14 ウサギ、見本を所望する
クニークルスの懸念する教会からの圧力。これは確かに難しい問題だ。また他にも心配はある。
「アレシアちゃんのお守りが売れるとわかったら、効果のないお守りを売り出す馬鹿がいそうだよね」
「む、やはり模倣品は出回るだろうか?」
「今までそういうのがなかったのは、お守りは教会だけが作る特別な品物だって認識があったからでしょ。ニセモノを流通させたら罰せられるしね。でも元聖女のアレシアちゃんがはじめたら、教会でなくても作って販売していいんだって勘違いするだろうね。人気になればなるほど便乗して儲けようって輩も出てきそうだよ」
「教会も厄介だが、そちらの対処もか。難しいのだな」
ヒット商品はすぐに類似品が出回るものだ。しかもたいてい類似品のほうが安価で手に取りやすいため、本家商品が駆逐されるという不幸は多い。
「特許とか商標登録みたいな制度ってそっちにないの?」
「商業ギルドに登録料を払えば、独占販売の許可証がもらえる」
職人が開発した商品を販売するときや、これまで町で販売されていなかった品の仕入れ先を得た商家が、新商品をギルドに登録し、販売証明書を発行してもらうのだ。この証明書のない店で売られている登録製品はすべてニセモノと知らしめるのである。
「アレシアのアミュレットも商業ギルドに登録するのが安心か……手数料は痛いが」
「高いんだ?」
「証明期間による。長く独占したければ、それだけの金を支払わねばならん」
商業ギルドはそういった手数料でがっぽり儲けているらしい。
「あとは教会の説得か……」
話を聞くかぎり、なかり難しい交渉になりそうだと由奈は感じていた。
「アミュレットってどんな形してるの?」
「外装はこちらのお守りとよく似ておるぞ。中身は知らぬがな」
クニークルスは爪をテーブルに滑らせて、小さな四角を書いた。
「聖水に十日間沈めた魔石を、このくらいの板状に削って、そこに浄化の魔法をこめたものだ。これがアミュレットだ。それを布で包んで懐に持ち歩くのだ」
力の必要な魔石の削り出しは下っ端聖人が、アミュレットを包む布袋は下っ端聖女が作っているらしい。アレシアも教会の学び舎でアミュレットの製作方法だけでなく、魔石の削り出しや外装の製作は習っている。
「なるほどね、作り方は熟知してるってワケか。でもさ、おそわったまんまのアミュレットじゃ、教会は見逃してくれないんじゃないかなぁ?」
教会側からすれば、アレシアの作るアミュレットこそが模倣品である。効果はあれども微々たるものだし、そもそも教会が一般に流通させていない品なのだから、簡単に許可はもらえないだろう。
「やはり、そうであろうな……」
名案を思いついて浮かれていたクニークルスが、シュンと、耳も髭も体毛もすべてがぺたりと萎れた。かわいそうカワイイと悶えたいが、クニークルスを虐めたいわけではない由奈は、慌てて励ました。
「教会が文句を言えないお守りを作ればいいんだよ」
「それはどのようなものだ?」
「具体的に何ってのはわからないけど、教会が作らなくて、アレシアちゃんだけが作れる形にアミュレットを落とし込めばいいんじゃない?」
「アレシアにしか作れぬ物……意外に思いつかぬな」
アミュレット自体の作り方は変えられないという。ならば包む物を、異世界独自のものにすれば良いのではないだろうか。
由奈とクニークルスは、こちらにあってあちらにない物を探っていった。
「シルクも木綿も麻もあるんだよね。ポリエステルやアクリルは……なさそうだね」
「魔物素材もあるぞ。たとえば魔蜘蛛の糸だが、これは簡単には切れぬし、よく伸縮するので着衣の胴紐代わりに使われている」
「ゴムっぽいね」
魔物素材はありそうだと予想していたが、ゴムの木は存在しないらしい。
素材から探すのは難しそうだと判断した由奈は、文化の面から探っていった。
「そっちの世界に人形とか、ぬいぐるみとかの玩具、ある?」
「人形はあるぞ」
クニークルスの世界の人形は、人の形を成功に模したタイプと、デフォルメして布と綿で作るものと二つのタイプがあるらしい。前者は芸術品として、後者は子どもの愛玩具として流通しているそうだ。
「どっちもあるのかぁ」
「いや、ぬいぐるみというのは初耳だ。その毛皮の枕のことか?」
クニークルスは怪訝そうに由奈が膝に抱いて撫でているフェイクファークッションを指さした。
「これもぬいぐるみの一緒かな。こういう、動物をデフォルメした人形なんだけど」
検索した画像をクニークルスに見せる。スマホをのぞき込んだウサギは、興味深げに、けれど難しそうな顔になった。
「動物の姿を模した人形であるか……これは我の世界には存在せぬものだ」
「人の姿のがあるのに、動物はないの?」
「うむ、ない。守護聖獣を所有してよいのは、神に許された聖魔力を持つ者だけだ。姿を写した人形であっても避けるべし、とされている」
魔物と魔獣と家禽以外の動物は、みな守護聖獣として神より使わされる可能性がある。守護聖獣を手にしてよいのは、神に許された聖魔力持ちだけだ。ただ人が姿を模した人形を持つのは、聖魔力持ちと守護聖獣への侮辱であると教会が広めたのだ。
「はるか古い時代であったが、野生動物を飼いらなして守護聖獣と偽り、国と教会に詐欺を働こうとした愚か者がいてな。そのときに本物の守護聖獣が傷を負うた。それ以来、教会は守護聖獣の模倣に厳しくなったのだ」
「ああ、やっぱり悪いことを考えるヤツっているよね~」
「うむ、それゆえ教会は守護聖獣がらみの事案には神経質だ」
聖獣は神が直接遣わした存在だ。神の使徒を汚すのも痛めるのも許されないし、その意思を決して阻んではならない。教会は人々にそう教えるようになった。
聖獣を敬う教育は、やがて動物を敬うにまで広がった。なにせどの動物も守護聖獣として遣わされる可能性があるのだ、下手には扱えない。そういった歴史もあって、精巧な人形もデフォルメのぬいぐるみも存在するが、動物の姿をした物は決して作られることはないのだそうだ。
「なんか、生類憐れみの令が大げさになっちゃった感じっぽいなぁ」
だが抜け穴はあるぞ、と由奈は閃いていた。
「守護聖獣の意に反したことはできないけど、当人が許可すれば問題ないんだよね?」
「うむ?」
「アレシアちゃんって、お裁縫できる?」
「縫い物も編み物も得意だ」
「じゃあさ、クニークルスの人形を作るのはどう?」
「わ、我をか?」
「聖獣の人形は出回ってないんでしょ? アレシアちゃんのためにクニークルスが許可したら、聖獣の人形を作って売るのを、教会は止められないよね?」
「と、止められはせんが……」
複雑そうに目鼻を歪めるクニークルスに、由奈はグイッと顔を近づけた。
「嫌なの?」
「……」
「アレシアちゃんのためなんだよ?」
「う、現し身とはいえ、我がアレシア以外のもとに行くのは、許容できぬ!」
大好きな元聖女候補以外の所有になるのは嫌だと、我はアレシアのものだと、クニークルスは頑なに首を振る。
「おぉぅ、熱烈だねぇ」
このもふもふに熱愛されているアレシアが少しばかり羨ましく、妬ましくなった。
「リアル路線じゃなくて、デフォルメしたのでも無理?」
「でふぉるめとは?」
「簡素化するんだよ。丸っこい体と長い耳を強調してさ」
想像が難しそうなクニークルスのために、由奈はベッド下の収納から大きめの缶箱を引っ張りだした。この部屋に引っ越してくるときに持ってきたのに、結局一度も開けていなかった箱だ。
被っていた埃を拭き、缶箱の蓋を開ける。
「久しぶりだなぁ……」
買ったままの毛糸や、解いて戻した毛糸玉、編み棒、編み針だ。編みかけのモチーフが数枚、底の方に隠すように入れてあった。これを編んだのは今の会社に入社した直後だっただろうか。
「鮮やかな糸であるな」
「クニークルスの世界、毛糸はあるよね。編みぐるみってある?」
由奈は淡いピンクの毛糸で、小さな人形を編みはじめた。最初はぎこちなかった手も、すぐに編み方を思い出して滑らかになる。
手のひらに乗るサイズの、楕円のボディに長い耳をくっつける。みるみるうちに完成したのは、小さなウサギだ。
「できた、日向ぼっこしてるときのクニークルス」
「我はこのようにもったりとした体はしておらぬ。しかしこれは面白い。立体の編み物か。編み物はあるが、このようなものははじめて見るぞ」
「それならアミュレットがダメでも、編み物とか編みぐるみで稼げるかもね」
商業ギルドに編みぐるみを登録して、専売とすれば良いのだ。動物の人形は禁止されていても、花や昆虫や植物なら問題はないだろう。慣れれば人の編みぐるみも作れるはずだ。
「ふむ、これも良い案だ。見本に持ち帰りたい、もらって良いか?」
手を伸ばすクニークルスから、由奈は手抜きウサギ編みぐるみを遠ざけた。
「え、コレ見本にするのはやめてよ。もっとちゃんとしたのじゃないと」
「では作ってくれ」
自分ではアレシアに編み方の説明ができない。手本になる実物を持ち帰る必要があると強く強請られた。編み図はよくわからないと言うし、クニークルスの手はスプーンを持てるが、かぎ針を遣うのは難しそうだ。
「頼む!」
由奈はニヤリと笑った。
「腹モフ一回追加、でどう?」
「ぐぬぅ……い、一回だぞ?」
クニークルスの陥落は早かった。
その週末、由奈は食料品の買い出しの他に少し遠出をして、たくさんの毛糸を買ってきた。
そしてクニークルスのキラキラとした瞳に迫られつつ、ひたすら編みぐるみを編み続けた。




