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異世界で婚約破棄小説をヒットさせたら、火刑にされかけました ~私を救った魔女が語る10の願い。どうやら私の小説が誰かの運命を変えていたようです~  作者: 夏灯みかん
【第二章】Case3,Case4

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11/14

11.(Case3)侯爵家長男は婚約破棄を告げたい(4)(sideフィリア)

 その日の昼前――案の定、ユリウスは父親であるランゼル侯爵に呼び出された。

 あたしも応援のため、姿を消して屋敷へ忍び込んだ。

 応接室では、入り口近くにユリウスが緊張した面持ちで立っている。

 向かい合うように、奥に父親のランゼル侯爵。それから、アデーレとエドガーもいた。

 

 「見てるわよ」と知らせるため、ユリウスの強張った肩をぽんと叩く。

 ユリウスははっとしたようにあたしの方を見て、少し口元を緩めた。

 

「何をへらへらしているんだ! ユリウス!」

 

 それを見たランゼル侯爵が扉の外まで響くような声で怒鳴った。

 あたしは壁際に寄り、肩をすくめた。

 ランゼル侯爵は頭を押さえ、息子を見た。


「ここ数日、毎晩のように街へ出て、酒場の女のところへ通っているそうだな。昨夜など、女の部屋から朝になって出てきたと報告を受けているぞ!」


「父上、落ち着いてください」


 弟のエドガーがなだめようとする。

 ユリウスによく似た顔立ちだけれど、彼より体格がよく、顔色もいい。


「お前は黙っていろ!」

 

 侯爵は机を叩いた。


「ユリウス! その酒場の女に本気なのか!」


 ユリウスは一度、アデーレを見た。

 アデーレは青ざめた顔で、両手を握りしめている。

 その隣で、エドガーも心配そうに兄を見ていた。


 ――さあ。ここからよ。


「……はい」


 ユリウスは答えた。


「本気ですよ。『酒場の女』なんて下品な呼び方はやめてください、父上。彼女の名前は”リア”といいます」


 ユリウスは父親を見据えた。


「俺はリアを愛しています」


 昨日まで棒読みだったのに、感情を込めて言うじゃない。

 ……ちょっと、どきっとしてしまったわ。


「馬鹿なことを!」


 ランゼル侯爵はバン! と机をたたいた。


「馬鹿でも構いません。俺はもう、アデーレと結婚するつもりはありません」


「ユリウス様……?」


 アデーレが震える声で名前を呼んだ。

 ユリウスは彼女へ向き直る。


「アデーレ。君は昔から真面目すぎるんだ」


 ほんの少しだけ、声が震えた。


「礼儀作法だの、侯爵家の妻としての務めだの、領地経営だの。そんな堅苦しい話ばかりで、君といると息が詰まる」


「兄上!」


 エドガーが立ち上がった。

 ユリウスはそちらを見なかった。


「俺はもっと自由に生きたい。リアといる方が楽しいんだ。だから――」


 一度、息を吸う。


「アデーレ。君との婚約を破棄したい」


 部屋が静まり返った。

 あたしは壁際で、ユリウスを見つめた。

 アデーレの瞳に涙が浮かんでいる。

 エドガーは拳を握りしめていた。


「……本気で、仰っているのですか」


「ああ」


「私が、堅苦しいから?」


「そうだ」


「……そうですか」


 アデーレは唇を噛んで、うつむいた。

 ユリウスの指先が、わずかに震えた。

 あたしは姿を消したまま壁際から離れると、そっとその手を取った。

 彼は少し顔をこちらに向けると、息を吐いた。


「この――愚か者が!」


 侯爵の怒声が響いた。


「お前の身体が弱いからと、どれだけ皆がお前を支えてきたと思っている! アデーレ嬢も、エドガーも! それを、よりにもよって酒場の女に入れあげて、婚約を破棄するだと!」


「その通りです」


「開き直るんじゃない!」


「父上!」


 エドガーが割って入った。


「兄上は、まだ体調が――」


「庇うな、エドガー!」


 侯爵は息子を怒鳴りつけると、再びユリウスを睨んだ。


「そんなにその女がいいのなら、好きにしろ!」


 ユリウスは黙って父親を見る。


「ランゼル侯爵家の跡取りとしての責任も、アデーレ嬢との婚約も捨てるというのなら――お前など、この家の人間ではない!」


 ――ユリウスの望んだとおりの発言ね。


「出ていけ!」


 侯爵が扉を指さした。


「父上!」


 エドガーが声を上げる。


「お待ちください! 兄上を追い出すなんて――」


「エドガー様のおっしゃるとおりです!」


 アデーレも顔を上げた。


「ユリウス様は、そんな――」


「いや、俺は出ていく」


 ユリウスが静かに言った。

 二人を見る。

 さっきまでの軽薄そうな表情が、ほんの一瞬だけ消えた。


「俺が決めたことだから」


「兄上……」


「エドガー、アデーレ。今まで世話になったな」


 アデーレの目から、ぽろりと涙が落ちた。

 ユリウスはそれ以上何も言わず、二人に背を向けた。

 そして、父親に向かって無言で一礼した。



 ユリウスは部屋を出る。

 あたしもその後を追った。

 廊下を歩くユリウスの背中は、思っていたよりずっと真っ直ぐだった。

 

 ――計画は、成功。

 婚約破棄は認められた。

 家からも追い出された。

 

 これで、エドガーが次の侯爵になるだろう。

 アデーレだって、もうユリウスの妻になる必要はない。

 全部、ユリウスが望んだとおり。

 

 ――けれど。

 

 あたしはどうしてか、今までみたいに「大成功!」という気分にはなれなかった。

 《契約》した望みは叶えたけれど。

 これで終わりじゃ、ちょっと嫌だわ。


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