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モフモフ猫魔獣に転生した私は、イケメン公爵にモフモフ可愛がられるだけのスローライフが待っていました。【連載継続】  作者: 逆立ちハムスター


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社畜の習慣と夜明けの歩く婚姻届

「……あ。あの人、今『右脳』が悲鳴を上げてるわね」


公爵邸の廊下をパトロール(という名の、本日のお日様加減での、絶妙な日向ぼっこ場所探し)をしていた私は、執務室のドアの隙間から漏れ出るレオヴィルの魔力波動を感じ取り、思わず足を止めた。


(休日? なのに、貴族はやっぱり大変ね)


前世、私はブラック企業の自他共に認める営業事務として、数多の上司の「顔色」と「コーヒーの好み」を完全に把握する「お茶汲みのスペシャリスト」だった。


「部長は会議が長引くと微糖の缶コーヒーを欲しがる」「課長は締め切り前にはブラック、それも85度のお湯で淹れたものしか受け付けない」


そんな、今となっては呪いのような習性が、聖獣ステラキャットとしての鋭敏な感覚と結びついてしまったらしい。


(……魔力残量15%。集中力の限界による糖分不足。さらに、肩こりからくる軽い頭痛……。あーもう、見てられない!)


私は無意識に、廊下の棚に並んでいた数種類の魔力ポーションへと歩み寄った。

ステラキャットの肉球は、触れたものの成分を微調整する不思議な力がある。ようだ。よく分からないけど、この体で生活してきて、なんなく掴んだ知識だ。

私は肉球でポーションの瓶をコロコロと転がし、配合を変えていく。

「魔力回復成分:3、精神安定剤:1、そして隠し味に……高濃度ハチミツを少々」


完璧! かつて、取引先の社長を唸らせた「究極の接待ブレンド」ならぬ「究極の魔力ポーション」が完成した。

私はその瓶の蓋をし、我ながら器用に、前足で転がしながら執務室のドアを頭で押し開けた。


「……はぁ。あとの予算案、どうまとめるべきか……」

机に突っ伏していたレオヴィルの前に、ポーションの瓶が「コトッ」と音を立てて止まる。


「ステラ? ……ん? まさか、これを私に?」


彼がおそるおそる瓶を手に取り、迷いなく、その液体を口に含んだ瞬間、執務室に眩い光が溢れた。


「――っ!? なんだ、この……身体の隅々にまで染み渡るような、完璧な調和ハーモニーは! 渇いた大地に雨が降るが如く、私の脳細胞が歓喜の歌を歌っている!!」


レオヴィルはガタリと椅子を鳴らして立ち上がると、私の両脇を抱え上げ、顔を真っ赤にして叫んだ。


「ステラ! 君は……君は私が必要としていた成分を、完璧な比率で理解しているのか! もはや言葉など不要だ、君は私の『魂の伴侶ソウルメイト』に違いない!! セドリック! 今すぐ『猫用・婚姻届』の雛形を持ってこい! 法を捻じ曲げてでも、今すぐ受理させる!!」


(……習慣って怖いわね。つい、顔色を見ただけで『あ、この人糖分足りてないわ』って体が勝手に動いちゃうのよ。でもレオヴィル、落ち着きなさい。その婚姻届、一旦保留! というか永久に却下!! 私はまだ、猫としての独身貴族を楽しみたいの!)


私は必死に猫パンチを繰り出し、狂喜乱舞するレオヴィルの腕から逃げ出した。


────


その日の夜。

レオヴィルの重すぎる愛から逃れ、ようやく静寂が訪れた頃。

私はカトリーナの部屋にいた。昼間の「ポーション騒動」で精神的に疲弊した私は、彼女のふかふかのベッドの端で、うとうとと夢の中で、終わりのない船を漕ぎ始めた。


すると、隣で横になっていたカトリーナが、シーツを握りしめ、私の耳元で消え入るような声で囁いた。


「……ねえ、ステラ。起きているかしら?」


(……半分寝てるわよ。でも、その声……何かあるわね。そう、この体は、半寝を任意で発動できる、優れた体なのだ)


「わたくし、皆様の前では『公爵家の誇り高い長女』として、強く、完璧に振る舞っているけれど……。本当は、社交界の陰口や、兄様のあまりの破天荒ぶりに、時々心が折れそうになるのですわ。私に、この大きな家を支える資格があるのかしらって……」


カトリーナの指が、わずかに震えている。

いつも高笑いをして私を振り回す「ワガママ令嬢」の仮面の下には、若くして重責を担う一人の少女の苦悩があったのだ。


(……んー。それ、前世で見た光景だわ。中間管理職が、給湯室で一人ため息をついてる時のあの空気……)


前世の私なら、そっと栄養ドリンクを差し出すところだが、今の私は猫だ。

私は重い瞼をこじ開けると、カトリーナの細い手に、そっと温かい肉球を重ねた。そして、優しく「ポンポン」と叩く。


「にゃ、にゃ、にゃ(大丈夫よ。あんたは十分やってるわ。たまには手を抜いたっていいのよ)」


そんな気持ちを込めて、喉を低く鳴らした。


「……ステラ。もしかして、励ましてくれてるの? ……ええ、そうですわね。あなたがそばにいてくれるなら、わたくし、明日も戦えますわ。……ありがとう、愛しい私のステラ」


カトリーナは私の肉球を頬に寄せると、安心したように穏やかな寝息を立て始めた。


(……ったく、兄妹揃って手がかかるんだから。でも……何度も魂が抜けかけているけれど……こうして誰かの支えになれているなら、案外、幸せなのかもしれないわね)


カトリーナの温もりを感じながら、私は「魂の抜ける回数が多すぎて、スローライフとは程遠いけど、これも悪くないわ」と、深い眠りに落ちていった。


しかし、翌朝。

「ステラアアアア!! 昨日のポーションのおかげで、目覚めが最高だ! 今なら国一つでも作れる気がするぞ!! さあ、朝の猫吸いの時間だ!!」


静寂を切り裂く、レオヴィルの爆音のような絶叫。

寝室から廊下を駆け抜けてくるドタドタという足音に、私は反射的に跳び起きた。


「シャー!!(安眠を妨害するな、この魔力過多男!!)」


配分を良くしすぎたらしい……。完全に、カフェイン過多の徹夜明けのようなテンションだ。

私の叫びも虚しく、カトリーナの部屋のドアが勢いよく開け放たれる。


「やりすぎは禁物」という、前世の教訓を身を以て思い知らされる私だった。

カトリーナは爆睡中……。

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