2.投獄されて処刑されそうになりましたが、魔女に助けられました。
舞台化された『婚約破棄された公爵令嬢の涙をぬぐうのは、隣国の氷の王子』は、連日、大盛況だった。
私は、貴族だとか、大きな商会の奥様だとか、お金持ちのご婦人たちの集まるお茶会に呼ばれ、お茶を飲んでいた。
「こちらが、原作者のアニー先生です」
劇場支配人にそう紹介されると、拍手喝采。
原作を持ったご婦人たちが「サインください」と集まってくる。
わ、私のサインなんか本当にいるの……?
なんとなく書いた小説がこの世界でこんなにウケたのは、『婚約破棄』なんて展開がすごく『新しい』みたいに受け取られたからだと思う。
この国の王族は、今、すごく嫌われてる。
「王族は女神様の子孫だ」なんて言って、特権で贅沢しまくっているからだ。
ランス王国の現国王は、再婚したいからって、前の王妃様に姦通の罪を着せて、幽閉した。
前の正妃様はとても優しい人で、孤児院への配給を増やしたり、学校を増やしたりしてくれたので、市民からも慕われていた。
けれど、浮気相手とされた官僚は処刑され、幽閉された正妃様も病気で亡くなってしまった。
一方、新しく正妃になった国王様の元浮気相手は、さんざん贅沢をしているという。
ちなみに今の王太子様は、新しい正妃様の息子だ。
――うーん。嫌われて当然じゃないかな。
貴族の人たちへの締め付けも結構あるみたいで、貴族にも王家が嫌いな人が多いみたい。
そういう空気感と、王子への断罪っていうのがマッチした、的な感じなのだと予想。
そんな私に、ご婦人の一人が話しかけた。
「先生の次回作も楽しみにしてますわ!」
たらりと、冷や汗が頬をつたう。
だって、私、こんなに自分の話が人の話題になったことなんてないもん。
自分が好きに書いていただけなのに……、こんなに大事になるとビビっちゃう。
次の作品はたいしたことない、なんて言われるのを想像したら怖いなあ。
「……ありがとうございます」
「先生の今作は、社会現象にもなっていますものね。――実際に、先生の小説を真似たような『婚約破棄事件』が、他国でも起こっているとか――?」
「――え?」
実際にそんなことを現実でする人、いるの?
――そう思った時、突然サロンが騒然とした。
「『婚約破棄された公爵令嬢の涙をぬぐうのは、隣国の氷の王子』原作者、アニーはいるか?」
ご婦人方の悲鳴。
ひっくり返る紅茶。
なだれこんできたのは、甲冑姿の憲兵だった。
みんなが私を見つめる中――
カシャン!
私の手に手枷がはめられた。
「国家反逆罪で逮捕する!」
◇
「まあ、そううまいこといかないよね……」
牢屋の石床に転がりながら、私はつぶやいた。
「国家反逆罪」で拘束された私は、形ばかりの裁判で死刑を言い渡された。
王子が断罪されるあたりの描写が、王家を侮辱したって罪らしい。
で、そんな話を広めて、国家に反逆する気だったという言いがかりだ。
この国では「国家反逆罪」への刑罰は、死刑のみ。
これまでも、国王に意見しただけの官僚が、広場で火刑にされたり、首を刎ねられたりするのを見たことがある。
まさか王家に直接何かしたわけでもないのに、死刑にされるとは思っていなかったけど。
私は裁判で早々に「ごめんなさい。侮辱しました。反逆するつもりでした」と認めて、処刑されることになった。
だって、認めないと、認めるまで拷問されそうだったし。
この世界の人たち、人権意識とかないから、怖いんだよね。
憲兵がパンを盗んだ泥棒を、「盗人だ!」って捕まえるどころか、その場で殴り殺してしまうような野蛮な世界だから。
どうせ処刑されるなら、苦しまずにさっさと死にたい。
「よりによって火刑かあ。苦しいのは嫌だなあ」
前世で死んだときは、心臓発作か何かで、一瞬胸がズキッとしてすぐ死んだっぽいから、あんまり苦しまなかったんだよね。
「次はどこに転生するんだろ。……なんかチートな能力とかほしいな」
一回死んで転生してるせいか、死ぬのは別に怖くなかったりする。
この世界でも孤児だったし、別にそんなに思い残すことはない。
パン屋の奉公も一年前に辞めているし、迷惑をかけることもないだろう。
……書籍化と舞台化したし。
――次、転生するなら、魔法がある世界がいいな。
この世界に転生して十八年、少なくとも私は魔法なんて見たことがない。
石牢にしばらく閉じ込められた私は、ある日外に出された。
どうやらさっさと私を処分したいらしい。
騒ぎになるのが嫌なのかな。こういうことするから、民衆に恨まれるんですよー!って言ってやりたいけど、痛い目に遭うのは嫌だし黙ってる。
連れて行かれたのは街の中心広場。――いつも罪人の処刑が行われている場所だ。
処刑台に立てられた杭に、身体をぐるぐると縛りつけられる。
周りに薪が積まれる。
――人を公衆の面前で火刑にするとか、ほんと修羅の世界だな。ここは。
私は街の広場を見回した。
周りには、私の本を持った読者のご婦人たちが涙ながらにこちらを見つめていた。
「アニー先生を燃やすな!」
誰かが叫んだ。
「アニー先生を燃やすな!」「燃やすな!」「燃やすな!」
大合唱が巻き起こり、憲兵たちが群衆を威嚇する。
いやー、華々しい最期……。
薪に火がつけられ、もくもくと立ち上る煙に私は咳き込んだ。
……燃える前に意識がなくなるといいんだけど。
体中が黒煙に包まれた――その時、ふっと身体が浮いた気がした。
◇
「こんにちは、アニー先生」
目を開けると、そこは――ベッドと棚がある、宿屋のような部屋の中。
私は火刑にされかけた時の、黒い罪人服のまま、ぽかんと口を開けていた。
そんな私に、黒いドレスを着たすごい美女が微笑んだ。
「……助けてあげる。だって、あなたのおかげで私、たくさんおいしいものが食べられたもの」
「……どなたですか?」
私が聞くと、美女は青い宝石のような瞳を瞬いた。
「フィリア。魔女よ。――あたし、しばらくの間、『婚約破棄請負』をしていたの」
「『婚約破棄請負』……?」
首をひねる私に、彼女は楽しそうに語り始めた。
自分がこれまで請け負ってきた、『婚約破棄』について――。




