7.魔女と逃げることになりました。
「……という感じで、あたしは『婚約破棄』されたい人に、『婚約破棄』を提供する請負を始めたってわけ」
魔女のフィリアを名乗った黒いドレスの綺麗な女性は、少し得意げに私に語った。
「はあ……そうなんですねえ……」
私の知らないところで、そんなことが起こっていたとは。
驚きで気の抜けた返事しかできなかった私に、フィリアは微妙な顔をした。
「ちょっと……、それは、どういう反応かしら?」
「いえ……、自分の知らないところでそんなことが起こっていたなんて……びっくりです」
「あたし、今まで十件の婚約破棄に関わったわ」
フィリアは「ふふん」と鼻を鳴らした。
「はあ……すごいですね……」
実際に婚約破棄の現場に立ち会うなんて、文章で物語を書くのとは全然違う。
人の人生がかかっているし、すごく責任重大だろう。
私は本当に感心して、「すごいですねえ」と繰り返した。
フィリアはにこにこの笑顔になった。
「でしょう。なかなか、楽しかったわ」
彼女はそれから、私の様子を見て、首を傾げる。
「それにしても……アニー、あなたって少し、おかしいわよね」
「……そうでしょうか」
「あなたのことは、少し調べたわ。弱冠十八歳の新鋭小説家・アニー。孤児院出身で姓はなし。田舎町のパン屋での奉公中に、十六歳で小説を書きあげて出版・舞台化。これだけでも、異色の経歴でしょう。――で、国家反逆罪で逮捕。火刑の判決を受けて、燃やされたところだっていうのに、何だか他人事みたいな反応だし」
「……そう見えます?」
「ええ」とフィリアはうなずいた。
「ですよねえ。私……」
私はフィリアを見つめた。黒いドレスに身を包んだ、人間離れした雰囲気のある綺麗な人。
――魔女。この世界で初めて会う、ファンタジー的な存在。
異世界だというのに、この世界にはファンタジーっぽい魔法要素がないから、フィリアの存在はイレギュラーに感じる。
――ある意味、私と一緒?
……この人になら、話してみようか。
「私、前世の記憶がそのまんまありまして」
フィリアは一瞬ぱっちりした瞳をさらに見開いたけれど、すぐに微笑んだ。
「ああ、アニー……あなたって、そういう人なのね」
「『そういう人』って……あんまり驚かないんですね」
「前世の記憶があるっていう人は、たまにいるって師匠も言っていたわ。あたしは会うのは初めてだけど」
「――そうなんですか」
……たまにいるんだ。
「だからっていうわけじゃないんですけど――。私、あんまり、この世界で生きてる実感ないんですよね」
私は苦笑した。
この世界で生まれてから十八年。
――どこか夢を見ているような、そんな気持ちでいた。
「――まあ、死ぬなら死ぬで、たぶんまたどこかに転生でもするのかなあって感じで……」
「随分、他人事のような言い方ね。あなた、燃やされかけてたのよ」
さっき『前世の記憶がある』って言った時より、フィリアは驚いた様子だ。
私は「あ!」と口に手を当てて、フィリアに頭を下げた。
「――助けてくれて、ありがとうございました。お礼を言っていなくて、ごめんなさい」
そう。いろいろ話していてお礼を言う機会を逸していた。
でも……。
「これから……どうしようかな……」
助かったと言っても。
社会的には死んだも同然だし、生きているとばれたら、また捕まるかもしれない。
「私が助かったのって、ばれますよね……?」
燃やされてる本人がいなくなったら、ばれるよね……。
「あなたの体格に似せた動物の骨と肉を用意して、あなたとそれの位置を入れ替えたの。だから、後から骨をじっくり見ないとわからないと思うわ」
「動物の……骨?」
その時、私は初めて自分が血のようなもので床に描かれた、星と円を組み合わせた魔法陣の中に立っていることに気がついた。
――確実に、魔術っぽいことやってた跡だあ……。
「さっき話した、医学研究所で働いているクラリッサに研究所で亡くなった動物の骨と肉を分けてもらったの」
「それに」とフィリアは窓の外を見た。
「広場で暴動になってるみたいだし、混乱であなたが入れ替わったことに気付けるような状況じゃないと思うわ」
「ぼ、暴動……!?」
私は部屋の窓に駆け寄った。
私が燃やされていた街の広場の方向からは、松明の赤い光が黒煙の中で揺れ、押し合う人影が渦を巻いていた。銃声が乾いた音を立てるたび、群衆の悲鳴が裂けるように響く。
「――あなたが燃やされたのがきっかけで、市民が暴動を起こしたみたいね。もともと、王家に対する不満が爆発しそうだったでしょう」
ひゅっと息を呑んだ。
大変なことに、なっている。
「――魔法で、何とかできないんですか?」
「何とかって?」
「暴動を鎮めるとか……」
フィリアは首を振った。
「あたし、あんなに大勢の人を、一度にどうにかする魔法は使えないわ。変身したり、空を飛んだり、そういうことはできるけれど」
「――……」
私は黙り込んでしまった。
暴力とか、そういうの見るの――嫌なんだよなぁ。
この世界の人――主に憲兵とか、平気で人殺すから嫌なんだよね。
「――アニー、あなたって優しいのね」
気づくと、フィリアの宝石のような青い瞳が目の前にあった。
「あなたの話を読んだわ。虐げられた人が報われる素敵な話だった」
フィリアは私の髪を撫でた。
「あなたが気に病むことはないわ。いつかは起こることだったんでしょうから」
「……私、これからどうしよう……」
私はその場にうずくまった。
この世界で孤児だし、頼れる人はいない。
しかも死んだことになっちゃったし。
「――とりあえず、あたしと移動しましょう」
フィリアが私の手を引っ張った。
「……どこへ?」
「ソフィア――最初に婚約破棄をした令嬢よ。彼女は、『アニー先生』とお話したがっていたから。ソフィアは、ダレス王国の男爵家の令嬢よ」
ダレス王国……は、この国の隣の国だ。
「隣の国……の人も読んでるの?」
「ええ。とても流行ってるわ」
フィリアは微笑んで私を立ち上がらせた。
「とりあえず、これに着替えて。その服じゃあんまりだから」
そう言って、部屋の隅から質の良い生地のドレスを持ってきた。
「この服もソフィアのなの」
私は言われるがまま、そのドレスに着替えた。
状況的にフィリアについていくしか、ない。
「じゃあ、あたしの後ろに乗って」
着替えが終わると、フィリアは床に置いてあった柄の長い箒にまたがって言った。
「この世界の魔女も――箒に乗るんですね」
そう言うと、フィリアはうなずいた。
「魔女は箒に乗って空を飛ぶものでしょう? 座りやすくなってる、特別な箒よ」
確かに、柄のところは平たくベンチのようになっていて、座りやすそうだ。
彼女の後ろにまたがると、ふわりと身体が浮いた。
箒が浮いているというより、身体全体が浮いている感じで、乗り心地は悪くない。
「じゃあ、出発するわよ」
フィリアは窓を開けると、外に飛び出した。
煙の上がる街を眼下に、私たちは雲に近づく。
「高いっ」
思わずフィリアにしがみつくと、ふわりと花のような香りがした。
「――ソフィアのお屋敷まで結構時間がかかるけれど、他の婚約破棄の話も聞く?」
フィリアは悪戯っぽく振り返った。
私はこくりとうなずいた。




