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CHO←NPK+(F)²

「あぁ…そんな…」

夕暮れの校庭で、悲痛のまじる声をあげた。

「…そんなに悲しそうにしないでください…これも運命なんです…」

そう言う彼女は、寂しそうな顔で僕の手を取った。

「さようなら…」

その姿は、出会った頃のまま。泣きそうな笑顔で、彼女は。


望槻八尋(欅の木)は、いなくなっ(伐採され)てしまった。


――――――――――

いつもの放課後、望槻さんの体調が悪そうに咳をしていた。

「大丈夫…?風邪かな」

なんて僕が声をかけても

「平気…です」

なんて強がるように、土いじりをしている。

でも、さすがに今日は様子が違った。

「けほっ…げほっ…ごほっ…」

「…さすがに大丈夫じゃないよね。少し休もう」

彼女に肩をかして、欅の木の下に寝かせる。

「ほら、お水。飲める…?」

水筒から注いだ水を飲ませると、少し落ち着いたようだった。

「はぁ…ふぅ…。ありがとう…ございます…」

彼女に首を振りながら、僕は聞く。

「どうしてそんなに、無理をしてるの?」

「それ…は…。私が守らなきゃ…だから」

そう言いながらも、どこか虚ろな目で空を見ていた。

「……私…病気なんです」

…。

「ほら…ここ」

そう言って指を指したのは、木の幹。腐っていて、触ったら崩れてしまいそうだった。

「これ…やっぱり…」

そう呟いた僕と、彼女の目が合う。

「やはり…気が付いていたのですね…」

「うん…。なんとなく、だけどね」

彼女はまた空に視線を戻した。

「私…ずっとここにいたのですよ」

「うん…」

「ここで…ずっと見守ってきたんです」

「……」

「でも……もう終わりなんです…」

そう言いながら、彼女の目から雫が流れた。

「来年の今頃には、伐採されてしまうんです…」


「…もう…植物(あの子)たちを守ってあげられないんです」

そう言った彼女は、顔を手で覆ってしまった。

欅の葉が夕焼けを隠して、暗い影を落としていた。


――――――――――

「まったく…お前はほんっっとうに…。あの親にしてこの子あり…といった感じじゃな、夾優よ」

欅の木が伐採されてから約10年。僕は公園で、夾とドーナツを食べていた。

「あはは…。それは…どうもありがとう」

「ふっ、褒めとらんわ。…しかしなぁ」

ふと目を向けると、作業着を着た人物が目に入った。

「うん。…本当にね。皆に助けられたよ」

公園の植物を手入れしているその人は、僕らのそばまでやってきた。

「…すみません。こちら少し…手入れさせてください…」

麦わら帽子を目深に被って、視線が合わない様にそう話す彼女に。


「…久しぶりだね。望槻さん」


僕はそう、声をかけるのだった。


――――――――――

両親のお陰で植物に詳しくなれた僕は、この欅の木の病にも気が付いていた。先生に話をして、両親にも話した。…もちろん夾ちゃんにも。

「はぁ…まったく。誰に似たんだか…」

「はは、確かにどっかで聞いたような話じゃなぁ。なぁ?小珀よ」

「懐かしいなぁ…。小珀が『夾を助けたい』って言った時も、こんな感じだったね」

「あ…もう…。柊優のいじわる…」

なんてことを話していた。

「うん。その状況ならまだ、何とかなると思うよ」

「大丈夫よ、柊優なら。夾だって救えたんだから」

「うむ、お前の父は中々やる奴じゃぞ」

という言葉に、僕まで救われた気がした。

この学校の卒業生だったという縁もあって、父さんの家族の会社に、伐採が依頼されることになっていた。

父さんは穏やかに微笑んで

「大切な木だからね。伐採して終わりだなんてことにはしないさ」

そう言って僕を励ましてくれたっけ。

――――――――――


「え…?あ……」

僕の顔を見た彼女の瞳が揺れる。

「祠堂…くん…?」

そう言いながら伸ばされた手を取った。

「うん、久しぶり。…よかったぁ…もう会えないかと思ってた」

「そう…ですね。私も…。目が覚めたらここにいて…」

見渡す景色は学校じゃない。生まれ変わったような感覚。前とは違う姿。…でも記憶だけは残っていて。

「それで…ここの植物を守らなきゃって…」

「そうだね。僕もここの植物を…望槻さんの欅も、守っていかないと」

はっとした顔で僕を見る望槻さんに。

「だって僕は、植物を愛しているからね」

そう言って、微笑んでみせる。望槻さんの瞳から雫が落ちた。

「あり…がとう…。祠堂くん…」

「はんっ。お主だけの愛ではないぞ。欅の」

と、今まで静かだった夾ちゃんが口を開いた。

「なんと言っても、夾優は、わ(・)・れ(・)・の(・)家族、じゃ。」

ふんっ、と鼻を鳴らす夾ちゃんを睨みつける様に望槻さんは言う。

「嫌味な夾竹桃ですね…!私だって祠堂くんの…!…えと…」

「なんじゃぁ?言うてみぃ?夾優のなんなのじゃ?」

そう煽る夾ちゃん。…仲良くして欲しいなぁ…。

「夾ちゃん。望槻さんはね…」

「夾優くんのおともだちっ…ですっ!」

叫ぶように言い放ったのは、望槻さんだった。

「え…あの、望槻さ…」

「や、八尋ですっ…。き…夾優、くん…っ」

恥ずかしそうに俯いてしまった八尋さんに、今度は僕が手を伸ばす。

「うん、これからもよろしくね。…八尋さん」

顔を上げた彼女は耳まで真っ赤になっていたけれど。

「はい…はいっ!」

その表情は、陽の光のように眩しい笑顔だった。

――――――――――


「夾優〜!」

遠くで僕を呼ぶ声がした。

「父さ〜ん!こっちこっち〜!」

手を挙げると、気が付いた父さんがそばまで来た。

「父さん、今帰り?」

「うん。今日はもうおしまい。…おや?この人は…?」

と、僕と手を取ったままの八尋さんに目を向けた。

「もしかして夾優の…?」

にやにやし始める父さんに、僕らは慌てて手を離した。

「ち、違う違う…違うよ父さん。この人は…」

と、取り繕おうとした僕は

「ん…?あれ、君…どこかで会ってた気が…?確か…」

と言って八尋さんを観察している父さんに出鼻をくじかれたのだった。…八尋さんめちゃくちゃ目泳いでる…。

「望槻八尋さんって言うんだ。高校の時、一緒に植物を手入れしてたんだ」

「ふぅん…?…なら記憶違いかなぁ」

「望槻、です…。えと…夾優くんの、お父さん?」

疑いが晴れたようで、父さんは笑顔になる。

「そう…。僕は柊優。夾優の父親だよ。よろしくね」

「は、はい…」

父さんはそのまま

「邪魔しても悪いし、先に帰ってるね。望槻さんも、また」

「あ、はい…。さようなら…」

手を振りながら去った父さんを見送って

「我もそろそろ帰るのじゃ。あまり遅くならんようにな、夾優よ」

「うん、また後でね。夾ちゃん」

夾ちゃんが消えたあと、八尋さんは大きく息を吐いた。

「…やっぱり会ってたんだね、父さんと」

「あ…。ふふ、はい。手伝ってくれた生徒…というのが彼でした…。そのくらいの縁です」


しばらく話をしていると、もう夕方。日が落ちて空が赤くなっていた。

「今日はそろそろ帰るね。八尋さん」

「えぇ…。会えてよかったです。…夾優くん」

照れたようにはにかみながら、八尋さんは手を振った。

「また明日ね」

「はい…また、明日」


背を向けて公園を出る。

と、

「…夾優くん」

耳元で囁くような声がした。


「我々も…私も、あなたを愛していますよ」


振り返っても、誰もいなかった。門の近くの欅の若木が、夕陽を浴びて輝いているだけ。


軽く伸びをして、帰路につく。

明日も、この先も、ずっと僕は。


愛する植物(神様)たちと、生きていく。

【ICHB…A】

「あらあら?あの子…」

男とすれ違った女は、振り返りながら呟く。

「ふぅん…?夾竹桃と欅かしらぁ?」

セーラー服に振袖を羽織ったその女は、男の背を眺めニヤリと笑う。

「…どうかなさいましたか?」

傍らにいる老婆は、あの男のことは知らないらしい。

「いいえ、なんでもないわ。…数奇なこともあるものね」

私以外の神に愛された(穢らわしい)人間の未来など、まして今は関わりのない未来など、見たくもない。

「行きましょう」

楽しげに笑ってみせて、女は歩く。

「あぁ…どんな未来(呪い)になるか、楽しみだわぁ…」

そんなことを言いそうな表情で、夕闇に消えていった。

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