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強き伝統編

https://44163.mitemin.net/i847577/挿絵(By みてみん)

ボクは、応援演説を依頼してくれた綾小路文香の応援演説を引き受けることになった。


ただし相手は、現在生徒会副会長をしている五十嵐君が相手なのだ。選挙の特性を考えると、一般的に顔の知られていない一年と三年に対して五十嵐君の副会長という肩書きは特に強力だ。何もしなくても一年生と三年生の票が流れてしまう可能性が高く、相当不利だ。



その為にも、文香君に見た目の第一印象を変えてもらう必要があると思えた。


「初めに一つだけお願いしても良いかな。選挙では、見た目の清潔感も重要な要素の一つなんだ。だから選挙週間だけは、そのボサッとした髪型は止めてポニーテールにしてくれないかな」


「はい分かりました。こんな感じで良いですか」


 文香君が、手で髪を後ろに束ねて見せてきた。すると垂れ目だった目尻が微妙に持ち上がって、きりっとした印象に変わった。


「お、いいねぇ。よく見ると歯並びも良いね。きりっとした印象に加えて笑うととっても可愛くなるよ。完璧だ。明日からそれでお願いするよ。文香君。それとボクのことは優也と呼んでくれて構わない。イヤ、呼んでくれ。有希ちゃんは・・・もうそう呼んでるね」


 文香君が顔を真っ赤にしながら頷いた。隣の有希ちゃんも同じ顔をしている。これで臨戦態勢は整った。後は自分がやるだけだった。






「ちょっと調べたいことがあるから明日この時間にもう一度来てくれないかな」


「私も一緒に来て良いですか。優也くん」


隣の有希ちゃんが言葉を挟んできた。




「有希ちゃんは、その十五分前に来てくれないかな。聞きたいことがあるから」


「分かりました。必ず来ます。優也くん」





 次の日、ボクは、綾小路文香の出来る限りの情報を集めた。そこで出た結論は、「絵に書いたような真面目な子」ということが分かった。また、先生や友達の評判も全然悪くなかった。しかし、「おとなしく人前にでることをほとんどしない子」だということも分かった。しかも、食い入るような眼差しでボクを見てくる有希ちゃんとは対称的に、あまりボクを直視しようとはせず自分に自信がなさそうな印象を受ける子だった。どうしてこのような子が生徒会に入りたいのか疑問があったが、この子には文化委員長としてやりたいことがあるのだ。なんとかこの子に文化委員長になって欲しいが、この子の自信のなさは、選挙では致命的だ。ボクは、なんとかしてこの子に自信と安心を植え付ける必要があると感じたのだった。




初めに有希ちゃんがポニーテール姿で生徒会室にやってきた。どうしてもめられたいという顔をしていた。ボクはこれも仕事の内かと思いながらも、彼女を褒めることにした。


「そのポニーテール。良く似合ってるね」


「えへへ。そうでしょ」


彼女の気分を良くしたところで、本命の文香君の長所をできるだけメモすることに成功した。


丁度十五分後に文香君がポニーテールで生徒会室に入ってきた。


その姿に、ボクは目を細めて軽く頷いてあげるのだった。




「思った通りだ。やっぱりとっても良く似合う。可愛いよ」


「私の時は、可愛いが抜けてました」


「はいはい。有希ちゃんのポニーテールもとってもカワイイよ」



いちいち有希ちゃんが割り込んでくるのが微笑ほほえましい。



「さて本題だ。結論から先に言おう。当確だ。文香君は文化委員長になれることが確定した」



「え、どういう意味ですか」



「文化委員長にはジンクスがあってね。現文化委員長が応援演説をすると、必ずその立候補者が当選することになっているんだ。これは昔からの伝統なんだよ。だからボクが応援演説を引き受けた時点で文香君は当選が確定したんだ」


「…」



ポニーテールの二人がどうしていいか反応できずにいる。二人の緊張をほぐす必要があった。




「それに、名前がフミカだからね。文化委員長にぴったりだ」


「…」



いつまでも緊張している顔の文香君に対して有希ちゃんの顔が緩んできた。もう一押しだった。




「ちょっとゲームでもしようか」


「こんな時にゲームですか」


「有希ちゃんから始まるー。古今東西ここんとうざい文香君の長所。パンパンはい」




「えッととっても真面目。パンパンはい」


 指を指されたボクがタイミングよく答える


「笑顔がとってもカワイイ。パンパンはい」


 ボクが文香君を指さしたが、文香は真っ赤な顔をしてなにも言えなくなってしまった。


「…」


「ダメだね。もっとテンポよく言わないと」


「優也先輩。こんなの無理です」




「優也くん。次は私の長所でお願いします」


「有希ちゃんは今度ね」


「えー、フミちゃんだけずるいです」




「まぁ、それは冗談として、本当に文香君の長所をもっと知りたいんだ。三十個以上あげてくれないかな。後でまとめるから。あ、カワイイというのはホントだよ」



もうすでに有希ちゃんから長所を何十個も聞き出してはいたのだが、本人にも長所を自覚してもらう必要があるのだった。



「優也先輩。私の演説の原稿をチェックしたりとかはしないんですか」


「当確だって言ってるだろ。そんなことは必要ない。普通に演説してくれればそれだけで当選するから大丈夫。安心して」


ボクは大真面目な顔で文香君を安心させることにした。



こんなところで立ち止まっているわけにはいかなかった。ボクには本当の伝統を引き継がなければいけない責務せきむがあるのだ。






生徒会選挙当日がやってきた。


前日に原稿は書き上げていたのだが、檀上に立ったボクには原稿なんか必要なかった。ボクは昨年に千聡先輩から受けた想いを感じながら、その想い全てを綾小路文香君に託すだけでよかったのだった。





コホン。


ボクは、綾小路文香君の応援演説をすることになった現文化委員長の菊池優也です。


ボクは、綾小路文香君を本当に応援しています。


初めて彼女が応援演説を依頼しに来た時は、本当は、ボクは半信半疑でした。気軽に応援演説を受けて良いものかと。何故なのか。文化委員長には、元文化委員長が応援演説をすると、その立候補者は必ず当選するというジンクスがあるのです。伝統と言ってもいい。本当に彼女がその伝統を受け継ぐべき人材であるのかどうか初めは判断できなかったからです。



ボクは、彼女のことを調べました。それこそ頭のてっぺんから、足のつま先まで文香君のことを調べ尽くしました。おかげ様で今では彼女の母親よりも彼女のことに詳しくなってしまいました。もう変態レベルです。



でもそこで出た結論は、文句なしの合格です。


真面目で責任感がある。しかもポニーテール姿がとても可愛いくて、歯並びがいいときた。長所をあげたらきりがありません。


ボクの後任を任せられるのは、綾小路文香君しかいないと断言します。彼女なら必ず文化委員を力強く牽引けんいんしてくれると信じています。


綾小路文香。ふみかです。素晴らしい名前です。まさに文化委員長になるために生まれてきた名前だと思いませんか。思いますよね。そうです。彼女が次期文化委員長になる綾小路文香です。もう一度言います。文化委員長は“ふみか”です。



最後になりますが、現文化委員長が応援演説をすると、その立候補者が必ず当選するというこの伝統をボクは守り続けたい。そして、その伝統を引き継ぐのは、文香君だけだとボクは信じています。そのためにもどうぞ、綾小路文香に清き一票をお願いします。





結果、五十嵐君の415票に対して文香君が505票を獲得し、得票差は僅か90票であったものの、綾小路文香は、見事に文化委員長に当選したのだ。




ボクが思っていたよりも、はるかに接戦だった。それどころか他のどの委員長の結果よりも接戦だった。まさか100票を切る勝負になるとは思ってもいなかった。相手はさすがに五十嵐君だったということか。結果だけを見ればこの生徒会選挙は稀にみる名勝負となってしまった。




通常こんな接戦になることはありえない。選挙自体は正当だが、当選するする人選と役は、ほとんど事前に決まっているのだ。先ず、生徒会に入れたいメンバーを教員が人選しスカウトする。そして職員室に集められて選挙で当選の見込みのある者をそれぞれの委員長に一人ずつ割り当てるのだ。選挙で不安のある者は、副会長や書記に回される。だから生徒会選挙では強豪同士がぶつからず、すんなり決まることが圧倒的に多い。ボクの時も適当に文化委員長に割り当てられた。





過去から生徒会選挙で大番狂わせがおこることなど、ほとんどあり得ないのだ。


今回は例外中の例外だろう。





でもボクは1ミリも負けると思っていなかった。負けるはずがないのだった。ボクが千聡先輩から受け継いだ伝統が、ボクのこの想いが負けるなんてことはありえない。





片山先生が「やられた」という顔をしている。これで新生徒会のメンバー構成の編成が余儀なくされることになってしまった。このままでは生徒会に実績のある五十嵐君が生徒会からあぶれてしまうことになるのだ。そんな五十嵐君を無理やり副会長に任命し直す必要があるが、そうすると、事前に職員室に呼ばれた誰かがあぶれることになるのだ。




でもそんなことは、ボクの知ったことではなかった。まだまだこれからなのだ。


ボクは、まだ文化委員長の伝統の第一幕を引き継いだに過ぎなかった。






弁論大会


今年もまた、生徒会選挙が終わった週末に弁論大会が開催される。ボクたちの中学からは、例によって文化委員の担当の片山先生が引率となって、元文化委員長のボクと後任の文香君が出席することになった。




文香君のテンションがやや高めだった。彼女からしてみれば、念願の弁論大会なのだった。弁論大会が好きとは、一体どういう訳なのか、ボクは理解できなかったが、なんとか彼女の期待には応えたかった。



ボクは、持ち時間である六分(定期の持ち時間の五分+強制的に止めさせられる時間のギリギリの一分)をキッチリ使って弁論を終えるのだった。大幅な減点など知ったことではないのだった。



全く焦りはしなかった。ボクは千聡先輩と同じ想いで演説をしただけだった。また、その後その想いをこっそり文香君に伝える。ボクには、この演説の意図が文香君に伝わればそれで良かったのだった。





やりきった。これで、ボクは文化委員長の責務を全うしたのだ。


言葉に出来ない達成感が自分を包み込んでいた。




あとは全力で勉強して、千聡先輩のいる堀川高校に合格することが、今のボクの最大目標になった。

挿絵は、優也先輩にポニーテールを勧められて文香が手でポニーテールを作り、優也先輩に見せた時のイラストです。

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