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Epilogue:世界は騙されることを欲している、それゆえに世界は騙される

「……久しぶり」

 私は数年ぶりに、父さんと再開した。私の前からいなくなった時は憎くて憎くてしょうがなかったけど、私にもあれから色々なことがあって、もうそんな感情も忘れてしまった。父さんは昔と比べると酷く痩せていて、私が幼い頃によく抱きついていた丸いお腹は、すっかりなくなっていた。

 父さんの車に乗って、群馬へと出発する。車中でぎこちない会話を交わし、足柄ではミヒロの驚く顔を見て、ラーメンとチャーハンを食べた。

 そして、なぜか懐かしい気持ちが蘇る田舎へとやってきた。

 また子供たちの洗礼を受け、校舎から出てきた土佐さんと長谷川さんに迎えられる。なぜか父さんは孤児院の女の子と知り合いのようで、親しげに話をしていたのが不思議だった。

 私たちは話もそこそこに、そのまま父さんの運転する車に乗って病院へと向かった。

 彼に会うために。

 父さんは車を停めに行き、長谷川さんはレナに用事があるとのことで、土佐さんと二人で病室へ向かう。

 病院の端に位置するその病室は、酷く薄暗かった。何もしていない時はほとんど寝ている彼にとって、強い光は眩しいのだそうだ。私はカーテンの隙間から僅かに入ってくる光を頼りに、ベッドの傍まで来た。

 眠っている彼の姿は、とても美しかった。

 外国人の母親に似たらしく、ノックスと同じような白金の髪と、線の細い輪郭を持っている。まるで王子様のキスを待つ眠り姫のようだった。土佐さんの話によると、いつか彼が体を動かせるようになった時のために、できる限りのことをして彼の体を保っているらしい。

 私はベッドに近付いて、彼の手に触れてみた。しっかりと温かく、柔らかい。そのまま手を握る。

「……ハンドシェイク」

 呟いて、私は涙腺が緩むのを必死にこらえた。私は、彼が唯一のびのびと体を動かせる世界を、守ることができなかった。オムニスは事実上崩壊し、日本を含め、ロスに依存していた国は大混乱に陥っている。一緒に沢山の冒険をしてきた仲間たちも、今ではどこで何をしているのかわからない。

 私は予想していたよりも、はるかに強い喪失感に襲われていた。いつの間にか、彼の手を握り締めて泣き出してしまっている。私はこれからどうすればいい。またみんなに会いたい。君ともっと、色々な場所に行きたい。そんな思いが溢れだして止まらなかった。

「……あ」

 手にほんの僅かな力を感じて、私は顔を上げた。彼が薄く目を開いていた。そして、微笑んだ。私が驚いて振り返ると、土佐さんも笑顔を見せた。

「ここ最近、息子は本当に少しずつですが、体を動かせるようになってきています。医師の話によれば、疑似的な体を動かす体験をしたことによって、脳の運動機能を司る部位が活性化し始めたのではないか、と」

 私がもう一度彼に目をやると、彼は必死に口を動かそうとした。耳を寄せると、漏れた息が「ケイ」と言ったように聞こえた。

「ああ。ケイだよ。よくわかったな」

「……また……あそぼう」

「……うん。うん、遊ぼう。きっとまたいつか、オムニスで会えるようになるからさ」

 彼は安心したように息を吐いて、もう一度笑顔を見せてくれた。

「そう、きっとまたいつか会える時が来る!」

 突然大きな声がして、私は不覚にも驚いて震えてしまった。恐る恐る病室の入り口を振り返ると、いつの間にかインターフェイスを付けた三人がそこに立っていた。中央のスーツの男が仮面を取って、私は息が止まるかと思った。

「拍手を! お芝居はおしまいだ!」

 眼鏡のない倉島がそう言って、両隣の二人も仮面を取った。サイバー犯罪対策課の今野と、さっきレナの病室に用があると言って別れた長谷川さんだった。私は驚愕のあまり、本当に声が出ない。

「驚いただろう、そうだろう。俺がジョクラトル三人衆のジョーだ!」

「クラリスでーす」

「どうも。トルストイです」

 私は頭を抱えた。これは父さんから遺伝した困った時の癖だ。必死に頭を回転させようとしていると、後ろから大谷に村内さん、父さんに孤児院の女の子、そしてレナが現れ、ぞろぞろと病室に入ってきた。

「なんだ……なんなんだ、これは……」

「大丈夫ですから、落ち着いてください」

 うずくまった私の肩を、レナが抱いてくれた。顔を上げると、大谷が苦笑している。

「やられました。全部倉島さんたちの作戦通りだったんです」

 隣では村内さんが悔しそうに首を振っている。

「さく……せん……?」

「ふふふ……。俺は十三年前に孤児院を出たあと、離れ離れになった今野や長谷川と遊ぶためにオムニスを始めた。そして現実からもオムニスの平和を守るために、俺と今野は頑張って警察官になったわけだが……そこに舞い込んできたのがインターポールからの協力要請だ。本格的にオムニスに目を付けられたことを悟って、俺は一度オムニスを崩壊させるしかないと思った。そこで一芝居打ったわけだ。言っただろう、オムニス始まって以来のショウタイムが来るって」

「で、結果ご覧のあり様なわけだけど……後輩ちゃん」

「おほん。はじめまして! 私はシイナ。倉島先輩と今野先輩のお手伝いさんで、イッテツさんの弟子だよ。えーと……。まあ説明するのも面倒だから、とりあえずこれ付けて」

 シイナはリュックサックからインターフェイスを取り出して、私の顔に取り付けた。ディスプレイが起動して表示されたのは、どこまでも続く緑の平原だった。

「わっ」

「うわっ!」

 突然耳元で声がして振り返ると、シイナがそこにいた。いや、シイナだけではなかった。ジョクラトル三人衆、レナ、コンスルさん、村内さん、ヴァレイ、多分父さんも。私のよく知っている顔が集まっている。

「この前のショウタイムの時に、イッテツさんに投資してもらってね。その時の儲けを使って、スカイネット上に散らばっていたオムニスのキャラクターデータをサルベージしたの」

「サルベージ……? 一体どうやって――」

「私たちをお忘れですか?」

「お手伝いさせていただきました」

 また背後から声がして、私はもう驚くこともなく振り返った。

「イーオンに、アエラ……!」

 双子の兎は、うやうやしくお辞儀をした。

「お久しぶりです」

「お元気でしたか?」

「あ、ああ。でもどうして……」

「私たちは元々、スカイネット上で機能しているプログラムです」

「彼女がオムニスの新生を画策していることを知り、コンタクトを取りました」

「今はまだ何もないし、ロスはもう使えないだろうけど……。人が集まれば、きっと世界は作り直せるよ」

 シイナはそう言って、無邪気に笑った。

「ルシオラ」

 声に視線を向けると、私はまた泣き出してしまいそうになった。

「ノックス……」

 レナに背を押されて、ノックスがとことこと歩いてきた。そして首を傾げる。

「ルシオラなの? ケイじゃないの?」

「どっちでもいいよ。どっちも私だから」

 私が震える声で言うと、ノックスは頷いた。

「わかった。ケイ」

「うん」

「遊ぼう」

「……うん」

 私は、差し出されたノックスの小さな手を握った。

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