黒の勇者と白の勇者とちょっとした油断3
「二本、53,42」
右に一発、左に一発。
それぞれ違う種類の魔物の群れに火の粉が舞い、雷が跳ねる。
高価な攻撃はしかし効果が薄く、人ほどもあるジャイアントワスプはその巨体に見合わない俊敏性で火の粉を回避し、燃え盛る鳥であるフレイムイーグルは炎の羽でもって稲妻を打ち払う。
「『ヒール』近づいてください!!」
約100金貨が牽制程度にしかならない様子にがっくりしながらクルスの指示に従う。
『フェイスシールド』
そうクルスが叫んで盾を掲げるとクルスの周囲に光の膜ができ、魔物が膜の外に遮断された。
聖戦士のスキルの一つである『フェイスシールド』はシールドとあるように大きな光り輝く盾を作り出すスキルだ。
魔法と違って精神力の消費もなく、発動のトリガーも盾や武器を掲げてスキル名を唱えるだけの手軽なもの。
負担が発動した者にそのままかかることを除けば完璧なスキルと言っていい。
「このまま通路にそって戻ります」
「うん、敵を正面に限定しよう」
左手に掲げた盾を常より重そうにしながら顔をゆがめて言葉を発したクルスに即答する。
三叉路の両方から、こちらから見たら横合いから挟撃を受けた現状で一番ましな選択肢だろう。
横合いの道から奇襲されたのは不幸だが、前後に挟まれるよりは幾分かましということを考えれば不幸中の幸いと言っていいかもしれない。
「じゃあ、あれやるから目と耳気を付けて」
僕が『ブレイク』と4回唱えるのを聞いてからこくりとうなずいたクルスが盾を下げると光の膜がすうと消えていく。
よし、これで射線が通る。
「23金貨二倍キャンペーンで、ついでに28金貨ももってけ泥棒」
視界の端でクルスが対策をとった様子を確認しながら左に二発、くるっと片足で華麗にターンして右にも二発『フラッシュ』と『ソニック』を撒いて、目を閉じて耳をふさぐ。
合計51金貨相当の簡易スタングレネードは便利だが世界の傷を下に進んでいくにつれて効きが弱い魔物も増えてきた。
この階層に入ってからは大体5秒と言ったところ。
5秒でこの数を倒す隙にはならなくても撤退する隙はある。
近距離からの遭遇戦から始まった戦いは敵による挟撃を経て今や撤退戦の様相だ。
だからこその使い時と言える。
「今のうちに走って逃げるよ」
その一言の前から準備していたクルスが剣と盾を持ったまま走り出す。
軽装の僕と中装のクルスでは僕の方がわずかだが足がはやい。
弓を小脇に抱え込むとすぐにクルスの横に追いつく。
「どこか宛はありますか?」
クルスの声を聴いて頭の中に候補が二つ浮かぶ。
どちらにもメリットがあってデメリットがある候補だ。
「迎え撃つのと逃げ続けるのどっちがいい‽」
結局決めきれずにクルスに判断を仰ぐ。
「向こうの方が足が速いみたいですよ」
チラッと後ろを見てもう迫りつつある魔物たちに『ブレイク』と唱えてバックステップからの牽制の矢を一本放つ。
『ファイアー・ボール』の爆風を背に背負いながら前に向き直って会話を続ける。
「簡単には撒けない以上、正面からから新しい魔物にもう一回奇襲されるよりはましか」
考えるまでもなく実質選択肢が一択だったようだ。
「そういうことです」
クルスのうなずきを見ながら、後ろの魔物との距離を測り念のために矢を二本、もう一度番える。
「『ブレイク』『ブレイク』48金貨相当スタングレネードっと」
二回目はより効きが悪くなるが牽制程度にはなるだろう。
「じゃあ、次の横穴を曲がるとすぐに行き止まりがある。そこで迎え撃とう」
そう言ったときにふと嫌な予感がして、走りながら腰から丸めた地図を抜いてざっと確認だけをする。
現在地から見るに次の横穴で間違いはなく、どうやら杞憂だったようだ。
「うん、目の前の穴で大丈夫」
うんうんとうなずくことでいやな予感を振り払う。
「心配ですね」
「ちゃんと確認したから大丈夫だよ」
笑いながら言ってくるクルスに口角だけ上げて返しながら先に横穴に飛び込む。
そのまま前転で勢いを殺しながら180度向きを変えるとすぐに弓での射撃体勢を整える。
魔物が顔を出した瞬間に一撃入れるためだ。
僕に続けてクルスが横穴に駆けこむ。
だがなぜかクルスの顔は驚愕に染まっていた。
「ミーア後ろよ!!」
そこにあったのは五対の赤い目。
スピアーラビット。
ギルドの資料によると主に四層に現れる魔物で気を付けるべきは強靭な足腰と頭に付く鋭い槍による初撃必殺な一撃を持つウサギ型の魔物。
でも、元となったウサギの臆病さのせいか追い詰められない限りは攻撃してくることはなく、戦闘になっても初撃さえいなせば一撃でやられ、やられなくとも勝手に逃げ出すなんてことはない魔物だ。
これほど窮鼠猫を噛むという言葉が似合う魔物はいない。
だから猫がこの臆病な鼠を袋小路に追い詰めなければ噛みつこうという気の迷いすら起きない魔物なのだ。
かといって猫と鼠には大きな戦力差があるのもまた事実。
実際、スピアーラビットの一撃は三階層まで降りてこられた冒険者の人にとっては落ち着けば余裕をもって躱せる程度だろう。
もちろん何度もスピアーラビットをあしらってきたクルスにとっても同じはずである。
いや……はずであった。
スピアーラビットの射線から僕を突き飛ばすという一動作さえなければ余裕をもって避けられたはずであったのだ。
「危ない!!」
その声とともに体重も軽く軽装の僕が中装のクルスに体当たりをされ、物理法則にしたがって宙を飛ぶ。
だが、アクロバティックな戦闘を行えるほど鍛えた三半規管と視神経はことの一部始終をまるでスローモーションのように見せてくれた。
僕の立ち位置とクルスの止まった位置が違うせいか一匹の攻撃はクルスに避けられる。
左足を踏ん張りながらクルスが反射的に振った右手の剣に一匹は横合いからたたきつけられて右手側の壁に弾き飛ばされる。
剣を振った反動で少しだけ地面に向かって斜めに構えられた盾に防がれて勢いをそのままに一匹が地面にたたきつけられる。
クルスの上半身に生じたねじれのせいで鎧に当たる角度が悪かった一匹が鎧に弾かれて滑り行きがけの駄賃に僕の頬をかすりながらも後ろに逸れる。
だが最後の一匹は避けられもせず、弾き飛ばされもせず、防がれもせず、逸れもしなかった。
その最後の一匹の攻撃はクルスの胸にえぐるような回転を以て吸い込まれていった。
地面に着地すると同時に受け身を取り、起き上がる時間ももどかしくポケットからすぐさま矢に装着されていない独特な形状の魔石をとりだして方向に気を付けながら入口に叩きつけてから手にかかる衝撃を気にせずに籠手で叩き壊す。
地面に一瞬だけあらわれた金色の魔法陣は中級魔法の『ストーン・ウォール』のもの。
その名の通り魔方陣から現れた石の壁は穴をふさぎ、一時的に密室となるはずだ。
「クルス、大丈夫!‽」
その魔法の発動を最後まで見届けもせずにクルスの方を振り向く。
「大丈夫じゃないみたいね」
そう困ったように笑うクルスの体は純白の光が漏れており点滅していた。
この話の後半から次話にかけてはプロット構想時点から勝手に頭に浮かんで来たシーン
ようやっとここまで来たか……




