地下の煙と禁断のブツ
「……何よ、この場所。空気の柄が悪すぎるわ」
猫耳パーティーの狂騒が冷めやらぬ深夜。最高評議会が閉会し、プリシラが優雅に去った後、ギルとドンが私を「いい場所」へ誘ってきた。
連れてこられたのは、街の場末にひっそりと佇む廃墟となった賭博場。
入り口にはモグほどもある体格の、目つきの鋭い二匹の猫が門番として立っていたが、ドンの姿を見るなり無言で道を空けた。
(……元人間の勘が言ってるわ。ここ、絶対カタギの場所じゃない)
廃墟の中は意外にも整理されており、かつての栄華を偲ばせる装飾が僅かに残っていた。だが、そこに集まっているのは、耳が欠けていたり傷跡があったりと、修羅場を潜り抜けてきたような野良猫たちばかりだ。
さらに地下へと降りていくと、そこには驚愕の光景が広がっていた。
「……っ! 錬金術の器具!?」
広い地下室には、試験管やフラスコ、魔導コンロといった難解な装置が並び、数十匹の猫たちが忙しなく立ち働いていた。彼らが精製しているのは、独特のツンとした香りを放つ緑色の粉末……。
「おい」
ドンの呼びかけに、一匹の猫が恭しく小包をくわえて持ってきた。ドンが器用に前足で包みを解くと、中から眩いばかりの魔力を放つ、最高級の「精製マタタビ」が現れた。
「これは今回のロットでも特に『軽い』やつだ。ステラ、お前への歓迎の印だ」
(……まるでヤクの生産工場ね。私、とんでもない裏組織のトップと仲良くなっちゃったのかしら)
「存分に楽しもう」
ドンは豪語すると、一体どこに隠していたのか、使い古されたトランプの束をどこからか取り出した。
私たちは、マタタビの香りが薄く漂う地下室の特等席に陣取った。
試しにその粉を少しだけ嗜んでみると、全身の力が程よく抜け、視界がじんわりと温かくなるような心地よさが広がった。
「……ふぅ。そんなに強くなくて、ちょうどいいマタタビね」
「ガハハ! さすがは聖獣、違いのわかる猫だ!」
ドンが上機嫌に喉を鳴らす。ギルはすでにどこからか調達してきた「乾燥魚のハラミ」を黙々とつまみ、トランス状態に入りかけていた。
「さて、ステラ。ポーカーを始めるか? それともダイスか?」
ドンが器用にカードをシャッフルし始める。だが、ポーカーなんて心理戦、今の私のゆるみきった脳には荷が重すぎる。それによくルールが分からない。
「ポーカーは知らないわ。もっと平和な……『七並べ』とか『ババ抜き』がいいわね)」
「……何だ、その『ババヌキ』や『死地並べ』というのは? 聖獣の国にでも伝わる新しい遊戯か?」
ドンとギルが興味津々で身を乗り出してきた。
私は二匹に、まず、ババ抜きのルールを丁寧に教えた。ジョーカーを最後まで持っていた者が負け。同じ数字を捨てていく、極めて単純な遊び。
だが猫たちにとって、この「相手の顔を読み、ハズレを引かせ合う」というルールは、新鮮さで満点だったらしい。
「なるほど……。この一枚が、運命を分けるというわけか。面白い……!」
ドンが真剣な顔でカードを凝視する。
その間にも、ドンの部下たちが次々と「差し入れ」を運んできた。
屋敷で出るような繊細なテリーヌではない。
脂ぎった揚げ魚、塩気の強い干し肉、そして謎のジャンクな煮込み。
(……あぁ、これよ。深夜に食べる、この体に悪そうな濃い味! 完璧に満福活だけど、止まらないわ……!)
マタタビで少しふわふわした頭で、ジャンクフードを頬張りながら、強面の黒猫ドンとクールな銀猫ギルとカードを引き合う。
ドンはジョーカーを引くたびに「……ぬぉっ!」と髭を震わせ、ギルは無表情を装いながらも尻尾の先がピクピク動いていてバレバレだ。
「ステラ……お前、さては持ってるな? その端のカードが『ババ』だろう?」
「さあ、どうかしらね〜♪」
私はニヤリと笑い、カードを差し出した。
元社畜のポーカーフェイスを舐めないでほしい。
結局、私たちは夜が明ける直前まで、地下の秘密基地で笑い、食べ、そしてカードに興じた。
豪華なパーティーの後の、この場末の背徳感。
これこそが、私の求めていた「スローライフ」の、隠れたスパイスなのかもしれない。
(明日、レオヴィルに『どこでそんな脂っこい匂いをつけてきたんだ!』って問い詰められるだろうけど……まあ、その時はその時ね)
私は、満足感に包まれながら、夜明けの街をギルと共に屋敷へと引き返すのだった。




