令嬢たちの秘め事
「ステラ、今日は『完全休息日』ですわ! あなたは一歩も動いてはなりません!」
朝一番、カトリーナが私の部屋の前に仁王立ちして宣言した。どうやら、私が二度寝を貪っている姿を見て、「この子は連日の可愛さ振りまき業務(?)で過労死寸前ですわ!」と勘違いしたらしい。
(……ただの寝不足よ! 夜中にカジノでババ抜きしてたせいなの!)
「兄様! 今日はステラに指一本触れることも、その不埒な視線を向けることも禁じますわ! 彼女を真に休ませることができるのは、同じ女性である私だけですの!」
レオヴィルは「そんな……ステラ吸いができない一日は、私にとって死も同然だ……!」と、廊下で膝をついて絶望していたが、カトリーナの剣幕に押されて退散していった。
(……お、これはラッキーじゃない? カトリーナがレオヴィルを追い払ってくれるなら、今日こそ正真正銘のスローライフ、泥のように眠れるわ!)
私は喜び勇んでベッドの真ん中で丸くなった。……が、すぐに異変に気づく。
枕元から、ものすごい熱量の「視線」を感じるのだ。
ふと目を開けると、そこにはベッドのすぐ横に椅子を置き、身を乗り出して私を凝視するカトリーナの姿があった。
「……安心して、ステラ。あなたが寂しくないよう、私がいっときも目を離さず、ここでお守りしてあげますわね。さあ、遠慮なくお眠りなさい」
(近すぎるわよ!! 監視カメラより精度が高いわ! そんな至近距離で瞬きもせず見つめられて、誰がリラックスして寝れるっていうのよ!!)
結局、一睡もできないまま数時間が経過し、私の精神は削り取られていった。
「完全休息日」は、カトリーナ自身が「……やはり、ステラが寝ている間、私が触れられないのは拷問に等しいですわ!」と発狂して即日撤回されるまで続いた。
その日の夜。
「……今夜は女同士、無礼講ですわ!」
カトリーナに招かれ、私は彼女の巨大な天蓋付きベッドへとやってきた。そこには、以前のパーティーで意気投合した(?)レオナルドの令嬢、アナスタシアも泊まりに来ていた。
部屋には高級な猫用おやつと、芳醇な香りのハーブティーが用意されている。メイドたちをすべて下がらせた、完全な「女子会」の空間だ。
(……ふぅ。レオヴィルの暑苦しい愛から離れて、たまにはこういう静かな夜も悪くないわね)
私がハーブの香りに癒されていると、カトリーナがティーカップを置き、ぽつりと漏らした。
「……ねえ、アナスタシア。実を言うと私、先日の夜会でお会いした隣国の第二王子様が、少し気になっていますの」
「あら、カトリーナ様も? 実は私も……父が勧めてくる縁談相手ではなく、幼い頃から護衛を務めてくれている騎士の方に、淡い想いを寄せているのですわ」
(……お、始まったわ。王道にして禁断の恋バナ!)
二人は、貴族という立場ゆえに「好き」という感情だけでは結ばれない現実を語り合い始めた。家同士の繋がり、領地の維持、政略結婚……。
カトリーナの強い口調の裏に隠された、一人の少女としての孤独と不安。
(……そっか。あんたたち、あんなにワガママ放題に見えて、実は未来を全部大人たちに決められてるのね)
前世の私には、そんな悩みはなかった。
好きな人を好きになり、誰と付き合おうと、あるいは一生独身を貫こうと、それは私の自由だった。社畜としてボロボロにはなっていたけれど、少なくとも「心」を誰かに売る必要はなかったのだ。
(自由に恋愛できるって、実はすごく幸せなことだったのね……)
私は、少しだけしんみりとした気分になり、不安そうに眉を下げたカトリーナの手に、そっと肉球を重ねた。
「……あら、ステラ。慰めてくれているの? ありがとう。……でも大丈夫、私は公爵家の娘ですもの。ちゃんと役割は果たしますわ。……ただ、今夜だけは、少しだけ夢を見させてほしいの」
カトリーナは私をそっと抱き寄せ、アナスタシアと夜通し、届かぬ想いや理想の結婚生活について語り明かした。
私は彼女の微かな震えを感じながら、(もし私が魔法を使えたら、あんたたちの恋を叶えてあげたいわね)と、柄にもないことを考えながら、深い夜の闇に沈んでいった。
自由を奪われた籠の鳥のような彼女たち。
そんな彼女たちを癒せるのが、今の私にできる唯一の「仕事」なのかもしれない。




