庭園の惨劇と蚤の市
「さあ、ステラ。驚かないでくれ。君への愛を形にするため、一晩で庭を改装したんだ!」
朝、爽やかな目覚めと共にレオヴィルに抱き上げられ、ベランダに連れて行かれた私は、その瞬間に意識が遠のくのを感じた。
かつてバラが咲き誇り、アランダ様がドッグランにしようと企んでいた美しい噴水広場……。そこには今、黄金に輝く「高さ五メートル」の巨大な石像が鎮座していた。
(……ちょっと待って。何あれ。……招き猫?)
それは、右足を高々と上げ、異世界の住民には馴染みのない「招き猫」のポーズをとった私の像だった。しかし、問題はその「顔」である。
「どうだい? この間の『肉球鑑定』や母の『犬派侵略』に耐え忍ぶ君の、あの深遠な表情を再現してみたんだ!」
再現されていたのは、レオヴィルが「深遠」と称する、私の最大級の変顔だった。
眉間に深い皺が寄り、口元は「解せぬ」と言わんばかりに歪み、目は半開きで虚空を睨みつけている。黄金の輝きと相まって、その破壊力は凄まじい。
(……レオヴィル。あんたの中で、私のデフォルトってこの顔なの!? 尊い姿って言ってたじゃないの!)
それからの数日間、私の日常は一変した。
朝起きて窓を開ければ、朝日に照らされて神々しく輝く「自分の変顔」と目が合う。なぜかモフり聖典教の信者たちが必死に拝み、磨いている。
庭を優雅に散歩しようとすれば、巨大な自分の変顔に見下ろされ、何とも言えない敗北感に襲われる。
さらに最悪なのは、通りかかる信者でない使用人たちが、その像を見るたびに「……ぷっ」と吹き出し、必死に笑いを堪えながら「聖獣様の深遠なお姿に敬礼!」と、震える声で挨拶してくることだ。
(……この像、呪いのアイテムか何かかしら。私の自尊心が、黄金の輝きと共に削られていくわ……)
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変顔像による精神的ダメージを癒やす暇もなく、今度はカトリーナが私の部屋に忍び込んできた。アランダ夫人との犬派戦争で疲労困憊気味なのである。スローライフがいつの間にか、泥沼の紛争にはまってしまっていた。
「ステラ! 今日はわたくしたちだけで『お忍び』に行きますわよ! 兄様とお母様には内緒ですわ!」
カトリーナは、不自然なほどボリュームのある安っぽい茶色のカツラを被り(そこから眩いばかりの金髪がはみ出ている)、庶民を装ったつもりらしいボロボロの(しかし素材は最高級シルクの)ドレスに身を包んでいた。
(……バレバレよ、カトリーナ。それ、隠密じゃなくて『派手な変装』っていうのよ)
私たちは途中で護衛を撒き(実際はセドリックが遠くから見守っている)、下町で開催されている「蚤の市」へと繰り出した。
活気溢れる市場。ガラクタが所狭しと並ぶ光景に、箱入り娘のカトリーナは大興奮だ。私は両脇に腕を入れられる姿で正面に抱えられ、同じく茶色いミニカツラを被らされている。いやいや……絶対目立つ。でもカトリーナはそんな事お構いなしにはしゃいでいる。
「見て、ステラ! あんなに汚くて不気味な木の棒を売っていますわ! 平民が護身用の際に使う秘密の武器かしら!? それとも、魔女の杖?」
カトリーナが指差したのは、ただの「肩叩き棒」だった。
(……カトリーナ、落ち着いて。あれは肩をトントンして血行を良くする、庶民の知恵の結晶よ。武器じゃないわ)
「まあ! こっちには『割れたお皿』が! これをパズルのように組み合わせて、忍耐力を鍛える修行の道具なんですのね!?」
(……ただの不燃ゴミの出し忘れよ。早く次に行きましょう)
興奮のあまり、ガラクタを「未知の魔道具」として解釈し続けるカトリーナ。私は前世の「備品チェック」と「ゴミの分別」で鍛え上げた鋭い目付きで、山積みのゴミ……もとい、商品たちを鑑定していった。
すると、錆びた釘や古びた靴が並ぶ一角に、妙な存在感を放つ「石板の欠片」が落ちているのが見えた。
(……あら? この表面の磨耗具合、そして微かに残るマナの残留。これ、ただの石じゃないわね)
私は社畜時代の「経費削減のための目利き」をフル回転させた。これまでの経験上、こういう「ゴミに紛れた違和感」こそが、本物の利益を生むのだ。
「にゃーん、にゃーん!(カトリーナ、これ。これを買いなさい)」
私は肉球で、その汚れた石板を指し示した。
「まあ! ステラがこれを選んだということは……もしや、古代の聖なる聖獣の預言書!? あるいは、神々の禁書の一部!?」
カトリーナ様が店主に銀貨を投げつけ(相場の百倍である)、その石板を手に入れた。
屋敷に戻ってから、こっそり魔導具鑑定士に調べさせた結果、それはなんと「失われた古代ドワーフの広域浄化魔導具」の設計図の一部であることが判明した。これを所持しているだけで、大変研究材料として、国宝級のお宝だそうだ。
「さすが私のステラ! これで兄様の無駄遣いで赤字続きだった領地の予算が少し浮きますわね! 節税! 節税ですわよ、ステラ!!」
(……お宝を見つけて「節税」って喜ぶあたり、カトリーナもやっぱりこの家の人間ね……)
カトリーナ様が領地経営のシビアな数字を計算しながら狂喜乱舞する姿を見て、私は何とも言えない複雑な心境になった。
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お忍びから戻った私の目に、夕日に照らされて真っ赤に燃えるような「黄金の変顔像」が飛び込んできた。
カトリーナは「節税」のお礼に、その巨大な変顔像の足元に、さらに私の「肉球」を象った記念碑を建てると言い出した。
(……もうやめて。これ以上、庭を私の黒歴史で埋め尽くさないで……)
レオヴィルは芸術に酔いしれ、カトリーナは節税に邁進し、アランダ夫人はそれを見て「……やっぱり猫は理解できないわ」と、なぜか犬耳フードを深く被り直している。
私は、前世の激務よりも精神的にハードな一日を終え、巨大な変顔像と同じ表情を浮かべながら、ウルルの待つ自分のふかふかのベッドへと沈み込むのだった。
明日は、像が勝手に喋り出したりしないことを、切に願いながら。




