14.(Case4)賭博好きの商会跡取りに婚約破棄を言わせたい(1)(sideフィリア)
『……私も婚約破棄されたい』
ユリウスの話のときにも言ったかもしれないけれど、あたしは『婚約破棄された公爵令嬢の涙をぬぐうのは、隣国の氷の王子』の本に魔法をかけて回っていた。
本を開いた人が悩み事を呟いたら、あたしにわかるようにしていたのだ。
呟きの主がいたのは、ダレス王国の王都近くにある侯爵邸の二階だった。
窓から部屋の中を覗き込むと、寝台の上で一冊の本を読んでいる令嬢がいた。
あたしは窓の外に箒で浮いたまま、ため息をつく彼女に話しかけた。
「じゃあ、婚約破棄してもらえばいいじゃない」
「きゃあっ!」
令嬢が飛び上がった。
あたしと目が合うと、大きく目を見開いた。
「だ、誰ですか!?」
「あたしはフィリアよ。魔女なの」
「魔女!?」
令嬢は本を抱えて、後ずさった。
「怪しい者じゃないわよ」
「窓の外に箒で浮いている方が言っても、説得力がありません!」
――もっともだわ。
あたしは少し考えてから、手を叩いた。
「……ソフィアって知ってる? ソフィア・モンテスト男爵令嬢」
「……ソフィア様?」
「レイモンドとかいう男に、みんなの前で婚約破棄を告げられた令嬢」
「もちろん存じています。社交界では大変な噂になりましたから」
「あれ――言わせたの、あたしなのよ」
「えっ」
令嬢が固まった。
それから、警戒していた目が急に輝いた。
「ほ、本当ですか!?」
◇
令嬢の名前は、リリアナ。
侯爵家の令嬢で、婚約者はフリードリヒという有力な商家の跡継ぎ息子らしい。
「フリードリヒ様は……悪い方ではないんです」
あたしを部屋に招き入れたリリアナは、向かいの椅子に腰掛けてため息をついた。
「浮気をしているわけでも、私に暴力を振るうわけでもありません」
「じゃあ、何が嫌なの?」
「賭博です」
リリアナの眉間に皺が寄った。
「とにかく賭博がお好きで。夜になるとご友人たちと賭場へ出かけて、お酒を飲んで、朝まで遊んでいることもあるそうです」
「借金は?」
「……今のところはありません」
リリアナは声を落として、付け加えた。
「ですが、かなりのお金を使っています」
「結婚したらやめるんじゃない?」
あたしが聞くと、リリアナは首を横に振った。
「本人に聞きました。『結婚したら、少しは控えていただけますか』と。そうしたら『俺には付き合いというものがある。結婚したくらいで遊びをやめるつもりはない』と」
「あら」
――それは嫌よね。
「父は『結婚すれば落ち着くだろう』と言います。フリードリヒ様は街の一大商会の御子息ですし、浮気も暴力もない。賭博くらい、趣味として許してやれ、と」
リリアナは膝の上に置いた本を、ぎゅっと握った。
「でも――」
顔を上げる。
「私は、あの方が落ち着くのを待つために結婚したくありません」
なるほど。
あたしは頬に指を当てた。
「じゃあ、あなたから婚約をやめればいいんじゃない? 相手は商人でしょう?」
「それができればいいのですが……」
リリアナは困ったように眉を下げた。
「我が家は借金もありまして……、商会ともめるわけにはいかないのです」
侯爵家の令嬢であるリリアナの方から婚約を解消すれば、『やはり貴族の娘は、夫の遊びにも寛容になれない気難しい女だ』と言われる。それに、家同士で決めた婚約だ。父親も簡単には認めてくれないらしい。
「だから……」
リリアナはあたしをまっすぐ見た。
「フリードリヒ様の方から、婚約破棄を宣言してもらえるようにできませんか?」
あたしはすぐに頷いた。
「いいわよ」
「えっ」
「今回のは簡単そうだもの」
あたしが答えると、リリアナは目をぱちぱちさせた。
「……そんなに簡単なのでしょうか」
「本人は結婚するより遊ぶ方が好きなんでしょう? だったら、その気持ちを口にしてもらえばいいだけじゃない」
問題は対価ね。
部屋を見回したところで、机の上に焼き菓子が置かれているのを見つけた。
一つ摘まんで口に入れる。
ふわっと甘い香りが広がったあと、少し遅れて洋酒の芳醇な香りが鼻に抜ける。
「これ、おいしい!」
「我が家の料理人が作っている焼き菓子です。洋酒に漬けた果実を混ぜているんですよ」
「じゃあ、これ」
「はい?」
「成功したら、このお菓子を一箱ちょうだい」
リリアナがぽかんとする。
「……それだけでよろしいんですか?」
「それがいいの」
あたしはにっこり笑った。
――これで契約成立ね。




