兎の穴倉
レオ率いるラビットメイル運送は、不慮の戦闘により赤字が確定してしまう。
リスクの少ない仕事で細々と生計を立てていく為に、レオ、リア、ジミーの三人は頭を抱えることになるのであった。
正確に言えば、頭を抱えているのはレオとジミーの二人だけ、かも知れない。
リアにはリアのやりたいことがあるのだ。
ラビットメイル運送が所有する拠点には、窓が殆どない。故に、朝日が昇ろうとも薄暗い照明だけが部屋を照らしている。
理由は二つ、一つ目は安かった。二つ目は、人の目を遮る為だ。
リビング兼格納庫と化しているだだっ広い部屋で、ラビットメイル運送の三人は過ごしていた。
まず目に入るのは、中央に鎮座するid、《ラビットリッパー》だろう。今は、その隣に確保した《ゴブリン》やその武装が並んでいる。そこには小柄な少女が、リアがいた。
庭師……ガーデナーであるリアは、小さな手足で器用にidを検分していく。
報酬次第で何でもやるし、何でもやらされるランサーにとって、もっとも重要な商売道具はidに他ならない。そしてそのidを整備し、改造出来る庭師……ガーデナーは、ランサーにとって重要な人材だ。
レオは適当なパイプ椅子に腰掛けながら、リアの作業を眺めていた。
ここに窓はないし、正面の二重ゲートも締め切っている。故に光は届かず、故に。リアはガスマスクを外すことが出来る。身体の線を隠す為に着ているパーカーも脱いでおり、長袖のシャツとショートパンツといった出で立ちだ。動く度に黒髪が揺れ、大きな赤い目が作業に合わせて振れている
この狭い格納庫は、リアが素顔で過ごすことが出来る数少ない場所なのだ。
もっとも、作業によってはそれすら出来ない。正面の二重ゲートを開け、換気設備もフル稼働させたり、そもそも屋外でやる場合もある。
だが、とレオは意識を切り替えた。長期的な問題、願望はさておき、今は即座に解決すべき問題がある。
レオはリアから目を離し、少し離れたデスクにいる、くたびれた男を見た。
「ジミー、儲け話は聞こえてこないのか?」
レオの問いにくたびれた男は、ジミーは肩を竦めてみせる。
小綺麗なスラックスにシャツ、チョッキを身に着けており、ともすればキザな印象を与えかねない服装に言動をしている。しかし齢六十を越え、どこか愛嬌のある顔をしているジミーのそれは、むしろ好感の持てる要素となっていた。
ジミーはこつこつと自分の耳、そこに付けられているイヤホンを小突く。
「今日は平和なもんだ。チンピラが小競り合いをしているだけ。ハイエナには向かんな」
ソナーマンであるジミーは、常に音を聞いている。ありとあらゆる所に埋め込まれたソナーブイや、ランサーが独自に敷設したソナーポイントを経由し、耳で戦場を読み解く。
こちらもランサーにとって、なくてはならない役職だ。音を失うことは、道標を失うことに等しい。
レオは溜息を吐く。ジミーの言ったハイエナとは、言わば戦場での死体漁りだ。武力衝突が起きた場合、まず間違いなくid同士が戦うことになる。しかし、idには稼働時間が短いという弱点が存在している。ジェネレーターの燃料効率と、携行武装による問題だ。
そして、戦場において数の有利は絶対となる。長きに渡る戦闘と淘汰によって、idの戦術は一点へと集約した。
相手が補給するのであれば、こちらも補給すればいい。idの稼働時間は、機種によって差はあれど大きくは変わらない。
両部隊が補給へと引き、またそこへなだれ込むまでの僅かな時間……スポットタイムを見計らい、戦場で擱座したidや武装を掠め取る。これが、ハイエナと呼ばれる一般的な仕事だ。
リスクなく稼げる一方、実入りは少ない上に出来不出来の差が大きい。何より、チンピラの小競り合い程度では、転がる残骸も大したことはないだろう。
「となると、地道に足で稼ぐしかないか」
レオは携帯端末を取り出し、それを操作する。端末の横には回転式のスイッチが付いており、それを回すことで画面をスクロールさせていく。
改めて確認しても、事実は変わらない。教会から受けている定期の運送依頼は一ヶ月先だ。生活の為に、新規で依頼を見つける必要がある。
レオは切断痕の残る《ゴブリン》を見据えた。粗悪なパーツで構成された《ゴブリン》は、もっともありふれたidであり、もっとも安価な機動兵器だ。赤字を埋めるパワーはない。
リアは《ゴブリン》から一歩離れ、携帯端末を向け写真を撮っている。別アングルからもう何枚か撮影し、内装の様子も撮っていた。
「でかく稼ぐのは考えない方がいいぞ。小さな仕事を幾つかこなす。出て行く額を抑えるようにな」
ジミーの助言に、レオは黙って頷く。リスクとリターンが噛み合った、ちょうど良い依頼を見抜く力は。ジミーに散々叩き込まれた。
それこそ、今回の赤字額を帳消しにするだけならば。危険度の高い依頼を一件こなすだけでいい。それを達成するだけの能力も培ってきた。
だが、それをすれば多くの危険を抱える。教会や商会に目を付けられたり、個人的な恨みを買ったり。それは避けたい。
「うちはあくまでも運送屋。だろ?」
レオはジミーにそう告げる。ジミーは短く笑い、何度も頷く。
そんなやり取りをしている内に、リアがふうと息を吐き、こちらを見た。
「チェック終わったよ。ボクの見立てだと、セントラルキャッシュ換算で90cc、商会のアントメダル換算で8Aってところ」
レオは顔をしかめる。一日の食費が10cc程度と考えると、あまりにも安い。高額ではないと分かっていたが、実際の額を聞くと堪える。
「三桁もいかないのか……」
「そもそも《ゴブリン》って商会製だから、ccで取り引きすること自体が無理筋だよ」
ここ、教会通りではセントラルキャッシュ、ccを一般的な通貨として使用している。商会は商会で、独自の通貨を用いているのだが。そちらはあまりお世話になっていない。
「というか、だとしても8Aって。そもそも《ゴブリン》を商会で買おうと思ったら、50とか80ぐらい掛かるんだぞ」
レオの意見に、リアは楽しげに笑う。
「だから8Aなんだよ。8Aで買い叩いて、50Aで売る。こっちが二桁いかない理由は分かるよね?」
レオは嫌々頷く。
「10も掛かるなら、その額でランサーを雇って洗いざらい奪った方が速い」
ご明察、と言わんばかりにリアはこちらを指さす。
「とりあえず、査定の参考資料をギアホに送るね」
リアはそう言って、手元の携帯端末を操作する。数秒もしない内に、レオの手元にある携帯端末が振動した。この携帯端末の正式名称はギアードフォンと言うが、リアは略称で呼ぶことが多い。
レオは名前の由来ともなっている端末横の回転式スイッチを操作し、送られた内容を確認する。写真と簡潔な状況説明、これだけあれば充分だろう。
レオは《ゴブリン》と、そいつが装備していた突撃銃、スコールをそれぞれ指さす。
「よし。こいつと、スコール二丁とその弾薬。とりあえず、これを金に換えよう。俺とジミーで行ってくる」
「んあ、それなんだけど」
レオの言葉に、リアが待ったをかける。
「スコールはいいんだけど、《ゴブリン》はちょっと待って欲しくて。というか、売るのジャッキーだよね。状態のいい、綺麗な操縦用インターフェイスと座席。あったら買ってきて」
リアは《ゴブリン》を親指で指さす。
「それがあれば、これを動かせるようになるよ。安く売っちゃうより、なんかの役に立つかもよ?」
「なんかって、《ゴブリン》だぞ?」
レオはそう言って問う目を向ける。今使っている《ラビットリッパー》と比較した場合、天と地程の性能差があるのだ。
「そうだけどお。何があるか分かんないじゃん」
リアはそう言いながら身体を左右に揺らしている。根拠の薄い言葉に、その態度。レオはなるほどと納得する。
リアは多分、いじることが出来る玩具が欲しいのだ。
「ねー、だめ?」
リアの問いに、レオは溜息を吐く。
「……ジャッキーのところになければ、それで終わりにする。これ以上は譲歩しない」
「うんうん! あるといいね!」
リアはぴょこぴょこと跳ね、感謝を示す。レオは再度溜息を吐くと、出発しようとジミーを手招いた。




