『白』は告げる
心情描写はむずかしい
出来ているといいんだけど
「いやはやまいっちゃったわね『ヒール』」
右手から流れ出る癒しの光が胸に吸い込まれ一時的に胸のから漏れ出る純白の光が弱まる。
「この状態でも一応魔法が効くみたいだけど『ハイ・ヒール』」
左手で組んだ印によって効率を無視して自分が唱えられる強い回復をかけてみる。
天使の血は強い回復魔法の効果をもたらす。
それは魔法適正という数値でちゃんとあらわれている。
だから今は普通の人間に比べると何倍も強い回復魔法を唱えているはずなのに手で水を掬って割れたお椀に注いでいるような感覚しかない。
それとも自分で自分に輸血していて総量は刻一刻と減っていると言った方が近いかもしれない。
そんな先の見えない絶望を心に押し込め、塗り固めながらこまめに『ヒール』をかけて行った方がいいという結論を出す。
「なぜか足も動かないし、維持するのが限界でこの調子だと直りそうもないわね」
しばらく一言も言葉を発していない目の前の少女の顔に浮かんでいるのはどんな意味を持つ表情だろうか。
そして自分の顔は今どんな表情をしているのか。
ちゃんと笑えているだろうか。
感覚がゲシュタルト崩壊してまるでバラバラにされたパズルのようにかみ合わない。
「私も簡単にあきらめるつもりもないけど『ヒール』。たとえ死んでも本望だからクルスをおいて先に行きなさい。魔王はお願いね」
なぐさめではないそれは紛れもないクルスの本心だ。
小さいころから聖騎士としての教義を叩き込まれたクルスにとっては他人をかばっての最期。
この状況は理想的だとすらいえる。
「クルスじゃなくておまえはどう思ってんだよ」
ぽつりと少女の可愛らしい口から漏れたのは乱暴な男言葉。
本音を話せということなのだろう。
でもその聞き方では却下せざるを得ない。
「『ヒール』あら、私はクルスでクルスは私よ」
「違うだろ。クルスとおまえは違う。お前も心の中でそう思ってるはずだ」
そっか気が付いていたのねとも思う。
隠しているわけでもなかったが気が付かれていないとは思ってた。
確かに『クルス』は私の一部だが『私』じゃない。
でも、それを認めるわけにもいかない。
理由はいくつかあるが最も重要なのはそれが裏切りだからだ。
「『クルス』を演じているうちに『私』は『クルス』になったのよ。『ヒール』だから『私』は『クルス』。あなたと同じように」
あなたと同じようにという部分を強調して言う。
「『僕』と『俺』は違う。演じてはいるが外面をそれっぽく見せているだけだ。結局『僕』の中には『俺』がいる」
そう言って目の前の少女は否定の意を以て頭を振る。
「だがおまえは違う。『クルス』の後ろに糸を引いている『おまえ』が見える」
言いえて妙だ。
中と後ろ似ているようで違うそれは自分を客観的に見ているのか主観的に見ているのかの違い。
「根拠は何かしら‽」
サスペンスドラマで名探偵に犯人だと告げられた後の真犯人のようにあきらめも悪く続ける。
「だからいつかも言っただろう。そもそも『クルス』は『女性から見て理想の男性』だ。外から女性の視点で見てなければそんなことは演じきれない。どうだって俺みたいに中途半端になっちまう」
想定内の答えが返ってくる。
この程度かという失望とこれで済んだという安心がないまぜになって次の言葉を紡ぎだす。
「それだけじゃ証拠にならないわね『ヒール』そう言う男性だって」
「だけどそれは一部でしかない。決め手はもう一つある」
おもわず心臓が跳ねる。
安心したところを狙い撃つなんて性悪だ。
「『ヒール』参考までに聞かせてもらおうかしら。いつかの夜のように」
目の前にこくりとうなずく少女の顔。
ここまで来ると当ててほしいのか当ててほしくないのか自分でもわからなくなってくる。
「おまえ無意識かどうか知らないが最初に会った時から一人称が『私』なのに、質問に答える時とかにたまに『クルス』になってるぜ。まるで『クルス』はそうでも『おまえ』は違うかのように」
さもすべてを知っているかのように告げられる言葉。
「だからこそ『クルス』じゃなくて『おまえ』の気持ちが知りたい」
敬語という鎧がむかれた状態はもろく、それでもと固く固く塗り込んでいた心が打ち砕かれる。
「……本望なわけないじゃない」
そのたった一言をきっかけにして抑えていた言葉が噴き出す。
「なんで私はここにいるの‽なんで男になってるの‽この私のじゃない記憶はなに‽クリック一つで異世界に飛ばされるなんてワンクリック詐欺にもほどがあるわ!!こんなわけわかんない世界に飛ばされるとかほんとうにわけわかんない。魔法って何‽物理法則で説明してよ!!魔物‽動物と似たようなものなのに何で死体が残らないの‽魔王‽どこの王なのよ!!魔ってつければなんだって許されるわけないじゃない!!痛いのは嫌だ、戦うのは嫌だ、家に帰りたい、元の世界に帰りたい、こんなところで死ぬなんてまっぴらごめん!!勇者になんてなりたくない!!明日には学校もあった、明後日にはデートもあった、週末には楽しみにしていたバーベキューパーティー、月末には嫌いだったテスト!!帰りたい帰りたい帰りたい!!」
ふと体中から力が抜ける感覚がして慌てて『ヒール』を唱える。
自然に入った一呼吸のおかげでヒステリーを起こしている自分を客観視して落ち着くことができた。
恥ずかしい姿を見せてしまったと前を見れば少女は目を閉じて私の言葉を聞き入っていた。
「……でもね、そんな私でもそっとそばにいてくれて、そして私のために死んでしまった人もいるのよ。その人たちのためでもないけど、だから私はクルス。他の誰でもないわ」
少女は納得したかのようにゆっくりとその墨のような黒さと宝石のような輝きを持った目を開けるとすっと口を開いた。
「別にお前がクルスを演じるのをやめろって言っているわけじゃない。ちょっと覚悟したかっただけさ」
その過去形の言葉に違和感を感じる。
『したい』『した』でもなく『したかった』。
まるで今までの言葉が覚悟に必要なのだというように聞こえる。
「何を……する気‽」
私の問いに少女は右足を軸足にして左足で地面を軽く蹴ってターンをして背を向ける。
「この壁、『ストーン・ウォール』の魔石は意外に不便でな、一度貼ると一定時間解けることはないんだ。今回の場合だと大体20分ぐらいだからもうすぐだな」
その魔石の魔法から生じた壁をこんこんと叩きながら返された言葉は問いに対する答えではなかった。
私は急な話題の転換について行けずに言葉を返せず瞬きだけを返すことしかできない。
「その魔石は10個ほど買ってあるからだいたいあと3時間ってところか。その魔石とお前をここに置いていく」
だんだん少女が何を言いたいのか理解が追い付く。
そして、それを止めなければという気持ちも。
「それだけ時間がありゃ急げばここから一階ぐらい突破して次の街に行って助けを呼んでくることができる。その様子だとまだ回復は効きそうだし魔法薬も全部置いていけば精神力の方もどうにかなるだろ」
くるっと同じようにターンをしてこちらに向き直ると危惧していたことを何でもないことかのように告げられた。
「魔法薬もなしにあんた一人で突破できるわけないじゃない。ここまでクルスがいたからどうにかなってたのに。一人じゃ消耗が段違いよ」
カバンを降ろしてポーションを地面に並べていく少女に反論をする。
「一人で突破するんだから身軽な方がいいし、そもそも反論は聞かない。ああ、弓も置いていった方がいいかかさばるし」
魔法薬を地面に並べきったと思うや今度は弓を地面に投げ捨てると矢筒の矢を抜いて魔石矢を片端から詰め込み始める。
「それでも二人で共倒れになるよりは一人でも助かった方が……」
「RPGのRは役割のR。本来僧侶は癒すのが仕事。戦士は僧侶の前で戦うのが仕事。だから僧侶は他のことを戦士に任せてけが人の治療に専念していなさい」
言葉を途中で遮られてよくわからない理論を並べられて少しだけ唖然としてしまう。
今まで前で戦ってきたのは僧侶のクルスの方だから理論はとっくに破綻しているのになぜか自信満々に矢を詰めていく少女に何も言えなくなる。
「あとは俺に……いや僕に任せなよクルス」
最後の矢を詰め終えて矢筒をいつもと左右逆に背負うと急に軽い雰囲気になった少女は一つウィンクをするときらめいて溶けだした壁に向き直る。
「じゃ、行ってくるね」
その手を上げた背中が見えたのは一瞬だけですぐに新たな『ストーン・ウォール』が発動して見えなくなった。
少女が発動していた『ライト』の魔法がない癒しの光だけが輝く中でしばし唖然としているとなぜかくすりという笑い声が漏れ聞こえた。
誰が出した声なのだろうと剣を握りしめて目だけを左右に振ってみても壁の内側には私しかいない。
じゃあ壁の向こうからかと考えた時にふと自分の口が笑みの形をかたどっていることに気が付き驚く。
一瞬だけ敵かと緊張したのが馬鹿馬鹿しい。
そう思いながら剣を投げ捨てる。
「もう少しだけ、あと3時間だけ足掻いてみましょうか。頼みましたよミーア」
あいも変わらず割れた椀に水を注ぎ続けるような先も見えない作業だが、その時の椀に注ぎ込まれるものの一つには確かに希望があった。
改めて真ん中の言葉の羅列を見直したときになんかすごいデジャブを感じた。
無意識にどっかからパクってない……よね‽




