んでおらぬ……それは我も同じだ」
聖女候補の子どもが瘴気と戦う手段を身につけるのと同じく、守護聖獣も主人を守る力を育てて成長する。教会の外で日銭を稼いで暮らす方法など、誰からも教わっていないのだ。
「アレシアは一年間だけ後見人をつけられた。この間に市井で身を立てねばならぬが、思うようにはなっておらんのだ……」
だから守護聖獣であるクニークルスが、起死回生の一手を求めて異世界の知見を得にやってきたのだった。




