Phase8-8:正義を行うべし、たとえ世界が滅ぶとも
状況は悪化の一途を辿っていた。すでに両世界に小型アーティファクトが侵入し、戦闘の経験のないプレイヤーたちはほとんど姿を消してしまっていた。サラマンダーとノームの姿も、もうなくなっている。
月に照らされたオムニスに終末の気配が漂う中、最後の戦いが始まった。
イーオンとアエラ、両世界合わせて総勢三百万人にも及ぶ大艦隊が、緩衝地帯に姿を現した。機械仕掛けの神が現れてから、現実時間で僅か十六分。ガイドラインの開発したインカムが起こした奇跡だった。
普段は戦闘に参加しないパイロットも突貫の兵装を装備し、竜騎士はメイジとペアを組んで砲台となった。アエラはもちろんのこと、イーオンもアエラを参考にして、アークを中心に陣形を組んだ。
外側に配置されたラインの乙女や召喚獣、戦闘機や竜騎士たちが小型アーティファクトに応戦しながら、作戦の開始地点に到着する。
「まさか、オムニス史上最初の共闘がこんな形になるとは思いませんでした」
旗艦サピエンティアの艦橋で、コンスルが言う。艦長席にはレナの姿があった。
「これが最後の協力にならないよう、最善を尽くしましょう」
飛行戦艦アークの艦橋で、ヴァレイが言う。お互いの声はインカムを通じて届いていた。
「さあ、感傷に浸るのはそこまでだ」
ヤタガラスの中、ケイが口を挟む。一度息を吐いて、傍を飛ぶヴォークリンデへと視線を送る。
「ノックス、ちゃんと付いてくるんだぞ」
ヴォークリンデが頷く。
「行こう。……作戦開始」
ケイの合図で両陣営のトップが作戦開始を告げる。東西の大艦隊が、中央を目指して進軍を開始した。
緩衝地帯を処理し尽くし、動きを止めていた機械仕掛けの神が、大量のプレイヤーの反応を検知して再び動き出した。艦隊を狙って両腕を伸ばし、小型アーティファクトが円となって回転を開始する。光は中心へと収束し、光弾が放たれた。
先頭に配置されていたヴェルグンデとウンディーネは、それぞれ防御スキルで守られていたにも関わらず、大ダメージを受ける。それを、シルフとフローズヒルデが即座に回復した。
耐えながら侵攻を続け、中央に近付くにつれて、小型アーティファクトの攻撃は勢いを増してくる。
駆けつけたハンスが、巧みな操縦で小型アーティファクトを蹴散らす。サピエンティアの甲板に出たレナが、超広範囲の防御陣を展開する。戦闘機や竜騎士たちも、誰も手を抜くことなく全力で戦った。しかしそれでも、不死身の軍勢の猛攻に徐々に数を減らしていく。
「くそっ、まだか!」
マップを気にしながらも、ケイの駆るヤタガラスは光弾の雨をかいくぐり、的確に機関銃を標的へ命中させていった。時折後ろを取られることもあったが、ヴォークリンデが即座に敵を叩き落してフォローした。
『ケイ! なにか来る!』
ミヒロからの通信と共に、ヤタガラスのディスプレイにオムニス全域のマップが表示される。極東と極西から、無数の光点が高速で接近しつつあった。
インカムに割り込みの通信が入ってくる。
『微力ながら、私たちもお手伝いします』
『直接オムニスに降りることはできませんが、私たちはいつもあなたたちの傍にいます』
「イーオン! アエラ!」
緩衝地帯に、アンドロイド、傭兵の乗る戦闘機、さらには竜族や霊獣たちが押し寄せてきた。小型アーティファクトたちを打ち払いながら、両陣営の艦隊を援護し始めた。
同時に、ヤタガラスのディスプレイのマップ上で二つの円が重なり、一つの円となる。ケイは自分の体が震えるのを感じた。
「攻撃開始地点だ! カウントを開始する! 散ってくれ!」
ケイの合図で、一気に艦隊が三次元的に散開した。それぞれの射線を意識し、目標を取り囲む。
「三! 二! 一! 撃て!」
夜の緩衝地帯が、激しい砲火によって照らしだされた。艦砲射撃、粒子砲、魔法、あらゆる攻撃が、一斉に機械仕掛けの神へと叩きこまれる。
それぞれの首都でも攻撃が始まっていた。役所の中からは小型アーティファクトを狙った遠距離攻撃が放たれ、さらには近接職のプレイヤーたちが一斉に役所から飛び出し、落下した小型アーティファクトに撃てるだけのスキルを連打する。生き残ったプレイヤーすべての攻撃が、機械仕掛けの神の耐久値を削り続けた。
しかし、攻撃開始から数十秒が経っても、機械仕掛けの神が墜ちることはなかった。
「なんでだ! なんで墜ちない!」
粒子砲を放ち続けながら、ケイが叫ぶ。ヤタガラスのエネルギーは急速に減っていった。
『大きなダメージソースとして計算していたサラマンダー、ノームの使い手がログアウトしています』
『どうやらサラマンダーの使い手が暴走し、それを止めていたノーム共々ビットの攻撃を受けたようです』
「あの馬鹿野郎……!」
無情にも、攻撃の勢いが徐々に弱まっていく。エネルギーや魔力を使い切り、弾薬も底を突きはじめていた。最終的にすべての攻撃が止み、緩衝地帯が静寂に包まれた。
機械仕掛けの神は、おもむろに右手を振った。イーオンの軍勢はそれを回避する間もなく、爆散した。
機械仕掛けの神は、おもむろに左手を振った。アエラの竜や霊獣たちは、致死ダメージを受けて消えた。
そして機械仕掛けの神とその使いたちは、手当たり次第に光弾を撃ち始め、攻撃手段を失ったプレイヤーたちを処理していく。そこかしこで爆炎が上がり、サピエンティアやアークでさえ、あっさりと沈んだ。
最早、成す術はなかった。
ケイは被弾し、警報音の鳴り響くヤタガラスの中で、その光景を目にした。
ヴォークリンデが無数の光弾の雨を回避しながら、カノンエッジだけを頼りに戦っていた。時折小型アーティファクトにまとわりつかれて身動きが取れなくなるも、斥力を絶妙にコントロールして振りほどき、機械仕掛けの神へと迫っていく。
「……ノックス、もういい。もうどうしようもない」
周囲にはもう味方らしきものは見当たらない。ケイがやられるのも時間の問題だった。
『まだ遊びたい』
返ってきたノックスの言葉は、どこまでも純粋で無垢だった。ヴォークリンデは機械仕掛けの神の頭部へと迫っていく。
「悪い、ノックス。俺はもうログアウトしなきゃいけないみたいだ」
ヤタガラスを見つけたいくつかの小型アーティファクトが、光を収束させ始めた。
『また遊んでくれる?』
「……ああ。また遊ぼう」
『うん。またね』
ノックスのその言葉は、誰にも届くことはなかった。




