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紅に燃ゆる〜千本桜異聞〜  作者: 吉野
第三幕〜吉野山〜
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18/22

佐藤忠信


女将が今夜は冷えるから、と湯たんぽを持ってきてくれたおかげで朝までゆっくり眠る事ができた。



「目が覚めたか?」



……予想以上に近い所で声が聞こえた気が。


って!



「し、四郎⁈」



顔を上げると、ほぼゼロ距離にめちゃくちゃ整ったお顔が。


てか、近い!

なんで?どういった状況なの?



あまりにも心臓に悪すぎて顔を伏せたけど、よく考えたら四郎の胸に顔を埋めただけだったような…。



「言っておくが吾の布団に潜り込んできたのは静佳の方ぞ」



——ウソ…。




「夜中目を覚まし、怖いと言うから共寝をしたまで」



言葉通り、首の下にあった腕が肩を抱き寄せ、もう片方の手が腰に回される。


これで、僅かにあいていた隙間も無くなり、身体と身体が完全に密着する。



「泣いて怯える女子に手を出す趣味はない。

しかし布団に潜り込んできた時は、どうしてくれようかと思ったが…」



くるん!



鮮やかに身体を入れ替え、私を真上から見下ろす四郎。



「あ…の、」


「仕方がないからこれで勘弁してやろう」



金色の瞳が、私を射抜く。



咄嗟に首をすくめた私の唇に、冷たく柔らかいものが触れた。



「これに懲りたら男を弄んだりするでない」



耳元で囁かれ、身体が震える。

…昨日とは違った意味で。



「まぁ、役得ではあったがの」



ニッと笑うと身体を起こし、何事もなかったかのように部屋を出て行く四郎。


その後ろ姿を呆然と見送りながら、今更のように胸が早鐘のように高鳴っている事を自覚した。



——ファーストキス…だったのに、な。





ところで、湯たんぽはどこ行った?



***



すこぶる気まずい雰囲気のまま、簡単な朝ご飯をいただき宿を出発する。



「いい加減機嫌を直せ、静佳」


「別に怒っている訳じゃ…」



どっちかっていうと、恥ずかしさに顔から火が出そうっていうか、穴があったら入りたいっていうか、そんな感じだし!



「可愛いやつじゃな」



——だから!

そういう事さらっと言わないで!




と、その時。


ぐるりと辺りを見渡すと、四郎は私の肩を押した。



「先に行け!

そのまままっすぐ進めば河連の館だ」


「四郎は?」


「何やら気になる気配を感じた故、そちらを確かめてからすぐ追いかける。

大丈夫じゃ、この辺には怪しい者はおらぬ」



ピリピリした様子に、慌てて走り出す。



「助けを呼んでくる、待ってて」


「ダメだ!吾一人ならどうとでもなる」




…私がいては足手纏いになりかねないのね。


昨日の事もあるし。




必死に足を動かし、見えてきた屋敷の門を叩く。

義経様に取り次いでもらう事ができたのは、『静御前』だからこそ。



京に残してきた愛妾が、恋しさ寂しさに耐えかねて追いかけてきた。

恋人的にはグッとくる状況なんでしょうね、きっと。


こと、義経様に関してはどうしても辛口になってしまうのは…静御前の死を引きずっているから、かも。




着ていた着物は綺麗な小袖に変えられ、昨夜洗ったばかりの髪も丁寧に櫛で梳かれる。


控えめに化粧を施した姿は「静御前」そのものだった。




でも、さすが義経様。


最初こそ若干鼻の下を伸ばしてたけど、一目で私が「静御前」ではないと見抜いた。




「そなた、何者ぞ」


「伏見稲荷大社で磯禅師様と静御前の供をしておりました、(しず)と申します」




——ようやく、義経様に会えた。



「確かに…おったな。

で、静は何故ここに来ておらぬ?」


静御前しか目に入っていないかも、と心配したけど案外周りもちゃんと見えてる。



——良かった!

これならちゃんと話しができるかも。



人払いをしていただき、静御前の早過ぎる死を、その想いを打ち明ける。




「ひとめだけでも会いたいと。

できる事なら、お側で共に運命に抗いたかった、たとえどうなろうとも。


…それが静様の最期のお言葉です」



「最後…最期?」




訝しげな義経様の目を見据え、努めて冷静に告げる。



「姉様は…静御前は、義経様がお発ちになられて二十日あまり後に亡くなりました」


「…!」




あまりの事に絶句する義経様。



「胸の病だったんです。

あの時はもう、長くはないと知っておられました。

知っていたからこそ、義経様と共にありたいと申しておりました。

最期のその日まで」



「静…」




悲痛な、心が抉られるような呟き。



たった一言、名前を呼んだだけなのに、静御前への深い愛と後悔が確かに滲んでいた。




——静…姉様、貴女にも届いた?

…義経様の想い。



義経様もまた、静御前を確かに愛していたのね。



報われない愛を貫いたと思っていた静御前。


正妻に対して、あくまで自分は想い者(愛称)と言い、一歩下がっていたけれど。

義経様の想いを独り占めしたいと言っていたけれど…。


実は、想う人に同じだけの想いを返してもらっていたんだろうか。





「静は…苦しんだのか?」


「いいえ、最後は眠るように」



ホッとした様子で息を吐く義経様。





その時だった。


「佐藤忠信という方がお越しです。

いかが致しましょう?」


と、取り次の人が告げたのは。



——四郎!


やっと来たのね。

すぐ追いかけると言っていた割に遅いから、心配していたところだった。




館の人に連れられて入ってきたのは、先程別れたばかりの四郎。


……の、筈なんだけど。




「遅かったな、忠信」


「遅かった、とは?

確かに郷里より急ぎ戻りはしましたが…」




なんだろう、この違和感。



「郷里?何の事じゃ。

そなた、お静と共に京より参ったのであろう?」




そう…この他人を見るような、親しみのない目。



「静御前と?

いいえ、吾一人で参りました」


「なんじゃと?

伏見稲荷で静と初音の鼓をそちに託したではないか」


「…初耳にござります」




一体、どういう事?


なら、さっきまで私と一緒にいた四郎は、何者なの?





訳の分からない事だらけで、頭が真っ白になる。




そこへ


「四郎兵衛忠信様がお越しになられました」



再び、佐藤忠信と名乗る人が。





——これって、どんな状況⁈




困惑のあまり、義経様と顔を見合わせてしまう。



「お静殿は、確かに忠信とここへ参ったのだな?」


「はい。

でも、それは…こちらにおられる忠信様ではないように思います」




ふむ。


一つ頷くと、義経様は一振りの短刀を私に手渡した。



「後から来た忠信とやらに話を聞いてみよ。

万が一それが偽物であれば遠慮はいらぬ、斬りすてよ」



——って!

私、静御前じゃないし!

人を斬るとかそんなの無理!




必死に目で訴えてるのに、自分は忠信様を連れてどっか行っちゃうし。


もうホント、ムリったら無理!



どうしたらいいのよ…。




途方にくれる私の前に現れたのは…先程別れたばかりの四郎だった。




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