↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で婚約破棄小説をヒットさせたら、火刑にされかけました ~私を救った魔女が語る10の願い。どうやら私の小説が誰かの運命を変えていたようです~  作者: 夏灯みかん
【第二章】Case3,Case4

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/14

12.(Case3)侯爵家長男は婚約破棄を告げたい(5)(sideフィリア)

 その日のうちに、ユリウスはランゼル侯爵家を出た。

 必要な荷物をてきぱきまとめると、鞄を肩に下げて家を出て、街の安宿に一晩泊まった。――そして翌日、河を下る船が出る船着き場へ向かった。


 あたしも酒場の『リア』の姿のまま、彼を見送りに来た。

 この街を流れる大きな河を下っていけば、海へ出る。

 そこにある大きな港からなら、もっと大きな船に乗り換えて、外国へだって行ける。

 ユリウスはまず、その港まで行く船に乗ることにしたのだ。


「荷物、それだけ?」

「ああ」


 ユリウスが肩から提げた鞄を軽く叩く。


「着替えと薬と、少しの金。それから――」


 鞄の中を探って、一本の瓶を取り出した。


「これ。君への《対価》だ」


 深い赤色の葡萄酒が入った瓶だった。


「約束しただろう。うちの領地の葡萄酒」


 最初にユリウスと契約した夜のことを思い出した。

 あたしが対価に珍しいお菓子やお茶が欲しいと言ったら、ユリウスが「葡萄酒は飲むか?」と聞いたのだ。


「ありがとう!」


「契約だからね。甘いのがいいと言っていたから、甘口を選んだよ」


 ユリウスが笑った。

 あたしは船着き場の時計を見た。

 船が出るまでもう少しある。


「お酒、飲んでいいかしら」


「今、飲むのか?」


「ええ。もらったらすぐ飲みたい方で」


「――そうか。じゃあ、どうぞ」


 あたしは魔法で栓を抜いた。


「そのまま飲むのか?」


「だってグラスがないから」


 ちょっと驚いているユリウスに向かって苦笑すると、そのまま瓶に口をつけた。

 ごくりと飲むと、甘い味が口の中に広がった。


「甘くて、おいしいわ」


 そう言うと、ユリウスは笑った。


「――そうか。よかった。――じゃあ、俺は行くよ。世話になったな」


 あたしは魔法で瓶に栓をし直すと、立ち上がった。


「ねえ。あたしも港まで行くわ」


「見送りはここまでじゃないのか?」


「気が変わったの」


 あたしは当然のように船へ向かう。

 ユリウスは頭を掻くと、あたしの後を追ってきた。

 やがて船が河岸を離れた。

 ゆっくりと街が遠ざかっていく。

 朝の光を受けた水面がきらきらと輝き、河沿いに並ぶ家々が少しずつ小さくなっていく。

 ユリウスは船縁に立って、ずっとそれを眺めていた。


「寂しい?」


 隣に座って聞いてみる。


「……どうだろう」


 ユリウスは少し考えた。


「まだ、よくわからないな」


「そう」


「ただ――」


 ユリウスが遠ざかっていく街を見る。


「本当に出てきたんだな、とは思う」

 

 生まれてからずっと暮らしてきた家も、侯爵家の跡取りという立場も、婚約者も。

 ユリウスは全部、あの街に置いてきた。

 あたしは何も言わず、その横顔を見た。

 

 ユリウスはアデーレとの婚約を破棄した。

 あたしは、その手伝いをした。

 そして今、対価の葡萄酒も確かに受け取った。

 ――これで契約はおしまい。


 そう思ったら、なんだか少し変な気分だった。

 河を下る船は、どんどん街から離れていく。

 やがて家々は見えなくなり、代わりに河幅が広がっていった。

 風の匂いも少しずつ変わっていく。


「この先が海か」


 ユリウスが船の進む先を見つめた。


「まだ先よ」


「楽しみだな」


 青い瞳が輝いている。

 鯨は本当にいるのか、海の水は全部塩辛いのかと聞いてきたときと同じ顔だった。

 ――やっぱり。

 この人は、死にたい人の顔なんかしていない。


 ◇◇◇


 港へ着いたのは、昼を少し過ぎたころだった。

 街の河岸とは比べものにならないほど大きな船が、何隻も停泊している。

 荷物を積み込む人夫。出航の準備をする船乗り。魚を売る女たち。大きな声で客を呼ぶ商人。


「すごいな」


 船を降りたユリウスが立ち止まった。


「こんなに大きな船を見るのは初めてだ」


「乗るんでしょう?」


「ああ」


 ユリウスは眩しそうに目を細めた。

 そして、少し離れた掲示板を指さす。

 紙が何枚も貼りつけられている。

 その中に、大きな文字で書かれた一枚があった。


『船員募集 ※身分問いません』


「昨日話していただろう。今はどこも人手が足りないらしい。貴族だろうが平民だろうが、働けるなら雇うってさ」


「……あなた、働けるの?」


「そこはこれから相談する」


「船員って、荷物を運んだり、帆を張ったりするのよ?」


「知ってる」


「嵐になったら夜中でも働くのよ?」


「それも知ってる」


「食事だって大したものは出ないし、何か月も陸に戻れないこともあるし、病気になってもすぐお医者さんに診てもらえないわよ」


「ずいぶん詳しいな」


「長く生きてるもの」


 あたしはユリウスを上から下まで見た。

 昨日よりは顔色がいいけれど、細い。

 こんな身体で船に乗って、健康な男たちと同じように働けるとは思えない。


「……死ぬと思うわよ、その身体じゃ」


 はっきり言うと、ユリウスは停泊している船を見た。


「それはそれで構わないよ」

 

 やっぱり――投げやりだ。


「最期くらい、好きなことをして死にたい」


「…………」


 あたしは黙った。

 昨日も聞いた言葉。

 でも、やっぱり気に入らない。


「嫌よ」


「え?」


「それじゃあ、嫌」


 ユリウスが目を丸くした。


「だって、あたし、あなたの婚約破棄を成功させたのよ?」


 あたしはユリウスを睨んだ。


「なのに、その直後に船に乗って死なれたら、後味が悪いじゃない」


「それは……申し訳ない」


「謝られても困るわ」


 この人の最初の願いは、アデーレとの婚約を破棄すること。

 それは叶えた。

 さっき葡萄酒も受け取った。

 だから、契約はもう終わっている。

 本当ならここでさよなら。

 あとはユリウスがどう生きようが、あたしには関係ない。

 ――関係ないはずなんだけど。


「ちょっと待ってて」


 あたしは近くの店をいくつか覗いて回った。

 糸や布を扱っている店を見つけて、丈夫そうな糸を何色か買う。

 ユリウスのところに戻ると、木箱に腰掛けて、糸を束ねた。


「何をしてるんだ?」


「お守りを作るの」


「君が?」


「何よ、その顔」


「いや。魔女のお守りというから、もっとこう……魔法陣とか、宝石とか、怪しげな骨とかを使うのかと思って」


「骨なんか持ち歩きたくないわよ」


 何本かの糸を束ね、編んでいく。

 こういう細かい作業は、別に得意じゃない。

 でも昔、師匠に教えてもらったことがあった。

 旅に出る人間に渡す、簡単な組紐。

 師匠は、これを誰に渡したんだったか。

 もうずいぶん昔のことで、思い出せない。

 編み終わった紐を手のひらに載せる。


「手、出して」


 ユリウスが素直に手を差し出した。

 その手首に組紐を巻きつける。


「これは運気が上がるお守りよ。危ないときに、ちょっとだけあなたを助けてくれるわ」


「そんなものまで作れるのか」


「あたしを何だと思ってるの?」


 あたしはユリウスの手首を掴んだまま、その青い瞳を見つめた。


「ユリウス。あなたの『船乗りになって、世界を見たい』という願いと契約してあげるわ」


「……契約?」


「そう」


 人間の願いと、対価。

 その二つがあれば、あたしはいろいろな魔法を使える。


「でも、契約はここまでじゃないのか?」


「婚約破棄の契約はね。これは別契約で」


「対価は?」


 あたしは考えた。

 

「どこかで珍しい甘いものを見つけて」


「甘いもの?」


「そう。あたしが食べたことのないようなもの。外国のお菓子でもいいし、果物でもいいわ」


「それだけ?」


 ユリウスは瞬いて頷いた。


「いいよ。何か持って帰ってくるよ」


 ユリウスの手首に巻いた組紐が、ほんの一瞬だけ淡く光った。

 あたしは笑った。


「《契約》成立ね。無事に帰ってきてよ」


 ユリウスが黙った。

 あたしは胸を張った。


「……魔女との契約を踏み倒すなんて許さないわよ」


 ユリウスはしばらくぽかんとしてから、笑い声をあげた。

 しばらく笑ってから、手首の組紐を大切そうに撫でた。


「それじゃあ、死ぬわけにはいかないな」


「そうよ」


「困ったな。さっきまで、死んでも構わないと思っていたのに」


「考え直しなさい」


「善処するよ」


「善処じゃ駄目。契約なんだから」


「厳しい魔女だ」


「当然よ」


 ユリウスは笑って、それから手を差し出した。

 あたしはその手を握る。


「――そうだね。ありがとう、フィリア」


「ええ」


「珍しい甘いものを見つけて、必ず帰ってくるよ」


「楽しみにしてる」


 握った手を離した。

 ちょうどその時、港の方から鐘の音が響いた。

 船員を募集している船の前に、人が集まり始めている。


「じゃあ、行くよ」


「いってらっしゃい」


 ユリウスは数歩歩いて、それから振り返った。


「フィリア!」


「何?」


「もし俺が海の向こうで、婚約破棄したい人を見つけたら、紹介していいか?」


「言葉が通じる人にして!」


「わかった!」


 笑いながら手を振って、ユリウスは人混みの中へ入っていった。

 細くて、青白くて、船乗りになるには、どう考えても頼りない背中だった。

 でも、寝台の上に横たわっていたときより、ずっと生きている人間らしく見えた。

 あたしは手を振り返した。

 婚約破棄は成功。

 依頼人は家を追い出され、跡取りの地位も婚約者も失った。

 今までの二件みたいな、わかりやすい大成功とは全然違う。

 それでも。

 遠ざかっていくユリウスの背中を見ながら、今度は少しだけ、「これでよかった」と思えた。


 ――さて。


 いつかあの人が持って帰ってくる、珍しい甘いものを楽しみにしておこう。

 契約は、きちんと守ってもらわなくちゃいけないものね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。