猫専用・高級デパートの誘惑
「……え、なんでいんのよ……」
翌朝。日課となっているレオヴィルの「出勤前の一吸い(全力吸引)」に耐え抜き、ようやく二度寝から目覚めて一階へ降りた私は、リビングのソファで優雅にコーヒーを啜るレオヴィルを見て固まった。
銀髪をラフに流し、執務服ではなく、家でくつろぐための上質なカフタンを纏ったレオヴィルだ。
(……クビ? ついに『猫が理由で欠勤』しすぎて、騎士団長をクビになったの!?)
私が戦慄して「にゃ、にゃあ(あんた、失業したの?)」と恐る恐る近寄ると、レオヴィルは顔を輝かせて私を抱き上げた。
「おはよう、私のステラ。心配いらないよ。今日は『聖獣安息日』……神が、すべての労働を止めて休息せよと命じた祝祭日だ。つまり、私は正々堂々と君を一日中、愛でていいと天に許されたわけだね」
(……祝祭日? ああ、この世界にも日曜的なお休みがあるのね。紛らわしいわよ! 寿命が縮んだじゃない!)
傍らで優雅に刺繍をしていたカトリーナも、当然のように頷く。
「そうですわよ。今日一日は、領地の管理も軍事訓練も一切禁じられていますの。……あら、兄様、独り占めはズルいですわ。私の『健康管理(吸い)』の時間も残しておいてくださいませ」
(……地獄だ。一日中、この兄妹に拘束されるなんて、スローライフどころか過密スケジュールすぎる……)
ぐったりとする私を余所に、屋敷のホールが何やら騒がしくなってきた。
重厚な扉が開くと、そこには山のような荷物を抱えた集団と、やたらと仕立ての良い服を着た、これまた「猫好き」オーラを隠しきれていない中年男性が立っていた。
「公爵閣下! お待たせいたしました! 我ら『ニャンダルフ・マジカル・ケア』、総工房主のレオナルド・パンチ・デ・シャーでございます!」
(……パンチ・デ・シャーって、その名前で恥ずかしくないわけ……。どうなってんのよこの世界は……)
「よく来た、レオナルド。我が至宝、ステラにふさわしい品を持ってきたんだろうな?」
レオヴィルが頷くと、ホールは一瞬にして「猫専用・高級展示場」へと変貌を遂げていく。
並べられたのは、国一番のメーカーが社運を賭けて開発したという、トンデモ高級品の数々。眩しい。
「さあ、ご覧ください! こちらは『純金製・大理石埋め込みの爪研ぎ柱』! 研ぐたびに金粉が舞い、毛並みに金色の輝きをプラスします!」
(……いらない。爪が痛そうだし、家中が粉っぽくなるじゃない。あと掃除するリネット達の身にもなって!)
「さらにこちら! 古代竜の髭を贅沢に編み込んだ『ドラゴン猫じゃらし』! 振るたびに微かな爆発音が鳴り、猫様の狩猟本能を極限まで刺激いたします!」
(怖い! 爆発って何よ! 私は平穏に紐と戯れたいの! こんな事を本気で思うなんて……)
圧巻は、商人が「これこそがステラ・キャット様にふさわしい!」と鼻息荒く披露した一品だった。
「これぞ最高傑作! 火、水、風の魔石を細かく粉砕し、絶妙な配合でブレンドした『五色魔石の高級猫砂』でございます! 魔法石のラズベリーの香りを魔法で完全消去し、常にフローラルな香りを漂わせますぞ!」
(……正気!? 魔石よ!? 砂じゃなくて石じゃない! 体の中も石だらけなのに、お尻まで……。絶対お尻が痛いわよ絶対! 痔になったらどうすんのよ!!)
私は全力で「シャーッ!」と威嚇したが、これまたレオヴィルたちの脳内変換フィルターが発動する。
「おお……! ステラが歓喜のあまり震えている! レオナルド、素晴らしい。すべて買い上げよう。今すぐ屋敷の猫用備品をこれに差し替えろ!」
「ええ、お兄様! トイレまで宝石だなんて、ステラにぴったりですわ!」
(待って! 話を聞いて! 私はいつもの安っぽい、あのザリザリした砂がいいの!)
無情にも、私の切実な訴えは無視され、屋敷中の「猫用品」が入れ替えられていく。
実演のために「ドラゴン猫じゃらし」を目の前で振られ、その爆発音にビクッと飛び上がれば、「なんて華麗なジャンプだ!」と拍手喝采。
仕方なく魔石のトイレに足を踏み入れれば、そのあまりの硬さと「カツカツ」という不快な音に真顔(猫顔)になる私。
(……これ、スローライフじゃない。ただの成金趣味の拷問だわ……)
結局、ホールの商品はすべて購入され、私の生活圏内は「キラキラしているが使い勝手が最悪なもの」で埋め尽くされてしまった。
私は、四散した金粉でキラキラと輝く自分の前足を見つめながら、遠い目をして思った。
(……リネット、他。ごめんね。明日から、私の抜け毛以上に、掃除の難易度がハードモードになるわよ……)
高級デパートの出張販売は、私の平穏な眠りを奪い、代わりに「お尻への物理的なダメージ」を残して去っていったのである。




