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紅に燃ゆる〜千本桜異聞〜  作者: 吉野
第三幕〜吉野山〜
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17/22

討手再び


夜陰に紛れ、別荘を出発。

これは思いの外上手くいった…と思う。



宇治川のほとりに立つ貴族の別荘って、よくよく考えると平等院⁈

あの十円玉の鳳凰堂?


立地的にはそうだと思うんだけど、そんな所よく使わせてくれたなと思うのよね。



それもこれも母様のおかげ。


母様が用意してくれた牛車は明日の朝、別人を乗せて京へ戻る予定。

それが目くらましになってくれれば…。



とりあえず、私と四郎様は奈良の吉野山を目指した。




とはいえ、人目を避けまともな街道を通らず山中や時には獣道をゆく旅路。


時間もかかるし、何より慣れない装備に女の足。

せめてスニーカーがあれば、歩きやすくて良かったんだけど…。


何度も木の根に足を取られ、延々続く坂道に息が上がり、思うように前には進めなかった。


それでも嫌な顔一つしないで、転びそうになったら支え、息が上がったら水を差し出し、時に手を引いてくれた四郎様。



食べる物も寝る所も満足になく、寒さに震えながら何とか進む。


一人だったら本当に辛かったし、多分挫けていたんじゃないかと思う長い旅路。

でも二人だからこそ、何とか歩んでこれたのだと…そう思う。



***



永遠に続くかとも思われた旅路もようやく終わりが見えてきた。

そうとわかったのは、全体が紅に染まっている山を見つけたから。


白っぽい薄紅色から桜色、濃紅と様々なグラデーションが山全体を覆っている。



これが…千本桜、吉野のお山なのね。




「綺麗…お山が燃えているみたい」


「紅に燃ゆる山か」



あまりの見事さに言葉が見つからない。




ようやく吉野に辿り着いた、という実感が旅の疲れを癒してくれる。


四郎様が密かに集めた情報で、義経様は河連法眼という吉野山の衆徒頭—今でいう総代さん—の館に匿われているという事も分かった。



あと少しで義経様に会う事ができると思うと、自然と足取りも軽くなる





その時だった。


「待て、そこの女!」


突然現れた男達。

その面々には見覚えがあった。



あの時、稲荷大社で静御前を捕らえようとした、鎌倉方の討手。

イヤらしい顔でセクハラ発言繰り返した女の敵!


厄介なやつに見つかってしまった、との思いに唇を噛みしめる。



「その方、静御前であろう?」


「どなたかとお間違えでは?

このような小汚い娘が、なんとか御前様な訳ございませぬ」



村人のような軽い口調で言い逃れようとする四郎様。


確かに今の私は髪はボサボサ、着物はヨレヨレ。

酷い格好だけどさ。


本人目の前に、言ってくれるわね!



「わしの目はごまかされぬぞ。

たっぷりと可愛がってやるから、おとなしくせよ」



舐めるような視線に皮膚が粟立つ。

静御前かどうか見定めようっていうより、欲望を隠しもしないねばつくような視線。


あの時と同じく、無造作に伸ばされた腕。


でも、今回は恐怖より嫌悪感の方が優った。



——可愛がってやるって何よ!

あんたなんか死んでもごめんだわ!



咄嗟に腕を払いのけてくれた四郎様の後ろに、素早く隠れる。



「邪魔立てするな!」


「やかましい!

己らのような下賤の者が触れて良いお方ではないわ」



口調までガラリと変えて、討手を怒鳴りつけた四郎様。


今まで感じた事はなかったけれど、彼の後ろ姿から立ち上る怒気が朧げに見える。



——何コレ、金色のオーラ…⁈

なんか…ただならぬ気配というか、妖気のようなものさえ感じるんですけど!




折しも背後は切り立った崖。

前には鎌倉からの討手。


2時間ドラマなら、いかにもな状況。



——だけど、四郎様がいれば大丈夫。



そんな安心感…ううん、信頼があった。




手に持っていた笠を、私に手を伸ばした男に投げつけるや否や、ものすごい力で討手をぶん投げる四郎様。


一人、また一人と崖の下へ消えてゆく。



「己の目を潰せば我が苛立ちは消えようか。

それとも腕を切り落とさば、腹立ちは治ろうか」




刀を手に、最後の一人に迫る。

って、何気に怖い事言ってるんですけど…。



「己ごときが卑しくも静御前に横恋慕とは、笑止千万!」



ブン!と風を切った刀を避けた男は…崖から足を踏み外し、真っ逆さまに落ちていった。




「ふん、下郎が」



憎々しげに吐き捨てるそのお顔は、冷酷で絶対零度もかくやという冷ややかさだったのに。



「大事ないか?」


私を案じてくれるその眼差しは、労りと慈しみに満ちていて。



「ありがとう、四郎様のおかげで大丈夫」


笑ってみせたのに、震える指先を掴むと四郎様は眉を顰めた。



「やはりあのような汚らわしい輩、切り捨てておけばよかったか」


「…ダメ!

義経様も言っていたわ、鎌倉方に手を出すなって。


今回はたまたま…。

相手が突っかかってきたから、避けたら勝手に崖から落ちたの!」


「たまたま、な」



苦しい言い訳だってわかってるわよ!

でもあくまで手は出していない。

そういうスタンスで行かないと、いざって時に困るのは四郎様の方。



「震えるほど怖かったくせに、吾の心配か。

まったく、そなたという女子は…」


不意に伸ばされた手が背中に回り…。

気がつくと、四郎様に抱きしめられていた。



「ここには吾しか居らぬ。

弱音を吐いても誰も聞いてはおらぬぞ」


「っ!…」




——本当は怖かった。


ギラついた視線も、あからさまに向けられる欲望も、毛むくじゃらの腕も。



「あんな奴に初めてを無理やり奪われるなんて、まっぴらごめん。

だから、本当にありがとう」



フーッと息を吐くと、四郎様は震える身体をさらにきつく抱きしめてくれた。



「あのような下種に汚されずに済んで良かった」


「…え?」



よく聞き取れなかったので顔を上げると、予想以上に近い所に四郎様の整った顔があり、内心焦る。



——この人、こんな中性的で整った顔立ちをしていたんだ。



「…今日は近くの温泉に宿を取るぞ」


「え?何で?早く行こうよ」



長旅の間にお互いの口調もすっかり打ち解けたものとなっていた。



「…女子には身支度というものが必要であろう?

それに、先程の奴らに仲間がおらんとも限らぬ。

今夜はここで様子見じゃ」



——確かに!

義経様に会うのに、こんなヨレヨレじゃダメよね。

一応「静御前」として会うんだし。


髪とか洗いたいし、ゆっくり湯に浸かれるならそれは本当に嬉しい事なんだけど!




「…ありがと、四郎様」


「様はいらぬ。

人前ではともかく二人きりの時はな」



「じゃあ…四郎?」


照れながらそう呼んでみると…

思ってた以上に嬉しそうな笑顔が帰ってきて、心臓がドクン!と跳ねた。


——何なの?

その笑顔は反則!



***



吉野山の中腹にある小さな温泉宿。


お客は私達だけという事で、露天風呂は貸切だった。



久々に髪を丁寧に洗い、ゆっくりと露天風呂の中で手足を伸ばす。



——んー、気持ちいい!



向こうでは毎日のようにお風呂に入っていたのが、何だかとても遠い昔のよう。



風呂の脇には立派な山桜が、今を盛りと咲いている。

かつて目にしていたソメイヨシノとは違う美しさに目を奪われていると、向こうから真っ白な狐がやってきた。



白いお狐様は神様の使い。


おばあちゃんがよくそう言っていたけど…実際見るのは初めて。


向こうより神様がより身近なこちらでは、この白狐も本物の御使いなのかも。



薄暗がりの中、金色に光る両の瞳。

妖しく光るその瞳に、不思議なデジャヴを感じる。



ふと、白狐が桜を見上げた。


つられて顔を上げると、ザァッと強い風が吹き桜の花びらが舞い散る。



そして…次に目を向けた時は、白狐の姿は消えていた。



——何だったんだろう…今の。



真っ白で艶やかな毛並みと金色に光る綺麗な瞳が目に焼き付いて離れない。



もう一回会えるかな?


会いたいな、あの綺麗なお狐様に。





風呂から上がって火鉢のそばで髪の毛を乾かしていると、御膳の用意が出来たと女将が運んできてくれた。



「四郎、熱燗つけてくれたって」


「それはかたじけない」



焼き魚と具沢山の煮物、お漬物に味噌汁、雑穀メインのご飯。


久々のちゃんとしたご飯に胸が弾む。



「いただきます」



——ん、美味しい!



温かい物を温かいうちに食べられる事が、こんなに幸せな事だなんて…忘れてたな。



「静佳は美味そうに食べるな」




——呼び捨て!

いや、私も「四郎」って呼んだけど。


…なんか照れくさいよ。



向こうでは女子校だったし、男の子で名前呼びする子は居なかった。



「四郎もおいしそうに呑むよね」



気恥ずかしくて話題を変えるためにそう言ってみたのに


「美味いぞ、呑むか?」


とぐい呑を渡される。



『お酒は二十歳になってから』


そんな標語が浮かんだけど、平成の世でも成人は十八だし、というかもう十九だし舐める程度なら大丈夫かな?



ほんのちょっとだけ口をつけてみる。


日本酒独特の香りが鼻を抜け、アルコールで舌がピリリとする。


「私…には、ちょっと早かったかな?」


ぐい呑を返すと、クイとあおる四郎。



——なんか…大人、だなぁ。



まさに「嗜む」という言葉がぴったり。

グイグイ飲み干すんじゃなく、味わいながら静かに呑む姿は…ちょっとカッコいいかも。



「そういえば、静佳はここに来る前は何をしておったのだ?

じょしこーせーと言ったか、なんじゃそれは」



——そっか。

四郎にはその辺はまだ話した事なかったっけ。



「向こうでは七歳からみんな学校っていう所で勉強するの。

言葉や計算、地理、歴史、生き物や天文なんかを。

で、高校っていう学校に通っていた生徒だから、女子高生。


ちなみにおばあちゃんと二人暮らしだったんだけど、そのおばあちゃんも亡くなってしまって…お葬式の日の晩ここに呼ばれたんだ」


「そうであったか」



——ヤダ、しんみりしちゃった?



「おかげで、静御前とか義経様とか弁慶とか、歴史上の有名人に会えてラッキーよ。

歴史大好きだし。

もちろん四郎にもね」


あっけらかんと笑って見せると、四郎も苦笑を返してくれた。




——あれ?

なんかちょっと、暑い、かも。

というか、楽しくなってきちゃったかも。



「…静佳?」


「なぁに~?」


フフッと笑いながら返事をすると、なぜか天を仰ぐ四郎。



「そのように隙だらけの顔を男に見せるでない」


「えー?隙だらけってどんな顔?」



真面目に聞いてるのに、ため息つかれた。



「ちょっと~何よ。

あ、そういえば四郎って何歳なの?」



——実は、前から気になっていたんだ。



「酔ってるのか、あれしきで」


「酔ってないってば。

で、何歳?」




酔っ払いが、とかブツブツ聞こえたけど笑顔でスルー。



「…四百と少し」


「よん、ひゃく?

やぁだ!四郎の方が酔ってんの?」



ケラケラ笑うと、またしてもため息つかれた。




——失礼ね。


「酔ってないってば!」



お膳を避けて手を伸ばすと、逆にその手を掴まれた。


「…あっ」




その瞬間、討手のイヤラシイ眼を思い出し、身体が勝手に震える。




「ヤダ、やめて…」


「案ずるな、何もせぬわ」



耳元で囁く低い声。




「…血の気が引いたか、すまぬ。

これでも羽織って火鉢の近くにおれ」


四郎の着ていた綿入れを肩にかけられ、火鉢の方へ押しやられる。





腕を掴まれた時は、瞬間的に恐怖と嫌悪が蘇ったけれど…別に四郎の事が怖い訳でも嫌いな訳でもない。



それどころか、端然と酒を嗜む姿はかっこいいと思うし。


——むしろ四郎じゃなきゃイヤだ、と思ったんだ。




これは言わないけど…絶対に。





「うん、やっぱり四郎が良いわ」


「うるさいぞ、小娘」


「小娘じゃありません!」


「では酔っ払い」




——んもぅ!



なんてね。


さっき私が明らかに怯えたから、こうやって軽口を叩いてくれてるの、わかってるよ。





* * * * *



~ちょっとだけ後書き~


本文中に十九歳の静佳がお酒を飲むシーンがありますが、ほんとはダメです。


お酒は二十歳になってから!

酒は飲んでも飲まれるな!(←違…)



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