1.転生した元ネット小説家は、異世界で婚約破棄を流行させた。
『僕は“運命の愛”を見つけたんだ! お前との婚約を破棄する!』
白タイツに身を包んだ王子は、清楚な婚約者の令嬢を突き飛ばすと、金色の髪をかき上げ、横に立つ別の令嬢を抱き寄せた。
大きな胸を強調するような、派手なピンク色のドレスを着た令嬢は、王子の腕に縋りついた。
婚約者の令嬢は、顔を青ざめさせて、呟いた。
『そんな……私との誓いは、すべて嘘だったのですか?』
『お前のようなつまらない女との婚姻など、僕は御免だ!』
床に崩れ落ちた令嬢の頬に悲しみの涙が伝う。
「馬鹿王子!」「あんたなんか『ざまぁ』されちゃえばいいのよ!」
――観客席から大量の野次が飛ぶ中、舞台は暗転した。
「いやぁ、舞台化大成功ですな。――話を受けていただいて、助かりました」
私の隣に立った老紳士は満足そうに髭を撫でた。
劇の題目は『婚約破棄された公爵令嬢の涙をぬぐうのは、隣国の氷の王子』。
私はこの劇の原作者である。
「こんな立派な劇場で、自分の作品が上演されるなんて、夢のようですわ」
私は老紳士――この劇場の支配人に微笑んだ。
「先生の大人気小説を舞台化させていただけて、こちらこそ大変有難く思っております」
支配人は劇場を見渡して、微笑んだ。
「先生の作品は、近頃の王侯貴族を見事に風刺していると評判です。そのうえ娯楽性もたっぷりで素晴らしい作品です。見てください、貴族のご令嬢から町の娘まで、観劇するお客様の輝く瞳を。ここ数年、感じることのなかった会場の一体感。昨今は上演する内容まで王家が締め付けてきますからね。そんなの知ったものかという気持ちで上演して、大成功でした!」
目に涙を浮かべる支配人を前に、私は曖昧に微笑んだ。
どうしよ。そんな難しいこと、書くとき、何にも考えてないんだけどなあ?
内心、汗ダラダラである。
私は転生者だ。前世は現代の日本というところで、WEB小説を書くのを趣味とするしがない社会人だった。
ある日突然、胸に激痛が走り、そのまま死んだ。
――そして次に目を開けたときには、この世界の赤ちゃんになっていた。
しかも、どこかの王宮に生まれたとか、そんな都合のいい話ではなく。
気がつけば、私は教会の前に捨てられていた。
人生いきなりハードすぎる。
めちゃくちゃ泣いたら、その教会の神官が出てきて拾ってくれたので命は助かった。
それからはその教会が運営する孤児院で育った。
魔法が使えるわけではなく、生きるのに必死。
文字は頑張って覚えた。小説を読んだり書いたりすることは、前世の私の唯一の趣味だった。
けれど教会では光の女神様とやらの経典しか読ませてもらえなかった。
十二歳になると、街のパン屋に奉公に出された。
ようやく本が読めるぞーと思ったけれど、本を買えるほどの給金をもらえるはずもなく。
仕方がないので、自給自足するしかないと、夜な夜な時間を使って、話を書いた。
前世で好んでWEBに書いていた、いわゆるテンプレの婚約破棄ものだ。
書いたら誰かに読んでほしくなるのが、物書きというものである。
女将さんに見せてみたら、めちゃくちゃウケた。
女将さんが常連客にも読ませたところ、そこからどんどん話が広まった。
ちょうど印刷技術が改良されて、安い読み物がどんどん出回るようになった時期だった。
私が書いた話の評判が出版社にまで伝わり、出版社の人がお店に来て、作家デビュー。
あれよあれよという間に、今に至るのだ。
とりあえず、前世の夢だった書籍化は叶ったんだけどね。
……しかし、人生はそんなにうまくいかないものである。
私はこの後、投獄されることになるのだった。




