伝統の継承者編
あれから約一年が経過した。千聡先輩は見事に堀川高校に進学し、ボクは中学三年になった。
一年で最も過ごしやすい十月初旬、新しい生徒会が発足される時期になった。
ボクが現在所属している生徒会では、昨年下級生ながらに副会長に任命された五十嵐君が、新しく文化委員長に立候補することが決まっていた。
今回の生徒会選挙の立候補者の顔ぶれを見る限り、大本命と言っても過言ではなかった。五十嵐君は性格も良いし、生徒会の先輩方にも可愛がられ、また同学年の生徒にも人気があった。それに何と言っても、彼にはこれまで生徒会で培ってきた実績がある。
ボクはてっきり五十嵐君が生徒会長になるものと思っていたくらいなのだった。
「おまえ、何で文化委員長なんだよ、おまえだったら生徒会長にもなれるのに」
「辞退しました。でもどうしてもお偉方の先生たちは、僕に生徒会に入って欲しいみたいなんで・・・。まぁ文化委員長くらいならやってもいいかなって思ったんです」
(本人に向かって文化委員長くらいとはどういうことだ)その言い方にちょっとピクッときたボクだったが、大人なボクは聞き流すことにした。
「おまえ、応援演説はどうするんだよ」
「菊池先輩の手を煩わせるわけにはいきませんよ。もう既にクラスメイトに依頼しています」
「そうなのか。分かった」
こいつなら、確かにボクの助けなど全く必要ないだろう。さっきの発言も悪気があって言っているわけではなさそうだ。
これで、とうとうボクの文化委員長としての役目も終わるんだなと思っていたが、そうではなかった。
生徒会室の入口の扉が開き、秋の爽やかな風と共に二人の女の子が部屋の中に舞い込んできた。
キョロキョロと辺りを見渡した二人がボクと目が合うと、ボクの目の前まで二人は歩いてきたのだった。
この瞬間から始まった。
ボクの文化委員長としての伝統の引継ぎがこれから始まるのだった。
「綾小路文香です」
何か見覚えのある子だなとは思っていたが、名前を聞いてボクは一気に思い出してしまった。なんと一年前に対戦した選挙の対戦相手の女の子だったのだ。
ちょっと垂れ目でかわいらしい顔をしているが、髪の毛が多く全体的にボサッとしていて、おとなしい印象を与える子だなと思った。
「あの、菊池先輩に私の応援演説をお願いしたいんです」
言葉も消え消えに文香と名乗る女の子が続きを話し始める。
「どうしてボクに応援演説を?」
「有希ちゃんの強い推薦なんです」
となりの有希ちゃんがおずおずと手を上げる。有希ちゃんと言われる子は小松有希だった。
こちらの顔は昔から知っている。言わずと知れた現生徒会長、小松直樹の妹だ。さすが小松家の血を引いているだけあって、こちらも文句の付け所のない顔立ちをしている。
昔はどういう訳かボクがまだ小さかったころ、小松家の家族と一緒に何回か遊びに行ったことがあったのだ。確かこの子の子守りを良くしていた記憶があり、知らない間に懐かれてしまっていた。まさに懐かれたという表現がぴったりで、遊びに行ったときには知らない間にこの妹はボクの後ろをついて歩くようになっていた。しかし、それも小学校四年くらいまでで、それ以降は、小松家と遊びに行くことはほとんどなくなっていた。
当然この妹とも遊びになど行っていない。その為、この子とまともに話しをした記憶は、ほとんどなかった。
「昨年の生徒会選挙はすごかったですね。実に全校生徒920名の内、900票以上の票を集められたのは優也くんだけでした。先生方に聞いても生徒会選挙で900票を超えた人は過去に一人もいないって言ってました。
あのインパクトが忘れられません。ウチのお兄ちゃんなんか過半数がやっとでしたから、優也くんの足元にもおよびません。優也くんだったら、絶対にフミちゃんを助けてくれるって思ったんです」
文香君とは対称的に、有希ちゃんが目を輝かせながら力説してくるのだった。しかも、あまり話した記憶が無いのに直樹の影響なのか、ボクを「優也くん」と、下の名前で呼んでくる。
「直樹は、立候補者が他に三人もいたんだから比較にならないよ。それにボクの時はあい・・・。」
相手に恵まれたと最後まで言うことはできなかった。その楽勝した張本人が、目の前にいるのだ。
ボクは考えた。この子の応援演説を引き受けても本当に良いのだろうか。
この綾小路文香は職員室に呼ばれたわけではない予定外の子だろう。今年の文化委員長には、あの大本命、元生徒会副会長の五十嵐君が既に立候補しているのだった。おそらく彼は職員室に呼ばれているに違いなかった。普通に考えて勝てるはずのない相手だ。
「キミは、去年も文化委員長に立候補したよね。なぜそれほど文化委員長にこだわるの?文化委員長になって何かしたいことでもあるのかい」
この質問に文香君が大きく息を吸って断言してきた。
「弁論大会に出たいんです。昔、兄が弁論大会に出たらしくって、私も同じ経験がしたいんです。でも弁論大会に出るには、文化委員長になる必要があるって、片山先生がそう言ってたんです」
ボクはこの子のその発言に軽い感動さえしてしまった。先ほどまではオドオドしていたのが嘘のようにはっきりと文香君は言うのだった。この子には文化委員長になって明確にやりたいことがある。しかも弁論大会だ。
ボクにとって、かけがえのないあの瞬間。千聡先輩に心を奪われた弁論大会。一年前のあの感動が走馬灯のように蘇ってきた。
何かしたいことがある訳でもなかった自分とは大違いだった。おそらく、職員室に呼ばれたと思われる五十嵐君も、文化委員長として特に何かをやりたい訳ではないだろう。そう思うと、ボクはどうしてもこの子に文化委員長になって欲しくなってしまった。
心が熱くなってきた。
現文化委員長が応援演説をすると、その候補者は必ず当選するという伝統。
ボクが文化委員長の伝統を引き継ぐのはこの子だった。この子しかいなかった。全身全霊をかけてこの子にボクが千聡先輩から受け継いだ全てを引き継ごうと心に誓うのだった。
「よし、分かった。キミの応援演説を引き受けよう」
ボクは綾小路文香の手を取り、力強く握手を交わすのだった。
イラストは自分のイメージをAIイラストと言うアプリを使用して作成しました。
菊池優也の前にいきなり二人の少女が現れたところです。右の茶髪が文香、ブロンドヘアーが小松有希です。




