全力接待とドヤ顔通貨の衝撃
「……ステラ。君の顔色が、昨日から少し曇っているように見える。まさか……私の愛が足りないのか!?」
朝食の席で、レオヴィルが突然椅子を蹴立てて叫んだ。
私はただ、昨夜の酔いが少し残っていて、「無(社畜の平常心)」の顔をしていただけなのだが。焦った彼は即座に指を鳴らし、使用人たちに指示を飛ばした。
「今こそ、我が騎士団の忠誠と、この屋敷の粋を集めた『全力の接待』をステラに捧げるのだ!」
(……嫌な予感しかしないわよ。接待は受ける側も疲れるんだから!)
その日の午後、屋敷のメインホールは驚天動地の「接待会場」へと変貌した。
(昨日の酔いのせいか、頭が痛い……うぇ……)
まず現れたのは、騎士団の精鋭たちだ。普段は魔獣と戦う剣を「猫じゃらし(超・高級羽付き)」に持ち替え、一糸乱れぬ動きで演武を開始した。
「ハッ! セイヤッ!」
という気合と共に、宙を舞う猫じゃらし。その計算され尽くした軌道は、まさに猫の本能を直撃する神業。……だが、それを大真面目な顔でやっている巨漢の騎士たちのシュールさに、私は目が点になった。
続いて、一流の楽団が登場。彼らが奏でるのは「猫が落ち着く周波数を追求した」という特注のヒーリング曲だ。ハープの音色が優しく響く中、宮廷魔術師たちが幻想的なマジックを披露する。空中に現れた光のネズミが走り回り、私の足元でパッと花びらに変わる演出。
(……ねえ、これ。騎士たちが必死に私の機嫌を伺ってるのが丸出しで、逆に見ているこっちの胃が痛いわ! 前世で取引先を高級料亭で接待してた時より、気を遣ってリアクションしなきゃいけないじゃない! 静かに休みたい……)
私は精一杯の「にゃーん(営業スマイル)」を振りまきながら、精神的な疲労困憊の末に一日を終えた。
翌朝。
「有給休暇」の代償である接待疲れで、ぐっすり眠りたかった私の耳に、廊下をドタドタと走る使用人たちの足音が届いた。
「何事かしら……。またレオヴィルが暴走してるの?」
嫌な予感がしてさっと一階へ降りると、そこには信じられない人物が立っていた。
王国の最高権力者、フェリクス王その人である。
「やあ、ステラ。元気かい。……いやあ、公務のついでに寄らせてもらったよ」
「……っ、陛下!? 連絡もなしに、そのような……!」
セドリックが、人生で一番と言っていいほどの慌てぶりで応対している。そこへレオヴィルとカトリーナも合流し、玄関は一気に緊張感に包まれた。
だが、王の口から出た言葉は、緊張感を一瞬で「脱力」へと変えた。
「実はな、レオヴィル。予はこの国の通貨に決定的な欠点があることに気づいてしまったのだ。……そう、『猫の愛らしさ』が足りないという致命的な欠陥にな!」
王が宣言すると、背後に控えていた貨幣官や造幣鍛造師たちが、仰々しい設計図を広げた。
「ゆえに予は、『王都専用通貨』を発行することに決めた。そのモデルはもちろん、ステラ、君だ!」
(……はぁぁ!? 猫の通貨!? 何言ってるの、この王様!!)
「表面には、ステラのあの尊大で美しい『ドヤ顔』。そして裏面には、世界を救う力を持つ『丸まった肉球』を刻む。レオヴィルよ、これこそが真の法定通貨の夜明けだと思わんか?」
「陛下……! 閣下のお考え、まさに神の啓示! 我が命に代えても、この通貨を国民に流通させましょう!」
(……ダメだ、この二人。経済の基本を猫の可愛さで塗りつぶそうとしてる!)
呆然とする私を余所に、連れてこられた職人たちがさっそく私の顔の角度を計測し始め、肉球に墨をつけて版画のような作業を開始した。
フェリクス王は「よし、予は次の公務(別の猫に会いに行く)があるから失礼するよ」と言い残し、嵐のように去っていった。
(あの猫バカ王……! 勝手な通貨発行なんて、経済混乱で国中パニックになるに決まってるじゃない! 前世でインフレの恐怖を学ばなかったの!?)
数日後。
最高評議会で、事情通のプリシラから速報を受け取った。
「ステラ、聞いたわよ。新しい『猫硬貨』のこと。王都中は大パニックよ!」
(やっぱり! 暴動でも起きた!?)
「いいえ。みんな『ステラ様のドヤ顔コインが可愛すぎる!』って、手持ちのお金を全部猫硬貨に交換しようとして、造幣局に押し寄せてるの。交換が間に合わなくてパニックになってるんですって」
「ハッハッハッハッ、流石は聖獣だな!」
大笑いするドン。
「お前、調子に乗りすぎだろ」
相変わらず、クールなギル。
(…………。)
私は、暗闇の中でそっと白目を剥いた。
経済学の常識よりも、モフモフの魅力が優先される国。
この国の未来を案じるのは、もうやめよう。
その夜、私は自分の顔が刻まれたピカピカのコインを、ウルル(クッキー)が不思議そうに突っついているのを眺めながら、ただ静かに眠りにつくのだった。




