4 ウサギ、レンチンを所望する
通販会社のロゴ入り段ボール箱に入っているのは、常食の保存食料(カップ麺類・レトルト食品・パックご飯・ペットボトル)に携帯食(プロテインバーやゼリー系栄養補助食品)、まとめ買いした消耗品(トイレットペーパー・キッチンペーパーに生理用品、等)、それと読んでいない本だ。必要になるたびに買っては箱のまま置いているため、居間は段箱で積みゲームな状態だった。未開封の箱もいくつかある。
「……箱、開けるか」
トイレットペーパーはトイレの棚に、常食の保存食料は種類ごとに別の箱にまとめた。ペットボトルはキッチンへ、本は箱から出して……本棚に空きがないので、とりあえず積んでおく。
「あ、ブラウス発見。ストッキングも」
まとめ買いしたストッキングと、通勤用ブラウスの未開封が二着出てきた。一週間分を買ったとき、考えずに七枚買っていたらしい。予備ができたと思うことにする。
「あぁぁ……同じ本、二冊買ってる。こっちは四巻と六巻あるのに、なんで五巻買ってないの!」
即座に五巻を注文した。
梱包材をゴミ袋に集め、転がっていた空きペットボトルを潰して袋に入れ、段ボール箱を畳んでまとめる。これだけでずいぶんと部屋が広くなった。
「ホコリ取りのモップは……替えのもふもふが無い」
段箱がなくなると、テレビ台やラックの埃が目につくようになった。これを無視して掃除機をかけても意味がないような気がするし。
「フローリングシートで拭いて誤魔化しておこう」
ホコリが集まれば良いのだ、細かいところは気にしない。
床の上のモノを片付け、雑にホコリを取り除き終えた由奈は、チラリと窓際のウサギの様子をうかがうと、毛皮がゆっくりと上下していた。
「起きないでね……」
掃除機のスイッチを入れた。弱にセットしていたのに、思っていたよりも大きな音が出てびっくりする。慌てて振り返ったが、ウサギは熟睡しているようだ。これなら大丈夫そうだと急いで居間と寝室の掃除機をかけた。
「ホコリが舞ってない……こんなにキレイになったの、何ヶ月ぶりだろ」
ローテーブルの上に出しっぱなしだったメイク道具一式もBOXに片付けたし、段箱は三つのみ。ペットボトルも転がっていない。開けっぱなしの窓から入る風の美味しさを思い出した。
ウサギは相変わらず、日向で眠っている。
由奈はペットボトルを手にクニークルスの隣に座った。
座椅子に背中を預け、足をベランダに出す。
一息ついたとたん、適度な運動からの心地良い疲労感に襲われて、由奈の瞼がゆっくりと落ちてゆく。
プスプス、とウサギの鼻息が聞こえて、そちらに手を伸ばした。
膨らんだ毛皮に触れたかどうかわかる前に、由奈は眠りに落ちていた。
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「離せ、こら、揉むでないと! ああぁ、顔を擦り付けるのではない、痴女!」
パァン!
筋肉質なもふもふに右頬を叩かれて目が覚めた。
「目覚めたくなかったのに……モフモフに包まれる幸せが」
「夢ではなく現実だ。我の腹に顔を埋めるでないと言うておるのに!」
「あー、そうだった。異世界のモフモフが居たんだったわ」
「離せと言っておる」
「あいたっ」
左頬も叩かれた。爪が引っ込んでいるので痛くはない。むしろご褒美だ。
しかし嫌がるモフモフに無理を強いて、ストレスで毛皮がパサパサになっては困るので仕方なく手を離した。
開けっぱなしの窓から吹き込む風がひんやりと感じられて、太陽の光がなくなっているのに気づいた。
「うわ、もう夕方じゃない」
掃除を終えてからずっと寝こけていたらしい。
座椅子から落ち、クニークルスをモフりながら床で寝ていた体は、あちこちが硬くなっていた。
窓を閉めて部屋の照明をつける。
「おお、ずいぶんと整ったではないか。あの角のあたりはまだ物置のようだが、ずいぶんと居心地が良くなった」
「でしょ~。頑張ったんだよ」
ウサギにほめられて達成感も増し増しだ。由奈はご機嫌で常食を詰めた段箱を引き寄せた。
「お昼ご飯抜きだったし、お腹減ってるよね? ご飯食べながら異世界の話、聞かせてよ」
「おお、そうであった。知見を得ねばならんのだ。協力してもらえるか?」
「その前にそっちの世界の話を聞かせてもらわないと、アドバイスもできないよ。あ、ごはん、何食べる?」
くるくるとかわいらしく鳴ったウサギの腹音に、由奈はローテーブルに常食保存食料を並べた。
ウサギは目の間の毛皮をキュッと縮めてそれらを凝視する。
「……異世界の食料というのは面妖だな。鮮やかな容器ばかりだが、さっぱりわからん」
「そっちのはオススメカップ麺の詰め合わせだね。お湯を注ぐだけで手間がかからないからいいけど、こってり系が多かったからもう頼まないだろうな」
選ぶのも面倒でショップオススメの詰め合わせを買ったのだが、終電で帰った疲労困憊の胃に、こってり系のカップ麺は受け付けなかった。醤油や塩のさっぱりした系統なら何とか食べられたが、もう残っていない。
「こちらの容器は四角いのか。一緒にあるのは奇妙な袋だが?」
「それはレトルトご飯とカレーとかだね。思ってたより手間がかかるのが難点だよね」
「手間がかかるのか、どのようにだ?」
「安いの買ったら、袋のままレンチンできないやつだったんだよね。器に出さなきゃならないし」
「レンチン、とは?」
「ご飯を温める道具だよ。やってみようか。見てて」
由奈は皿にカレーを出し、ラップをかけてレンジに入れた。しばらくして「チン」と音がして扉を開ける。取り出した皿は熱々だ。つづけてレンチンしたパックご飯を添えてクニークルスの前に置く。
「この箱がレンチン」
「箱は電子レンジっていうの。温め終わったら音が鳴って教えてくれる。名前と音をあわせて、コレで温めることをレンチンって言うんだよ」
「ピーっと鳴っておったが?」
「昔はチンって鳴ってたらしいよ」
「なるほど……む、熱い。あのようなわずかな時間でここまで熱くできるのか。これは魔道具であるな!」
「魔力は使ってないかなぁ」
「魔力を使わずにこのような! これこそ異世界の知見、英知! これを持ち帰ればっ」
クニークルスは背伸びをし電子レンジに手を伸ばすが、あと少しと届かない。くうぅと悲ししそうな声が漏れ聞こえて、由奈はカワイソカワイイと悶えた。
「持って帰るのも良いけどさ、そっちの世界に電気ってあるの?」
異世界知識チートだというのに、現物を持ち帰ろうと考えるらしい。魔法で電子レンジみたいな道具を作るラノベ歩読んだ記憶があるが、クニークルスの世界ではできないのだろうか。
「電気、とは?」
「動力源……そっちで言うところの魔力……そっちって魔力あるんだよね? うーん、なんて説明したらいいんだろうなぁ」
いや違うか。何とも説明しづらく、面倒だ。
「電子レンジを動かすには電気が必要なの。電気がないなら、たぶんそっちの世界では動かないと思うよ」
「ううむ、異世界の知見も我が世界で万能とは限らぬのか。難しいな」
耳がへたりと萎れている。カワイイ、と声に出そうになって、由奈はぐっと堪えた。
「そっちって魔法があるんだし、魔法であたためる仕組みとか道具とか作った方が早いんじゃない? そういうの開発してる魔法使いとかいないの?」
「魔法使いが作るのは、穢れを封じ込めたり、遠ざけるための道具ばかりだ。加熱は火魔法があれば簡単だからな」
「なんか魔法って、誰でも使えそうな言い方するよね」
「とんでもない。魔力を持つ者は多いが、魔法使いの才のある者は少ない。属性の魔力を使えば、魔法の真似事はできるが、ただそれだけだ」
ウサギは由奈がカレーを食べるのを真似て、スプーンにのせたご飯でカレーをすくい、まっ白な毛でおおわれた口に運んだ。




