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不穏

「なあ……オーウェン・コーランって、むかつかないか?」

「確かに……男爵家のくせして、リリアム様に取り入りやがって……」

「なら、次の課外活動で懲らしめてやるのはどうだ?」


 その会話の主達は先日の剣術授業でオーウェンを睨みつけていた奴らである。彼らはオーウェンよりも身分が上であるのにも関わらず、剣術では圧倒的な強さで負けた上に憧れであるリリアムにはオーウェンによって近づく事ができない。鬱憤が溜まるばかりである彼らはオーウェンに対して逆恨みをしていた。


「それまでの間にも嫌がせしようぜ」


 一人の言葉に他の二人も頷いた。自分達よりも身分が下なオーウェンに身の程をわからせてやろうと考えたのだ。


 そんな彼らの話など全く知らないオーウェンは靴箱にゴミが入れられていたのを見て、無表情でそれを片付けた。三日目にもなると慣れたものだった。


「オーウェン君。先に行くなら、声をかけてくださいよ」


 周りに人がいるので、話し方や表情を表向きにして話しかけてきたリリアムにオーウェンは急いで靴箱を閉めた。


「どうかしたんですか?」


「特に何も。先に行ったのは、お前が起きないからだ」


「正論でござる……」


 二人は並んで教室に向かって、歩き始めた。そんな彼らを隠れて見ていた者がいた。


「くそっ……オーウェン・コーラン」

「何でもないと言う顔をしやがって……」


 オーウェンにとっては本当に何でもない事なのだ。靴箱が汚されることなど何ともない。ただ、上履きが汚れた事には腹を立てていた。それに、この事をリリアムに気づかれる事も嫌だった。何故なら、かっこ悪いと思われると感じたからだ。そのため、彼よりも先に学園へと向かった。しかし、オーウェンのそんな考えは虚しく終わった。何故なら、机に落書きが施されていたからだ。


『貧乏』『下級貴族が調子に乗るな』『消えろ』『リリアム様に近づくな』などだ。


「…………オーウェン氏」


 リリアムは静かに彼に話しかけた。


「リリアム・スロインド。これは何かの間違……」


 オーウェンはリリアムに説明しようとしたが、その言葉は最後まで出なかった。何故なら、いつも天使のように微笑んでいるリリアムが真顔だったからだ。表情を全て消し去ったような彼にオーウェンは息を呑んだ。


「いつから? いつから、こんな事をされていた?」


 氷のように冷たく冷ややかな声。そんなリリアムの声を聞いた事がなかったオーウェンは戸惑った。


「おっ、俺は大丈夫だ」


「…………大丈夫なわけがないでしょう。オーウェン・コーラン。いつからだ?」


「…………」


「オーウェン・コーラン」


 有無を言わさない圧を感じたオーウェンはゆっくりと話し始めた。


「そうですか……」


 リリアムは一言だけ呟くと教室から出て行った。オーウェンはいつもと違う彼の様子に戸惑っていた。


「お待たせしました」


 そして、すぐに戻ってきたリリアムの手には掃除道具が握られていた。


「僕も一緒に綺麗にします」


「いや、俺が自分でする」


 オーウェンは掃除道具を受け取るが、リリアムはその言葉に首を横に振った。


「二人でした方が早いでしょう」


 貼り付けたような笑みに優しい話し方なのだが、いつもとは違う違和感をオーウェンは感じた。


 汚れた机を二人で綺麗にしていると、クラスメイト達も集まり、結局は皆で綺麗にした。


「皆さん、ありがとうございます」


 リリアムがクラスメイトに頭を下げた。それに、周りは慌てた様子を見せたが、すぐにお礼を受け取った。そんな彼らにオーウェンもすぐさまお礼を伝える。


「俺からもありがとう。手伝ったくれたおかげで早く綺麗になった」


 周りはそんな彼に励ましの言葉をかけた。「何かあったら言えよ」「相談には乗ります」などだ。


 その様子をリリアムはジッと見ていた。誰がオーウェンにこんな事をしたのか考えていたのだ。


 妬み? その可能性が一番高い気がする。


 真面目な顔で考え込むリリアムをオーウェンは見ていることしかできなかった。


 その日の放課後の事だ。教室の扉の前が騒がしくなった。


「綺麗ー」

「可愛い……」

「素敵だ……」


 そんな言葉がオーウェンの耳に入ってきたが、彼の中での一番は決まっていたので特に気にする事もなく、帰る支度をしていると、声をかけられた。


「こんにちは」


 鈴を転がしたような可愛らしい声が側で聞こえたため、視線をそちらに向けた。だが、その瞬間に言葉を失った。何故なら、オーウェンのよく見知った筈の顔なのに、まるで女性のような姿の彼がいたからだ。


「リリアム……スロインド……?」


「あら? 私は弟じゃないわ」


 可笑しそうに笑う彼女はどう見てもリリアムにそっくりだった。そのため、オーウェンはすぐに隣の席を確認すると、そこにはリリアムの姿はない。もう一度、彼女を確認する。


「だから、私は弟じゃありませんよ」


「弟?」


「ええ。私はヴィヴィアン・スロインドです。リリアムの双子の姉ですよ」


 確かによく見れば、髪色や体格が微妙に違う。それに、仕草もリリアムとは違う。


「少し……お話はできるかしら?」


 その瞳はリリアムにそっくりなのに、有無を言わさない圧があった。


「ここでは話しにくいので……ついて来てくださいますか?」


「わかった」


「ありがとうございます」


 ヴィヴィアンは柔らかな笑みを浮かべた。その姿はリリアムを想像させた。今日の彼の様子はいつもと違っていた。その事を寮へと戻ってから彼と話すつもりでいたが、その前に彼の姉に捕まってしまった。


「リリアム……」


「私の弟についての話ですわ」


 その言葉にオーウェンは無意識に手に力が入った。


 二人が話すためにやって来た場所は空き教室だった。少し前にリリアムと共に閉じ込められた場所だったため、オーウェンの頭にはその事がよぎったが、首を横に振り、意識をヴィヴィアンに戻す。


「それで……話って言うのは……」


「愚弟の事だ。私の愚弟の様子がおかしくてな」


 壁にもたれかかった彼女は先程と雰囲気が全く異なっていた。長い髪を手で上にかきあげて話す彼女にオーウェンは戸惑った。


「ああ……驚かせたかな? 愚弟が君には本音で話していると聞いて、私も本音で話させてもらおうと思ったんだ」


「…………そうか」


「さて……君に聞きたい事がある。愚弟は虐めに合っているのか?」


 真剣な顔をして問いかけて来た彼女にオーウェンは真っ直ぐ見つめ直した。


「合っていない。彼は人に嫌われる人間じゃない。寧ろ、クラスメイト達には好かれている」


「…………そうだな。今の愚弟は好かれているな。じゃあ……その周りの人間、特に愚弟に近しい人間はどうだ?」


 ヴィヴィアンは探るような瞳をオーウェンに向けた。そして、彼は言葉に詰まったのだ。


「ああ。なるほどな……オーウェン君が虐めに合っているのか」


「俺は全く気にしていない」


 それは本当だ。オーウェンは気にしていなかった。


「お前はそうでも……愚弟は気にする」


「何故だ?」


「…………愚弟は……リリアムは昔、虐めに合っていた。大人しい子で優しい弟は人と話すのが苦手だった。だが、そんな彼はある日、皆から無視されている子に声をかけたんだ。「大丈夫? 一緒に遊ぼう」皆には「仲間外れはやめよう」とな」


 昔を思い出しているヴィヴィアンの瞳は伏せていた。


「それで……?」


「虐めの標的は弟に代わった。無視から始まり、物を隠されたり、机に落書きされたり……悪口を言われたり……弟は心を痛めた。そして、心を守るために部屋に引きこもったんだ」


 オーウェンは息を呑んで静かに聞いていた。


「だけど、そんな弟は好きな物に出会って頑張るようになった。少しでも自分を変えようとな。それで、今のリリアムがいる。だけど、昔の自分にオーウェン君を重ねてしまったんだろう」


 ヴィヴィアンが話したのはリリアムの転生前の話だった。転生前のリリアムは中学生の時に虐めに合って部屋に引き篭もったが、とあるアニメのキャラクターの言葉で頑張るようになったのだ。大人になって一目惚れしたゲームのヒロインであるマリーはそのキャラによく似ていたのだ。


「君も……大丈夫だと言うな。例え、大丈夫だと思っていても無意識に心も身体も疲弊しているんだ」


「…………」


「だから、リリアムは……君を守ろうとする筈だ」


「…………はっ?」


「今のリリアムは力があるからな。そして、君を守ろうと無茶をするかもしれない。だから……」


「リリアムを危険には晒させない。俺がさせない」


 その言葉を聞いた彼女は目を見開いた後に笑った。


「そうか。それなら……安心だよ」


 ヴィヴィアンが安堵した瞬間だった。空き教室の扉が勢いよく開いたのだ。


「姉上!!」


 そこには焦った様子のリリアムがいた。


「オーウェン氏を連れて何をするつもりでござるか? BL展開を無理やり作るのは反対でござる!!」


 姉の行いを勘違いしたリリアムに彼女は大きな声で笑った。

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