猫耳の宴
「……昨日のこと、ようやく腑に落ちたわ」
昨日の教会行事。いつもならレオヴィルと私を奪い合い、勝ち誇った顔で馬車に乗り込むはずのカトリーナが、なぜか邸に残った。
その理由が、今、目の前で繰り広げられている。
ここは王都でも有数の資産家、レオナルド・パンチ・デ・シャー氏の邸宅。
伝統的な公爵邸とは一線を画す、南方の異国を思わせるテラコッタの壁と、鮮やかなタイルが敷き詰められた内装は、確かに美しい。
だが、その様式美を台無しにするほど、どこもかしこも「猫」だった。
柱には黄金の猫の頭部が鎮座し、カーテンの刺繍は肉球模様。シャンデリアからはクリスタルの猫が吊り下がっている。
(……目がチカチカするわ。これ、デザインした人の脳内、猫のパテで詰まってるんじゃない?)
「ステラ、お待たせしましたわ!」
扉が開くと、そこには「覚悟」を決めたカトリーナが立っていた。
彼女の頭には、私の毛色に合わせた純白の「猫耳カチューシャ」が装着され、ドレスの背後からは魔法で動く「猫の尻尾」まで生えている。
「……今日から私も猫として生きることにしましたわ。……にゃ、にゃお?(赤面)」
(カトリーナ……。あんた、公爵令嬢のプライド、どこへ置いてきたのよ!?)
カトリーナを筆頭に、集まった令嬢たちは全員が猫耳と尻尾を完備していた。
中でもカトリーナに心酔する主催者の令嬢アナスタシアは、「ああ! カトリーナ様の猫耳、宇宙一の愛らしさですわ! まさに聖獣様の御使い!」と、猫友のララそっくりの熱量で絶賛している。
周囲は、猫耳をつけた令嬢たちが「なー」「にゃーん」と、照れと狂気の入り混じった声を上げながらダンスを踊るという、凄まじい光景。
(……ダメだわ。まともにツッコんでたら、こっちの精神が持たない。よし、割り切りましょう。これはただの、豪華な『コスプレ・パーティー』よ!)
私は早々に人間たちの狂騒から意識を切り離し、会場の片隅で優雅に毛繕いをしていた最高評議会のメンバー、プリシラのもとへ歩み寄った。
「いらっしゃい、ステラ。人間たちの余興、面白いでしょ?」
「にゃーん(プリシラ、あんたの主人のセンス、ちょっと独特すぎない?)」
私はプリシラに案内され、会場に用意された「猫専用アトラクション」を楽しむことにした。
異国風の装飾が施された会場には、見たこともない猫用料理が並んでいる。
(お、これはいけるわね! 魚のスパイス煮込み……あ、こっちは少し辛い。うえ、これは不味い! 薬草の味がするわ!)
前世では、仕事の合間にコンビニのパンをかじるのが精一杯だった。
そんな私が、今は異国の珍しい料理(猫用)に舌鼓を打ち、最高級のシルクで設えられた「猫用トランポリン」で跳ねている。
「楽しいわね、プリシラ!」
「そうでしょう? さあ、もっと高く跳んでごらんなさい!」
ボヨン、ボヨン、と跳ねるたびに、視界が上下する。
豪華なシャンデリア。猫耳をつけて踊る令嬢たち。それを見守るように、私はプリシラと並んで宙を舞った。
(……仕事に追われて、自分の誕生日さえ忘れていたあの頃を思えば、今の私はなんて自由なのかしら)
人間たちの「猫になりたい」という異様な熱気は確かに引くけれど、その狂気のおかげで、今の私は最高に贅沢なスローライフを享受している。
カトリーナが必死に「にゃおーん!」と練習している声を聞きながら、私はトランポリンの弾力を心ゆくまで楽しむのだった。
「にゃーん(……まあ、明日からまた、レオヴィルの吸いから逃げる日々が始まるんだけどね)」
パーティーの夜は更けていき、私は久しぶりに、元社畜であることを忘れて、ただの一匹の猫として、騒がしくも楽しい時間を過ごしたのだった。




