13.魔女は男にもなれるらしい
「“自分から婚約破棄を言いたい”なんて、そんなケースもあるんですね……」
私はフィリアの箒の後部座席(?)に乗って、フィリアにしがみつきながら、呟いた。
……いろいろな人がいるんだなぁ。
「――ユリウスって人は、船に乗ったんですか?」
「ええ。――ユリウスは勉強ができるみたいだから、記録係で採用してもらえたみたいよ」
頷いたフィリアに、私は聞いた。
「――今も、生きてます?」
病弱なのに船乗りになるなんて、自殺同然だ。
大丈夫なのだろうか。
「お守りの持ち主が死んだら、何かしらわかると思うから。今のところ、死んではいないと思うわ」
フィリアは少し微笑んだ。
それから私を振り向いた。
「話してたら、随分遠くまで来たわね」
「……今回の話は、長かったですもんね」
思わず呟いて、周りを見回した。
私が燃やされそうになったランス王国の王都を出てから、フィリアは飛びながらずっと話し続けていた。話が一段落した今、箒の下には夕暮れの森が広がっている。
「……そうね、婚約破棄の中でも、いろいろあった方ね」
フィリアは感慨深そうに呟いた。
沈黙が流れる。
森の中の巣へ帰るらしい烏たちが横切っていった。
私は急に、疲れと空腹を感じた。
――思えば、数週間牢に入れられていて、まともな食事もしていない。
フィリアの話を聞いていたときは、話に耳を傾けていたから、そちらに意識が向かなかったけれど――
「ううう、お腹、減って、疲れた――」
私は呻いた。身体がどんどん冷えていくのがわかる。
――だって、ずっとしがみついているフィリアの背中はなんだかひんやりしているし――
急に視界が暗くなった。
フィリアにしがみついていた腕から、力が抜ける。
あ、と思ったときには、身体が箒から滑り落ちていた。
――落ちる――
「きゃあああ、アニー!」
上からフィリアが悲鳴を上げながら、私の方へ箒で突進してくるのを見たのを最後に、私は意識を失った。
◇◇◇
身体が杭に縛り付けられて動けない。
赤い火が私に迫る。
――なんだ、魔女が私を助けにきたのなんて夢で、私はやっぱり燃やされるんだ……。
「……来世は、もっと平和な世界がいい……」
呟いて、はっと目を開ける。
私は燃やされてなかった。
けど、身体を何かに縛りつけられていて、身動きができない。
それに、身体が浮いている。
身体を反らすと、後ろに箒のしっぽが見えた。
――私は箒の長い柄に沿って寝かされ、落ちないように身体を固定されていた。
座りやすいよう平らになった柄の上に、横たわっているのだ。
箒は地面から少し浮いたまま、森の道をゆっくり進んでいる。
さながら移動式のベッドだ。縛られて固定されてるけど。
――あれ? フィリアは?
そう思って首を動かすと、箒のすぐ横を誰かが歩いているのが見えた。
「あ、アニー、目が覚めた?」
不意に声がして、身体が強張る。
――それは、低い、男性の声だった。
箒の横を歩いていた男が足を止め、私の顔を覗き込んだ。
黒髪に青い瞳。端正な顔立ちの男が、私を心配そうに見つめている。
ど、どなた……?
口をぱくぱくする私を見て、男は安心したように微笑んだ。
「……よかったわ。気づかなくてごめんなさいね。疲れてたのね」
男は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ずっと牢にいたんだものね。あたし、話すのに夢中で、ごめんなさいね」
「あたし」の一人称に聞き覚えがある。
それにこの綺麗な宝石のような青い瞳は――
「フィ、フィリア……?」
問いかけると、男は腰に手を当て、眉間に皺を寄せた。
「そうよ」
「ええと? 見た目が変わりましたね?」
困惑する私の呟きに、フィリアは一瞬止まって、自分の姿を見た。
黒いドレス姿だったのに、今は、街の男性が着ているようなシャツとズボン姿だ。
「あ! そうね! びっくりしちゃうわよね」
低い声で、フィリアは口元に手をやった。
背の高い端正な男性の体でその仕草をすると、随分と可愛らしく見える。
「――ほら、あなたを休ませた方がいいかなと思って。近くに町があるみたいだから、そこへ向かってるの」
フィリアはふわふわ浮いている箒を指さした。
「あなたを箒に寝かせると、あたしが乗る場所がなくなっちゃうし。だから、あたしは歩いて、あなたは箒で運ぶことにしたの。……もちろん姿は魔法で見えなくしているわよ」
「……なるほど」
「でも、ほら。女二人だと、ちょっと目立つじゃない。男の姿の方が、やりやすいから」
「――変身できるんですね」
そういえば、ユリウスの婚約破棄の話でも、酒場の娘の姿になっていたっけ。
「そうそう。見た目はいろいろ変えられるの。どお? 結構、ハンサムでしょう?」
フィリアは「うふふ」と笑って、キメ顔をして見せた。
うん……確かに、イケメンだ。
女性のように整った顔立ちで、どこか少年らしさの残る青年という感じ。
背は高く、シュッとしている。
「――顔だけじゃなくて、身体全体が変わってるの?」
ふと聞くと、フィリアは一瞬黙ってから、にっと笑った。
「そうよ。見たい?」
「――いえ、結構です」
私は首を振った。「見たい」って言ったら本当に脱ぎそうで怖い。
箒に縛られて横になったまま、私は首だけ上げてフィリアに聞いた。
「ええと、元の姿は、魔女の姿……でいいの?」
「ええ。あの姿が一番、しっくりくるから、いつもはあの姿なんだけどね」
「……しっくりくるから?」
気になる言い方だ。
となると、元の姿というのとも違う気がする。
「まあ、ほら。あたし、人間じゃないから。……男とか女とか、そういうのが基本的に違うのよ」
フィリアはそう言って、困った顔をした。
「――でも、男性の姿でその口調だと、ちょっと目立たない?」
私は聞いた。
なんだか長く話しているせいか、親しげな口調になってしまう。
フィリアは少し立ち止まって咳払いをすると、私を見て、得意げに笑った。
――なんだろ。
咳払いをしたフィリアは、私に向かって言った。
「街に出たらちゃんとするよ。こう見えて、俺は演技派なんだぜ」
私は思わず笑ってしまった。
「“だぜ”って……」
「なによ。カッコいいでしょ」
「――うーん? まあいいや……」
私は箒に頭を落とした。頭だけ持ち上げていると首が疲れる。
フィリアは私に話しかけた。
「男の姿で、婚約破棄を言わせたこともあるの。街までもう少しあるから、その話を聞く?」
私はちょっと黙った。
「……聞きたいけど、その前に何か食べたい……」
「もうすぐ街よ。着いたらすぐに何か食べましょう。それまで、あたしの話でも聞いていて」
「――さっきは長めだったよね、話……」
「今度は短めよ」
フィリアは「ふふふ」と笑った。




