強制有給休暇と深夜の社畜にゃーん
「ステラ、今日は『有給休暇』だ。指一本、動かすことは許さないよ」
朝一番、レオヴィルが重々しい表情で宣言した。カトリーナから「昨日はぐったりしていた」と聞き、彼の中で「ステラ過労死説」が浮上したらしい。
(いや、ただのパーティーとトランプでの夜更かしよ! 遊び疲れただけ!)
という私の抗議は届かない。今日一日の私は、文字通り「置物」としての生活を強要されることになった。
移動はすべてレオヴィルの抱っこ。食事はレオヴィルが銀のスプーンで一口ずつ口に運ぶ。トイレの出入りさえも「危ないから」と見守られる始末だ。
(……これ、前世でデスクに齧り付いてた頃に夢見た『究極のぐうたら生活』のはずよね? なのに何、この監禁されているような、逃げ場のない閉塞感は……! 自由を! 私に自分の足で歩く自由をちょうだい!!)
レオヴィルは至近距離で「疲れていないかい? 瞬きはしんどくないかい?」と、過保護の極みのような視線を送り続けてくる。
私は彼の腕の中で、もはやスローライフが「介護」へと変貌した事実に、遠い目をして白目を剥くしかなかった。
夜になり、ようやく「介護地獄」から少しだけ解放された時間。
レオヴィルが、「静養にはこれが一番だ」と、美しいクリスタルグラスを持ってきた。
「これは王宮の秘蔵庫から特別に分けてもらった、超最高級の『魔力入りぶどうジュース』だよ。心身の疲れを癒してくれるはずだ」
私は喉が渇いていたこともあり、差し出された皿から勢いよくそれを舐めた。
……ん? なんだか少し、ピリッとする。そして、芳醇な香りが鼻に抜ける。
(……これ、発酵してない? ジュースっていうか、微炭酸のワインみたいになってるんじゃ……)
気づいた時には遅かった。
猫の体は、アルコール(的なもの)の回りも早いらしい。
数分後、私の視界はぐにゃりと歪み、脳内には前世の忌々しい記憶――サービス残業、理不尽な上司、低すぎる給与明細――が、怒涛の勢いで溢れ出してきた。
「なー!! なにゃーん!! にゃーん(上司のハゲ! 毎日毎日、定時五分前に仕事振ってんじゃないわよ!! いつも細かいこと言うくせに、まったく評価に関係ないじゃない!)」
「にゃ、にゃおー!(残業代を出せ! 振替休日を都市伝説にするな!!)」
「にゃにゃ、にゃにゃにゃ。(私が我慢すれば……いや、なんで言わないとわからないの? 宇宙人なの? 言葉の裏くらい読みなさいよ!)」
「にゃーん、にゃーん、にゃーーん(美容にいくら課金しても、現実は現状維持が精一杯……。若さという資産が、毎日少しずつ目減りしていく……)」
私はレオヴィルの膝の上で、荒ぶりながら前足を振り回した。
猫語としてはただの激しい鳴き声だが、その魂の叫びは、あまりに悲痛な「怒り」として響いたらしい。
「……っ! ステラ……。なんて、なんて悲痛な叫びなんだ」
レオヴィルが、震える手で私を抱きしめた。
「君が何を言っているかは分からない。だが、その声からは、過去にどれほど暗く、理不尽な闇の中で戦ってきたかが伝わってくるよ……。そんなに辛い思いをしてきたのかい。よしよし、もう大丈夫だ。この私が、君の心を一生かけて癒してあげるからね……ステラ、君は本当に凄いよ。よく耐えてきたね」
(……いや、今の愚痴は前の世界でのやつで……今の不満じゃないんだけど……。あ、でも、過保護すぎるのは不満よ! でもありがとう、レオヴィル)
隣では、こっそり一緒にジュース(酒)を舐めていた新入りクッキーのウルルも、すっかり千鳥足。
「キュ〜……」と力なく鳴きながら、私の尻尾の横でぐでんと横たわり、そのまま眠りに落ちてしまった。
私はレオヴィルの温かい(というか、熱すぎる)抱擁の中で、泥酔した頭を揺らしながら思った。
(……ダメだわ。愚痴を言えば言うほど、レオヴィルの『メンタルケア(物理的なモフり)』が手厚くなっていく。これじゃ逆効果じゃない……)
私は酔いと、レオヴィルの重すぎる愛の重圧に意識を失いかけながら、寄り添って寝るウルルの温もりだけを頼りに、長い一日を終えるのだった。




