C32H48O9
ある冬の日。
あの娘の呪いが解けたあの日から数年。
我は今・・・。
「……………」
幼子と見つめ合い、微動だにできずにいた。
――――――――――
あの日。
小珀は、柊優なる人間と電話をしていた。
曰く、『私の彼』と。恋人という奴じゃな。
病で幾許もない我を救うべく手を伸ばした小珀は、その彼、柊優に助けを求めた。
数日の内に何人かの人間を連れ、あーでもないこーでもないと喋っておったわ。
無論、我は夾竹桃の付喪神じゃからな。小珀以外、普通の人間には見えんし話せんかった。
しばらく後、我の枝はいくつかの鉢に挿し木された。中々馴染まず、生き残れたのは二鉢だけ。
いやはやしかし、我ながら上々と言ったところかの。頑張ったのじゃ!
…朽ちるだけだった未来がこうしてまた紡げたのは、小珀と、その彼のお陰じゃな。
結婚したふたりは子をもうけ、そして今。
我は三人の住まう家の軒下で、穏やかに暮らしておる。
毎日様子を見に、話に来る小珀も、幸せそうに笑っておる。実に良いこと、なのじゃ。
なのじゃが…。
「さ…寒いのじゃ…」
そうなのじゃ。寒いのじゃ。そりゃぁ冬だもん。寒いのじゃ。日が落ちてくるとなおさら寒いのじゃ。
「いつもなら小珀が入れてくれるんじゃがのう…。買い物にでも行っておるのかのぅ…」
窓ガラスから中を見やる。灯りは点いておるな…。軽く叩いてみた。…反応はないのぅ…。
少しばかり心細くなってきたのじゃ…。うぬぅ…。
「さーむいーのじゃー。こごえそーなーのじゃー…」
誰に届くこともない声を出してみる。柊優には見えも聞こえもせん。しかし『植物を愛している』と言っておったからな…。ふむ…。
時に窓をリズミカルに叩きながら。暇を持て余した我は唄う。
「さーむいーのじゃー。さーむいーのじゃー。こごえるのじゃー………」
…飽きたのじゃ。段差に腰をかけ、空を見上げる。
昼の空も良いが、この夕の空もまた良いものじゃな。
…などと言っておる場合ではない…!寒いのじゃ…!
「小珀ー!こーはーくーよー!中に入れて欲しいのじゃー!…あぇっ」
シャッ…と音を立てて、カーテンが開いた。
「…………………」
幼子…小珀と柊優の子。夾優じゃ。子はじっとこちらを見つめ、我も固まったまま夾優を見つめ…おや?
目が合っておる…?
おそるおそる手を振ってみる。夾優は手を振り替えしてきた。…見えておる…のか…?
と。
「どうしたの夾優。外に何かあるのかな?」
と、男の声が聞こえてきた。窓を開けた柊優は、不思議そうに外を眺める。
「おとーさん、あれ」
と、我に指をさした夾優に。
「おっと…もうこんな時間だった。寒いからしまってあげようね」
と答えた柊優は、そっと鉢を家の中の囲いに入れてくれた。
遅いのじゃ!と文句のひとつも言いたいが、それは今はいいのじゃ。
手を洗いに行ったであろう柊優を横目に
「お前、我が見えておるのか…?」
そう尋ねた我を不思議そうに眺める幼子はこくり、と頷いた。
「おねーさん、だぁれ?」
我の前に座り、興味津々といった様子できいてきた。
「我は夾。この夾竹桃の付喪神じゃ」
少し胸を張るように言ってみた。威厳は大切なのじゃ。
「つく…も…?」
「難しかったかのう。要するに、この木のカミサマ、じゃ」
囲いの中の我を指さす。
「かみさま…かみさま!」
「うむ、カミサマじゃ!」
どうやら分かってもらえたようじゃな。手を叩いてはしゃいでおる。ふふん、おもしろい童じゃな。
「夾優〜?誰かとお話してるのかな?」
戻ってきた柊優に夾優は笑顔で振り返る。
「うん〜。かみさまだって〜」
少し訝しむ様な柊優の表情。当然なのじゃ。
「夾優。きょーや。夾と伝えてみるのじゃ…。きっと分かってくれるのじゃ」
「うん〜…?おとーさん。おねーさん、きょうちゃんだって〜」
ちゃん!?…う、うむ…まぁよい。
「夾!?…本当にそう言っているのかい?」
「えーっとねぇ…。きのかみさま…?っていってた!」
驚いた表情と笑顔の童。と、ちょうどその時。
「ただいま〜」
玄関の方で声がした。小珀じゃな。ふたりが慌ただしく玄関へ向かっていく。…たまにはついて行くかの。
「おかえりぃおかーさんっ」
「おかえり、小珀」
「はいはい、ただいま〜、お父さん。夾優。いい子にしてた?」
抱きつかれた小珀はしゃがみ込んで、夾優の頭を撫ぜていた。
「おかえりなのじゃ、小珀」
我も出迎える。
「夾もただいま。…って、珍しいね。出迎えてくれるなんて」
「そう言うでない。たまにはこういうのも悪くなかろう?」
「ふ。まぁねぇ」
と、言葉を交わす我と小珀に。
「う〜ん…やっぱり僕には見えないんだよなぁ…」
と、やや拗ねたような顔の柊優。
「あ、柊優…ごめんね…?」
いつものように謝る小珀に手を振る柊優。
「そんなことより…」
「ねぇねぇおかーさんっ。ぼくね、きょうちゃんとおはなししたの〜」
と、楽しそうに話す夾優。
「えっ!?…は?」
…そりゃ驚くじゃろうなぁ…。小珀は、夾優と我を交互に見やった後。
「夾…そういうコトね…。あとで説明して貰うわよ…」
と、睨むような顔で我を見据えた。
「あ、あは…あはは…」
我、なんもしとらんのじゃが…。苦笑いで目を逸らすことしかできんかったのじゃ…。
―――――――――――――
「ん、ふぁ…ぁ…」
夢を見ていたようじゃ。…懐かしかったのう。
立ち上がり軽く伸びをして、辺りを眺める。
あんなに小さかった夾優も、あっという間に大きくなって、高校生になったのじゃ。
我もまた、この公園に植えられて。…前ほどまでとは言わぬが、大きくなったのじゃ。
「夕暮れのこの焼けるような空…そよぐ風も心地よいのじゃ」
枝に腰かけ目を細める。うむ、よき日なのじゃ。
そういえばあの時も、こんな陽気じゃった気もするのう。
「夾ちゃ〜ん」
呼ばれる声に目を向けると、夾優が手を振っていた。
「おぉ〜夾優。これから帰りか?」
「うん。お母さんが、『今日は大切な日だから早く帰ってね』って言ってたんだ」
ほう…なにかあるのか…?
「夾も今日は帰っておいでよ。みんなでおいわ…んっん…なんでもなーい!」
「なんじゃー?言いかけたなら皆まで言うのじゃー!」
聞き返す我に、夾優はふふっと笑みをこぼす。
「内緒!家で待ってるね!」
と駆けて行った。なんなのじゃまったく…。
しかしまぁ…。
「帰るのじゃ。我が家へ」
などと、誰に宣言することもなく。
家族の元で咲く、爛漫たる我へ。
この先もずっと、永遠に、そばに居続けてやるのじゃ。




