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紅に燃ゆる〜千本桜異聞〜  作者: 吉野
第二幕〜伏見稲荷〜
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12/22

忠臣


突如現れた一人の武者。



新たな追っ手かと固唾をのんだ私の目の前で、その人は初音の鼓を鮮やかに奪い返し


「我こそは源義経が家臣、四郎兵衛忠信。

おのれら如き分際が、この鼓を奪おうとは。

なんと分厚い面の皮!」


声高に名乗りを上げた。




義経様のご家臣、って事は…。

——助かった!



討手の注意がそちらに向いた隙に、くじけそうな脚を叱咤し静御前の手を引いて、本殿の陰に身を潜める。



討手の数は五人。

こちらは忠信様ただ一人。


さすがに一対五はキツいんじゃ…と心配をよそに、忠信様は神がかり的な強さを発揮。

刀も抜かずに討手を追い払ってしまった。




「静!お静!」


そこへ禅師様が戻り…なんと、義経様一行までが現れた。



——え?どういう…?



「我が殿!」


嬉しそうに駆け寄る忠信様。




——さっきの愁嘆場は、何だったの?




あまりの展開に呆然としていたけれど、話の流れから察するに禅師様が呼びにいった『助け』それが義経様一行だったらしい。


一旦は静御前を置いて旅立った義経様。


けれど愛妾の危機に慌てて戻ってきてみれば、家臣・忠信様が美味しい所を掻っ攫っていった。


そんな感じであってる筈。



で、今は主従の感動の再会といった所。


聞けば忠信様は、元々奥州藤原氏の家臣だったそう。

けれど奥州に身を寄せた義経様が挙兵する際、秀衡の命により義経様の家臣となったんだって。


それ以降、義経様と苦楽を共にしていたんだけど故郷の母親を看取る為、許しを得て里帰りをしていた。

その母も亡くなってしまったので都に戻る途中、義経様の危機を知り駆けつけたという事らしい。



「よくぞ戻った、忠信

また、よく静を救ってくれた。

褒美に我が名『源九郎義経』と、我が着長を与える」


感激した様子の義経様が渡したのは、殊の外目立つ鎧。



これは…影武者になれって事?

いざという時はあの鎧をつけて、『源義経』として死ぬ名誉を与えた、って事なのかしら?


そんなんで褒美になるの?って、正直思うんだけど…。

でも忠信様はすごく喜んでるから、家臣にとっては名誉な事なんでしょうね、きっと。


…よく、わかんないけど。




「忠信殿、危うい所助かりました。

礼を言います」


感動の再会が終わったらしい忠信様に、礼を言う静御前。


「静御前、ご無事で何よりでございます。

伴の方も女だてらに無茶をなさいますな」


「あの、忠信様、先程はありがとうございました」


「吾の事は四郎兵衛、もしくは四郎とお呼びくだされ」


「わかりました。

私は静御前の遠縁で、(しず)と申します」



私の事まで心配してくれたのが伝わってくるから、頭は下げておく。



でも…あの時はそうするしかなかったんだもん。

怖かったけど…もしかしたら、斬られるかもと思ったけど。


忠信様が来てくれるなんて思わなかったし、必死だったんだよ。



今になって恐怖が全身を支配して、足が、身体が震える。



「お静!そなたまで無茶をして」



静御前に続き、私まで叱られちゃった。


もっとも、禅師様、今度は完全に目が潤んでいて今にも泣き出しそう。



「ごめんなさい。

しず…姉様を助けたい一心で…」



震える手を差し伸べると、禅師様がしっかりと抱きしめてくれた。


「ほんにこの子は…。

無事で良かった……お静」



抱きしめてくれた禅師様の身体も細かく震えていた。


改めて、すごく心配かけたんだなという申し訳なさと、間一髪助かった安堵とか入り混じり、こちらまで涙ぐんでしまう。



本当に怖かった。


平成の世でなら刀は装飾品であり美術品。

あくまで実用品ではないのだけど。


彼らが無造作に持っていた刀は本物。


きっと人を斬った事もあるし、女といえど斬る事に躊躇いなんかないんだろう。


そう思うと…私がこうして生きているのは、本当に奇跡みたいなものかもしれない。



そう思い至ったら、余計に全身鳥肌が立ち、ますます震えが止まらなくなってしまう。


そんな私を安心させるよう、禅師様は抱きしめ背中をさすってくれた。



***



ようやく震えも止まり、落ち着いた頃。




静御前は義経様と最後の別れを惜しんでいた。


「達者でな、静」


「九郎様こそ、どうぞ息災で」


万感の思いで見つめ合う義経様と静御前。



静御前の目に、もう涙はなかった。



「忠信、静とこの鼓の事頼んだぞ」


「殿がお戻りになるまで、しかもお守りいたします」



結局、頼もしい味方の筈の忠信…四郎様に静御前を託すのね。


まぁ、今のような事がまたないとも限らないし、心強いけど。




「九郎様、どうぞどうぞご無事で」



静御前の見守る中、今度こそ義経様一行は旅立っていかれた。



その後ろ姿を見つめながら、私も祈る。




——静御前と義経様が、また再会できますように。


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