闇のババ抜きと肉球財務大臣
「……さあ、ドンの負けよ。約束通り、とっておきのネタを出しなさい」
深夜の最高評議会。廃墟の地下に集まった私たちは、今、この界隈で大流行している「変則ババ抜き」に興じていた。
ルールは単純。負けた者は「自分が知っている、人間界の最もヤバい秘密」を一つ暴露しなければならない。
今回の敗者は、地元のボス猫・ドンだった。彼は太い腕を組み、忌々しそうに髭を震わせる。
「……チッ、分かったよ。あの大層なヒゲを蓄えた摂政様の秘密だ。あいつ、夜な夜な自室の鏡の前で、猫の鳴き真似を練習してやがる。『ナァ〜オン……いや、これでは威厳が足りぬか』とかブツブツ言いながらな」
(……何それ。国家の重鎮が、猫へのナンパの練習をしてるってこと!?)
ギルが鼻で笑いながら、さらに追い打ちをかける。
「……あいつ、俺の前でもやってたな。あまりの下手さに、聞いてるこっちの毛が抜けそうになったぜ」
「あら、そうなの? 私が聞いた話では、その練習風景を奥様に見られて、顔を真っ赤にして気絶したらしいわよ。ンフフ♪」
プリシラが扇情的な笑い声を上げる。
(……この国のどこを探せば、猫に脳を焼かれていない『普通の人間』と出会えるのかしら。もう、国民全員の適性検査からやり直した方がいいわね……)
私は自分の肉球を見つめ、元人間としてのアイデンティティが削れていく音を聞きながら、そっと白目を剥いた。
翌日。
屋敷に戻った私を待っていたのは、別の種類の「切実な空気」だった。
執務室でレオヴィルとカトリーナが、大量の書類を前に揃って頭を抱えていたのだ。
「……おかしい。新しく始めた『猫耳カチューシャ製造ギルド』の収支が、計算上ではもっと利益が出るはずなのに……。カトリーナ、どこで数字がズレたんだ?」
「お兄様、私の計算は完璧ですわ。それより、この郊外の領地の運営費……なぜこんなに食費(猫用パテ)の項目が膨れ上がっているのかしら」
二人はまだ若く、経営の経験も浅い。公爵家の巨大な財力を動かすには、情熱だけでは足りないのだ。
その様子を横で見ていた私は、元OLの血がふつふつと騒ぎ出すのを止められなかった。
(……あー、そこ。三行目の繰り越し、桁が間違ってるわ。あと、この備品購入費……業者に見積もり吹っかけられてるじゃない。あーもう、見てられない!)
私は「にゃーん(ちょっとどきなさい!)」と鳴いて、二人の間のデスクに飛び乗った。
「ステラ? どうしたんだい、そんなに激しく鳴いて……」
私は肉球を器用に使い、計算ミスをしている箇所の数字を「バンバン!」と叩いた。さらに、無駄な接待交際費や過剰な仕入れの報告書を、口でくわえてそのままゴミ箱へシュートする。
(棚卸しが甘いのよ! 経費の仕分けをしっかりしなさい! 利益率30%は確保できるはずよ!!)
「……っ!! 兄様、今、ステラがゴミ箱へ捨てた書類……これ、私が昨日『必要ないのでは』と疑っていた運送業者の契約書ですわ!」
「そして、彼女が叩いたこの数字……。ああ、何ということだ! 計算が十万ゴールド単位でズレていた! まるで、数字の精霊が間違いを教えてくれているようだ……!」
二人は、私がただ「イラついて掃除しただけ」の行動を、「聖獣による神のお告げ」として狂信的に解釈し始めた。
彼らが私のアドバイス(物理)に従って書類を整理し直すと、翌月には領地の収支が見事にV字回復。無駄なパテの横流しも発覚し、経営状態は健全化された。
数日後。レオヴィルとカトリーナが、かつてないほど真剣な顔で私の前に跪いた。
「ステラ。君の叡智には、もはや感服するほかない。これほどまでに経済の真理を理解しているとは……。今日から君を、我が公爵家の『終身名誉財務大臣』に任命したい!」
「ステラ大臣! さあ、次はこの王都のインフレ対策についてのご意見を!」
(……財務大臣!? やめてよ、猫に国家予算の管理をさせないで! 私、スローライフを送りに来たの! 終身雇用なんて前世でお腹いっぱいなのよ!!)
私は迫り来る書類の山を前に、全力の「シャー!!」を繰り出し、窓から庭へと飛び出した。
大臣の椅子よりも、日向ぼっこできる木の上がいい。
私は背後で「大臣! お待ちください大臣!!」と叫ぶ兄妹の声を無視して、全力で猫らしい自由へと逃走するのだった。




