巨大タワーと恐ろしいおにぎり
「……あの、巨大なゴミ山みたいなのは何かしら」
ここ数日、屋敷の裏庭には広大な養生シートの山が築かれていた。
そこでは『遊戯構造師』や『獣具設営師』といった、聞いたこともない専門職の紋章を胸に付けた男たちが、眉間に皺を寄せて魔法やハンマーを振るっていた。
「……おいステラ、あれは何の砦だ? 別の勢力の猫が攻めてくるのか?」
ギルが鋭い目でシートを見据える。
「違うよギル。あれはきっと、巨大なカリカリが詰まったサイロだよぉ。僕、匂いでわかるんだぁ」
モグがよだれを垂らしながら夢想する。
「いいえ、あれは聖獣様のための空中宮殿ですわ! 雲を突き抜けてお星様とお話しするための場所なのですわ!」
ララが頬を染めて断言する。
猫たちが勝手な考察で盛り上がっている横で、職人たちは魔法のメジャーを当てながら、「耐荷重の誤差は0.1ミリ以内だ! ステラ様が着地した瞬間の衝撃分散が甘い!」と怒鳴り合っていた。もはや猫の遊具を作っているというより、城壁の補強工事でもしているかのようなシビアな空気だ。
そこへ、レオヴィルとセドリックが現れた。
「レオヴィル様、完成いたしました。この『超・巨大キャットウォーク』の角度は、フェンリル種の強靭な関節にも負担をかけない三十度。北方の深遠樹を用いた爪研ぎは、まさに一生モノです」
「さらに、遊具の骨組みには北方の黒湿原で育った『沈み鉄木』を使用。導管に樹脂が詰まっており、百年雨に打たれても腐朽の心配は無用。ボルト一本に至るまで潮風に強い竜鱗合金を鋳込み、継ぎ目には撥水性の高い魔獣の脂を焼き付けてあります。ステラ様が万が一、嵐の中で遊びたくなっても、ビクともいたしません!」
(……いや、嵐の中では遊ばないわよ。でも、沈まない木に竜の鱗の合金って……。防波堤でも作ってるの?)
私は内心呆れつつも、レオヴィルの「これで窮屈な思いはさせないよ、私の天使」という言葉には少しだけ胸が熱くなった。
確かに、屋敷の中だけでは元人間の精神も少し塞ぎ込んでいたのだ。
「にゃーん(ありがとう。ギルたちも使っていいなら、最高だわ)」
みんな(人間達)がいなくなったのを見計らい、飛び出した。
私が試しに巨大で複雑なキャットタワーに飛び乗ると、その抜群の安定感と木の香りに、他の猫たちも歓喜の声を上げて群がってきた。
外でたっぷり遊んでお腹を空かせた私を待っていたのは、カトリーナだった。
今日の夕食は「銀鱈のパテ」。
それを見た瞬間、私の脳内に前世の記憶がフラッシュバックした。
(……あー、これ。この塩気。ほかほかの白いご飯の上にドサッと乗せて、お箸で一気にかきこみたいわぁ……。お味噌汁とお漬物があれば、もうそれだけでいいのに……)
遠い目をして、パテを前に「エア茶碗」を持つような顔をしていた私を見て、カトリーナの目が鋭く光った。
「……ステラ。あなた、今、もっと庶民的な……そう、雑多で力強い刺激を求めているのね? 洗練された宮廷料理に飽きたのね!?」
(え、いや、そこまで大袈裟じゃないんだけど……)
「シェフ、そこを退きなさい! 今夜は私が厨房を占拠しますわ。公爵令嬢のプライドをかけ、ステラの渇望を満たす『究極のB級グルメ』を創作してみせます!」
カトリーナはドレスの袖をまくり上げ、混乱するシェフを隅へ追いやり、魔導コンロの前に立った。
一時間後、恭しく差し出されたのは、金糸で縁取られた皿に乗った、一口サイズの「おにぎり」だった。
「さあ、召し上がれ。具材は最高級キャビアと冬トリュフのペースト。お米は一粒ずつ私が魔法で選別し、海苔の代わりに幻の深海魚の皮を炭火で炙りましたわ。……原価、100金貨(百五十万円)といったところかしら」
(……おにぎりの定義がゲシュタルト崩壊してるわよ! 百万超えのおにぎりって何!?)
ツッコミが追いつかない私だったが、一口食べて衝撃が走った。
「…………!!(美味しい! 悔しいけど、このキャビアの塩気とお米の甘み、最高だわ!!)」
おにぎりの形をしているだけで、中身は超弩級の宮廷料理。だが、肉球で掴んで食べるそのスタイルは、確かに私の求めていた「かきこむ悦び」を擬似的に再現していた。
(これじゃない……私が求めていたのは、もっとこう、プラスチックとかステンレスの弁当箱に入ったやつなんだけど……。でも、美味しいから、もう許す!!)
涙を流して百万超えのおにぎりを完食する私を見て、カトリーナは満足げに扇子を広げた。
「ふふ、やはり私の勘は正しかったわ。ステラ、次は『究極の立ち食いドラゴンスープ』を研究しておきますわね」
(やめて! 立ち食いの概念のスケールがなんか、やばい出汁とかで破壊される未来しか見えないわ!)
私は、胃袋を高級すぎるB級グルメに掴まれながら、明日もまた、竜の鱗の巨大屋外キャットタワーで遊ぶ日常を静かに受け入れるのだった。




