C22H22O11
友人ができた。
彼女、望槻八尋は植物が好きな生徒のようだった。
放課後によく、植物の手入れを手伝うような、そんな関係。
不思議なことに、彼女を見たことのある生徒は多いのに、名前まで知っている人はいなかった。
そのことを彼女に聞いてみると。
「私は他の人たちとは違いますから…」
なんて、不思議なコトを言う。
「ここまでしてくれるのは、あなたくらいですよ」
とも。
不思議な話だなぁ…なんて思いながら。
僕は今日も、植物たちに会いに行く。
――――――――――
いつものように土いじりをしていると、後ろに気配がした。
「こんにちは、望槻さん」
声の方へ振り返ると、穏やかな笑顔で彼が立っていた。手にはシャベルと小さなバケツを持って。
「こんにちは。部活動はもう終わりましたか?」
「うん…?テスト期間だから部活はないよ。って、望槻さんも一緒でしょう?」
なんて言葉を交わしながら。雑草を抜いて、水をやる。人気のない花壇に、遠くから談笑でもしていそうな生徒の声が聞こえてくる。しばらく休ませていた土を掘り、新しい植物を植え替えていく。
「そういえば、ここの花壇。全部望槻さんが植えたんだったよね。」
土をいじる手は止めずに、彼はそんなことを聞いてきた。
「はい。…そうですね」
「ふぅん…でも、他の人はいないんだね」
確かに普通の生徒なら、こんな物好きに付き合うことなんて…ない。
「植物を愛してくれる人なんて…この学校にはあまりいませんから。…それに今は、あなたがいてくれますから…」
「えっ、あ…。それはなんというか…ありがとう?」
少し戸惑った声で、彼は頬を掻いていた。
あ、でも…。
「そういえば…ひとりだけ。あなたのように手伝ってくれた男子生徒がいました…」
彼の名前はなんだったのだろう…。
「たしか…華道部の…」
「え?う〜ん…華道部に男子生徒はいなかったと思うけど…?」
…しまった。
「あ、えと…。勘違いだったかもしれません…」
なんとか誤魔化して。…でも。
「…あなたに雰囲気が似ていた…ような気もします」
すると、少し驚いたような表情で
「僕と?うーん…?」
思案顔の彼に、私は少し笑ってしまう。
「ふふ。…あなたがそう思っているように、彼もまた植物を愛していましたよ」
「ふぅん…?そうかぁ…そんな人いたかなぁ…?」
そんな話をしながら、植え替え終えた私たちは手を洗う。
「じゃあ、また明日ね。望槻さん」
と、鞄を持った彼は私に微笑む。
「はい。…また、明日。ありがとうございます…」
と、私も軽く会釈する。
手を振りながら去ろうとする彼は、不意に足を止めて振り返った。
「あ、ねぇ。望槻さん」
「え…あ、は、はいっ」
少し驚いて、声が上ずった。
「この欅の木ってさ…」
と、少し愛おしそうに幹を撫で、見上げた彼は。
「僕らのこと、見守ってくれてるのかなぁ」
そう言われて戸惑って、目が泳いでしまう。
「ど…どうでしょう…ね…?」
そう答えると、彼は私を見て
「そうだったら嬉しいなぁ…。神様が宿る、なんて言うしね」
なんて笑ってみせた。…?
「か、神様…ですか…?」
「うん、神様。八百万って言うんだっけ…。そんな神様がいたら、どんなことを思うんだろうねって、思うんだ」
…どうやらただの雑談だったらしい。
「そういう話もありますね…。あなたの言う神様が、もしいたとしたら…」
少しだけ言い淀む。
「したら…?」
と、近付いて来る彼。
「きっと…『植物を愛してくれて、ありがとう』…って…言ってくれると、思い…ます…」
そう答えると、彼はまた笑う。
「ふふっ。そうだといいなぁ…」
風が吹いて、彼の少し甘い香りが鼻をくすぐった。
「…っと、急にごめんね。こんな話」
「い、いえ…。大丈夫、です」
…不思議な子だ。まるで神様を見たことがあるかのような。
「じゃあ、改めてまた明日。望槻さん」
と、彼は手を振りながら帰っていった。
「さようなら…」
と、私もぎこちなく手を振る。
夕暮れの空に、甘い花の香りが残った。
「……あっ」
この香り…夾竹桃だ…。
彼の姿はもうない。…明日聞いてみよう、かな。
…いや、やめておこう。あんな危険な花のことなんて。
もしそうだったとしても、私は…いや。
「我々は、ずっと…見守っていますよ」
そよぐ風に声をほどく。そう、植物を愛してくれているあなたを。
「あなたを見守っていますからね。…祠堂夾優くん」
日が沈み切る直前の空が私を照らして、葉は血の色のように…真っ赤に燃えるようだった。




