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紅に燃ゆる〜千本桜異聞〜  作者: 吉野
第二幕〜伏見稲荷〜
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13/22

静御前


義経様一行が去った後、私達は義経様が静御前と過ごした屋敷へ向かう事にした。




その途中、義経様のお屋敷の前を通りかかった。


見れば、門の辺りに点々と血の跡らしき物が。


ここで、激しい斬り合いが行われたという客観的な証拠に、背筋を冷たいものが駆け抜ける。



人気のないお屋敷は妙に寒々としていた。


昨日訪れた際は沢山の人が出入りして、とても賑やかで活気があったのに。




——ここで郷の方様が命を絶たれた、なんて…。



彼女の遺体はどうなったのだろう…。

ちゃんと葬ってもらえるんだろうか。



思わず立ち止まり、手を合わせる。


ふと、気配を感じ顔を横に向けると、四郎様も静かに両手を合わせていた。



そんな私達を静御前も禅師様も、黙って待っていてくれた。



***



屋敷に戻ったその日から、静御前は床から起き上がれなくなってしまった。



無理が祟ったのか、義経様に置いていかれた事が相当堪えたのか。

あるいはその両方か。


見る間に衰弱していき、辛そうに咳をする姿は見ていられない程だった。


禅師様が懸命に看病するものの、容体はいっこうに良くはならず。

ついには大量の血を吐き、倒れてしまった。





「姉様、お白湯をお持ちしました」


その日は妙に肌寒かった。


薄い肌襦袢では余計に体調が悪化してしまうかもしれない、と起き上がった静御前の肩に綿入れをかける。



文机には先程摘んできた紫苑。


一輪挿しなんて物はないので、徳利を花器の代わりにして日々の花を入れている。



「花言葉、であったか。

紫苑にはどのような意味があるのじゃ?」



この時代には、まだ生け花という文化はないけど、花を愛でる心は昔も今も同じ筈。

少しでも静御前の心を慰めてくれれば、と日々目に付いた花を飾ったり、花言葉にかこつけて色々おしゃべりしてるんだ。


千日紅から紫苑に変わった事に気付き、咳のし過ぎで掠れた声で静御前が問う。



「紫苑の花言葉は『貴方を忘れない』です」



お白湯で唇を湿らせた静御前は、淡い笑みを浮かべる。

遠い目をして、義経様の事を思い出しているんだろう。


そんな静御前の邪魔をしないよう、私は息を潜めて見守っていた。



「会いたいの、せめて最後にひとめだけでも」



ポツリと漏らした言葉に、胸が痛む。



「そんな事…最後だなんて、言わないで」


「己の身体じゃ、わかる」



深い、ため息にも似た吐息を漏らし、静御前は私を見つめた。



「正直に云うてほしい。

お静、そなた知っておるのであろう?

九郎様の事も、この先も」



——何故それを…。


驚きのあまり言葉の出ない私に、静御前はふんと鼻を鳴らした。



「お静は嘘が下手じゃ」




——わかってて聞かないでくれてたの?



「言いたがらぬ事を、無理に聞き出すつもりはなかったでな。

しかし、もう時がない。

冥土の土産に、そなたが知っている事を教えてたも」


この通りじゃ、と頭を下げる静御前。



「ちゃんと言えなくてごめんなさい。

お願いだから頭をあげて」




誇り高い静御前が、私に頭を下げるなんて。


——何だか泣きそう。




冥土の土産なんて言ってるけど…心残りなのよね。

義経様の行く末を見届けられない事が。





「九郎様はこの後、どうされるのじゃ?

どのようなご最期を?」


 

障子の外に四郎様の気配。


彼も気になるのよね、きっと。


義経様の事が。


託された静御前の事が。



そして…静御前に瓜二つの、得体の知れない私の存在が。




「義経様は昔過ごした奥州へ、藤原氏を頼って逃れていくの。


でも藤原氏も代替わりしてね。

新しい当主は、鎌倉からの圧力に耐えきれなくなってしまう。


義経様は衣川という所で兵に囲まれ、自害。


弁慶は義経様の自害を助けるため、堂の前に仁王立ちして沢山矢を射かけられるの。

そのまま立ち往生、と言われている」



「…弁慶殿は最期まで供が叶うたのか」



「でもね、歴史書って勝者が…この場合は鎌倉方が、自分達に都合のいい事だけ残した物だと思うのよ。


書かれている事が真実とは限らないし、触れられていない事、脚色されている事も沢山あると思う。


何より、義経様って人気あるんだ。

衣川で亡くなったとされるけど、実は生きててもっと北まで落ち延びたとか。


何なら日本を脱出して、モンゴルっていう国の王となったとか、色々伝説が残っているの。


皆、義経様の死を認めたくなかったんだよ、きっと」



「…そうか」



それきり、静御前は黙って紫苑を見つめていた。



「九郎様は…抗う事を決して止めぬ。

最後の最後まで足掻き続ける、そういうお方じゃ。


私もお側でそれを見守っていたかった。

共に抗いたかった、たとえどうなろうとも」



やがて、絞り出すように紡がれた言葉。


静御前の最後の望み。




その想いを受け止めた瞬間、私は理解した。

何故、この時代に呼ばれたのかを。




——静御前の想いを、無念を義経様に伝える為。

静御前の代わりに、文句の一つも言ってやる為にここに呼ばれたんだ。



「そなたはこれからも多くの事を目にし、耳にするであろう。

中にはそなたの心を惑わす物も、そなた自身を惑わす物もあるやもしれぬ。


けれど良いか。


沢山の物事を見聞きし、それを見極めるのじゃ。

他人の言葉をたやすく信じてはならぬ。


己自身でよく考え、感じ、得た物を信じよ」




冷たい風が吹き込み、頬を撫でる。



「お静、そなたにはそなたの暮らしがあったであろうに済まなんだ。

しかしそなたに会えて、私は幸せであったぞ。


初めて会うた時から、何やら他人とは思えなんだ。

姿形は確かによく似ておるが、それだけではない。

そなたとおると、どことなく懐かしいような妙に安らぐような、そんな心地にすらなる。


そなたの事は真実、妹と思うてきたのじゃ。

お静、短い間とはいえ姉妹(あねいもうと)として過ごせた事、誠に幸せであったぞ」



「…静、姉様」



「姉と思うてくれるのなら、どうか最後の頼み、聞き届けてはくれぬか?」



ここでの日々が、走馬灯のように駆け抜ける。

そのどれもが、静御前と共に過ごした大切な時間。



「無理矢理に連れてきた事、幾重にも詫びようほどに…九郎様の行く末を私に代わり見届けてはもらえまいか」




——うん、多分その為に私は呼ばれたんだよ、きっと。



今は…そんな気がしている。




「この上なく厚かましい頼みである事は、百も承知。

しかし…」



必死に頼み込む静御前の肩に手を置き、その言葉を止める。



「わかった。

姉様の願い、引き受けるよ」


「お静、いや、静佳殿…かたじけない」



あちらで唯一の肉親を亡くして、寂しくて心許なくて。

そんな私を妹と呼んでくれた静御前は、いつしか私にとって本当の姉のような存在となっていた。



「自分の元へ突然現れたのには、何か意味があるんじゃないか?って前に言ったよね。


多分そういう事なんだよ。

私が時を超えて過去に呼ばれた理由、それは静様の意志を継ぐ為、なんじゃないのかな」



「過去……。

そなた、何者じゃ?」


困惑気味な静御前に、最初で最後の真実を告げる。



「桜宮静佳。

今から八百年くらい後の世界から来たんだ」



***



それから数日後、静御前は義経様と束の間幸せに過ごした屋敷で息をひきとった。



そのお顔は安らかで、早すぎる別れを惜しむ者達の涙を余計に誘った。




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