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対価に「1日1回の腹モフ」を要求します!  作者: HAL


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15 ウサギ、忠告する


 由奈の土日は、ほぼ編みぐるみの実演製作で終わった。


「立体の造形は目新しいし、子どもの手で持つのにちょうど良い大きさだ。小さき物は紐でぶら下げるのも良いな。鞄や腰帯に結べる。これならよい稼ぎになりそうだ」


 クニークルスは大小の編みぐるみに囲まれてご機嫌だ。

 そして由奈も至福の光景に打ち震えていた。モフモフが野菜や果物の編みぐるみと戯れている光景は、メルヘンとファンタジーが交差した最高の眼福である。


「き、記念撮影っ」


 視線をクニークルスに固定したまま、由奈は手探りでスマホをたぐり寄せ、カメラを構えた。


「クニークルス、撮影していいかな? いいよね? ね、ね?」

「……良くはわからんが、我の肖像を悪用するでないぞ?」

「するわけないでしょ、もったいない!」


 由奈はこっそり隠した宝物を一人で愛でるタイプだ。許可を得たので撮影しまくった。正面に左右に後方、あおりや俯瞰と角度を変えてクニークルスと編みぐるみたちを、フォルダがキュウキュウになるほどに撮影した。唖然としていたクニークルスの表情が、やがて呆れから疲労に変わり、嫌そうにしかめられたところで、由奈はようやく自制心を取り戻し、スマホをテーブルに置いた。

 二日間で編んだ編みぐるみは、大小合わせて十三個。そのすべてが植物だ。


「名前が違うだけで、野菜も果物も花も、形が似てるのって面白いよね」

「色は多少違うようだが、説明がしやすくて助かったのだよ」


 クニークルスが持っているのは鞘に入った豆の編みぐるみだ。緑と薄緑の毛糸で編もうとしたのを、クニークルスが鞘は濃い茶色、マメは薄紫でと指定したのだ。他にも人参は赤とオレンジだが、必ず二股にするようにと指定されたし、大根は両手両足が当然にある形状だ。もしや。


「そっちの人参と大根って、収穫のときに悲鳴あげたりするの?」

「瘴気の地で育ったものならあるやもしれんが、野菜は魔物ではないぞ。こちらの赤芋と白芋は悲鳴をあげるのかね?」

「あげない」


 しかし指定された形状はどう見てもマンドラゴラに思えるのだ。


「こっちの人参も大根も、普段見かけるのは二股とか四股とかはほとんどないんだよ」

「そうなのか。我の世界では股のない根菜のほうが珍しいのだぞ」


 由奈が編んだのは、クニークルスの世界でスタンダードな形状の野菜や果物だ。これを見本にアレシアが編み、子ども向けの玩具として販売するつもりらしい。小さく作った花は、紐をつけてチャームとして大人を対象に売りだそうと考えているらしい。


「くうー、肩こったぁ」


 久しぶりに編み物に集中したせいか、肩と背中がゴリゴリだ。座りっぱなしだったのもあって、立とうとすると全身の筋肉がキシキシする。編みぐるみ一個につき十分の腹モフで心はたっぷりと癒やされたが、体はそうはゆかない。


「クニークルスって、そんなに重くなかったよね」


 毎夜抱きかかえているのだ、だいたいの重さはわかっている。

 じっと見つめられて、クニークルスがジリリと後じさった。


「も、もう腹モフはさせぬぞ。対価はすべて払い終わっておる!」

「いや、そっちじゃなくてさ、ちょっと私の背中で足踏みしてみない?」

「……は?」


 由奈はフェイクファークッションを抱えてうつ伏せに寝転がり、ここだと腰のあたりを指さした。


「ここから肩にむかって、ゆっくり足踏みして欲しいんだよね」

「せ、聖獣の我に、拷問をせよというのかっ!?」

「拷問じゃなくて、ちょっとマッサージしてほしいだけなんだけど」


 クニークルスの世界では罪人をジャリ石に横たえ足蹴にする拷問があるらしい。とんでもないと引きつるウサギを説得し、追加で三個の編みぐるみを作る条件で背中に立ってもらった。


「い、痛くはないか? 苦しくは?」

「大丈夫。むしろ痛気持ちよくて、ご褒美だわぁ」

「ご、ご褒美……やはり異世界の慣習は理解できぬっ」


 おそるおそるに動く足の体重移動がちょうど良く、じわりと背中と肩の凝りがほぐされてゆく。モフモフに乗っかられているという多幸感も良い方向に働いたせいか、凝り固まった全身はあっという間にゆるゆるだ。


「このままずーっとユルユルしていたいなぁ」


 だが至福の日曜日はもう残っていない。空は真っ暗だし、テレビでは夜の総合ニュース番組も終わろうとしていた。


「うぅ……仕事、行きたくないぃ」


 背中に感じる重みを味わいながら、由奈は顔をフェイクファークッションに埋める。いつもは朝がくるまで忘れていられるのに、あまりにも幸せすぎたせいか、よぎった不安を無視できなかった。


「ヤスオカユウナ……」


 重く探るようなイケボに呼ばれて、由奈は顔をあげた。


「なあに?」

「おぬし、今の商家でなければならぬのか?」

「どういうこと?」

「働き口だ。アレシアと違って、おぬしはどこにでも務められるであろう? 今の商家勤めは、我の目にも過剰な働きを強いられておるように見える。後見人に酷使されておるアレシアと同じだ」

「……」


 どっこいしよ、とクニークルスが由奈の背からおり、彼女の正面に回り込んで座った。


「今の商家で働かねばならぬ何かがあるのか? 親の伝手であるとか、強い紹介により顔を潰せぬとか」

「……そういうのは、ないけど」

「ふむ、では給金が良いのであったな。他所では得られぬほど恵まれた給金なのか?」

「平均よりは多いと思うけど……」


 基本給が高く、ボーナスも年に三回、それもたっぷり支払われている。そして建前上は残業禁止なので、表向きにはびっくりするほどホワイトな会社である。だが実態は、ほとんどの社員がサービス残業、サービスの休日出勤をしなければ仕事が回らないようなブラックだ。


「年収を労働時間で割ったら……そんなに高給でもないような?」


 ほぐされ血の巡りのよくなった思考なら、簡単に計算できる事実である。

 由奈は部屋を見回した。この土日の間に編んだ編みぐるみ以外は、個性も色彩も乏しく殺風景なリビングダイニングだ。乾しっぱなしのブラウスと下着が生活臭を感じさせるが、決して目に麗しいものではない。


「仕事は楽しいんだよね」


 人間関係も、一部を除いては悪くはない。


「なるほど、その商家での働きが気に入っておるのか。難儀だな」

「うん、業務外の仕事なんだけど、面白いからつい引き受けちゃうんだわ」


 由奈は一般事務として入社した。だが営業課の手が足らず、気がつけば営業の補佐的な仕事まで任されるようになっていた。企画会議に出すプロジェクトの叩き台を用意し、取引先へのプレゼン資料を作り、売上分析や販売計画までたてる。自分の作った企画が採用され、それが成功を収める。一度でも経験すればその達成感は忘れられず、次の企画、次のプロジェクトと仕事にのめり込んでいた。


「楽しんで働いておるのなら、止めるわけにはゆかんか」

「心配してくれたんだね、ありがと」

「我としては、おぬしの働きはもう少し報われても良いと思うのだがなぁ」


 クニークルスの世界の商家ならば、大きな売上を出した奉公人には、褒賞なり特別な休暇が与えられる。だがクニークルスの目には、そのどちらも由奈には与えられていないように思えた。


「……まあ、そうなんだよね。一般事務だからさ」


 営業課の成績に貢献しても、由奈の査定には全く加味されないのだ。その点は由奈も納得し切れていない。だから営業課がキャンペーンやイベントで土日に出勤していても、由奈は絶対に出勤しない。


「私の出した企画をベースにしたプロジェクトのイベントだから、現場で見たいけどさ」


 だが自分の手柄のような顔で営業社員が笑っているのを見たら、きっと爆発してしまうだろう。そんなみっともないのは嫌だ。


「我は、爆発しても良いと思うが」

「そうはいってもね……」


 ぐだぐだと由奈は言い訳を考える。今の仕事は嫌いじゃない。成果が目に見えるのは楽しくやり甲斐がある。たとえ自分の成績にはならなくても……いや、成績になってほしいけれど。


「ふむ、おぬしの働く商家主は、話は通じるのか?」

「話って?」

「待遇を良くしろと、話せぬのか? 我の世界では、働きに見合わぬ不遇を強要することは禁じられておる。商業ギルドに訴え出ることも可能ぞ」


 異世界の労働者は、それなりに守られているらしい。

 由奈にもその手段がなくはないのだ。上司や人事部に申し入れるとか、労組や労基に相談するとか。けれどどう行動するにしても、由奈に覚悟が必要だった。


「まあ、我は一時的な居候の身だ、これ以上説教じみたことは言わぬ」

「……え、まさか、もう魔力がたまったの?」


 由奈は己の体内で血の気が引くような音を聞いた。思わず前のめりになり、クニークルスに迫る。


「十日くらいかかるって言ってたじゃない」

「まだ帰還できる程に回復はしておらぬ。だが昼間に見たてんきよほうとやらから予測して、次の土曜か日曜には帰還が叶うであろう」

「そっか……」


 クニークルスがやってきてまだ一週間だと思っていたのに、もう一週間経っていたのだ。最初からこのウサギは、自分の世界で苦難に直面している被守護者のために、異世界の知見を得て戻ると言っていた。

 ずしりと重くなった気持ちを支えようと、由奈はフェイクファークッションを抱きしめた。

 本物の猫毛を模した素晴らしい手触りなのに、お気に入りだったはずなのに、どうしても心は軽くはならなかった。



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