もう一つの仕事
作業は単純であり、つつがなく終わることが出来た。トラックから物資を降ろし、空いたスペースに食糧を積む。これを教会に納品すれば、仕事は終わりだ。
荷物がきちんと固定されているかどうか、漏れがないかを、レオは自分の目で見て回る。これも、ジミーから教わったことだ。
「問題なし。挨拶して出るか」
腰に手を当て、レオは満足げに頷く。あとは代表であるオウサムに、一声掛けてとんぼ帰りだ。
『レオ、今いいか?』
ヘッドセットから声が響く。ジミーの声だ。このタイミングでの連絡は、まず間違いなく面倒ごとだろう。
「トラブル、だよな」
肩を落としながらレオは問う。
『ああ。悪い予想が当たりそうだ。例のチンピラ、場末のランサー同士の小競り合いだな。これ自体は収束、どっちが勝ったかはまあ、どうでもいいんだが』
確かにとレオは頷く。意地とプライドで殴り合ってるだけの連中だ。こちらの事情とは関係がない。
『問題は、負けた方の連中が散り散りになって逃げやがってな。運の悪い事に、一機そっちに向かっている』
レオは少し考え、集落の方を見る。
「そっちって言うのはハーベルか? それとも輸送ルート?」
『ハーベルだ。地形、音の感じからして、ほぼ間違いなく集落に辿り着く』
溜息を吐きながら、レオは再び考える。状況は単純、ここハーベルに敗残兵がやってくる。気が立ったチンピラが何をするかは、想像に難しくない。
契約にはない状況だ。慈善事業をやっている訳ではない。ランサーとして正しい選択は、今すぐここを立ち去り、仕事を終わらせることだろう。
「……今回はケチが付いたな。代表に話を付けてくる。リー、ちょっといいか!」
レオはトラックにいるだろうリアを呼ぶ。リアは窓から手を出し、ひらひら振っている。
「トラブルだ。《ラビットリッパー》の準備を頼む」
リアの手はぴたと止まり、親指を立てると引っ込む。レオは頷き、再び集落へと歩き出す。
「ジミーは敵の状況を都度報告してくれ。先回りするようにしたい」
『はいよ。損して得を取る、商売の基本だ』
心得ていると胸中で返し、レオはハーベルの代表であるオウサムの姿を探す。
契約にないのならば、契約を作ればいい。
オウサムは二つ返事で同意し、レオとリアは集落を後にした。
森の奥深く、トラックが悪路を踏み越えていく。集落から離れるような位置取りをしながら、レオは運転を続ける。
「これが今回の契約書かあ。ま、分かってたけど少ないね」
契約書を眺めながら、助手席にいるリアは率直な感想を言う。ガスマスクは外しており、赤い眼は文字を追いかけている。
「ハーベルはそこまで裕福な訳じゃないからな。その額だって、殆ど代表の懐から出てる」
信頼と契約の押し売り……ジミーの教えの一つだ。もっとも、それが成り立つのはジミーの人脈あってのことだが。
集落への危機が迫っているという話に対し、代表であるオウサムは迷った様子もなく新たな契約を受け入れた。何年も同じ仕事をしてきた信頼と、旧友であるジミーとの縁が、この結果をもたらした。
「まあ正直赤字だな。元々、この輸送任務は実入りが少ない。id一機動かしただけで、儲けが吹っ飛ぶ」
でも、とレオは続ける。
「やれるだけはやった。そこにも書いてあるだろ。物品の譲渡」
「あるね。やっぱり食糧がメインか。まあ食べ物は嬉しいね、しばらく極貧生活だろうから。あとは……何か知らないのがある」
ふふんとレオは得意げに鼻を鳴らす。
「そこら辺の奴が目玉。具合の良いスキンケア用品だ。しかも新品。お前がうまく使ってくれ」
おお、とリアは感嘆する。しかし、すぐに怪訝そうな顔になる。
「ボクは男だって周りに言ってるのに、化粧品を貰ったの? 大丈夫なのそれ? まさか自分が使うとか言った?」
リアの問いに、レオは短く笑う。
「違う違う。最近出来た彼女への貢ぎ物が欲しい、そう要求した。交渉ってのはこうやる」
「ふうん、なるほどね」
リアがちらとレオを見る。
「で、彼女出来たの?」
「そんな訳ないだろ?」
リアの軽口を、レオはそう言って笑い飛ばす。
「ま、次に聞かれたら派手に振られたって筋書きでいく。リアもそんな感じで合わせてくれ」
嘘をつく際のコツは二つ。真実を混ぜることと、嘘を清算することだ。この場合、混ぜた真実は彼女ではなくリアに渡すということ。あとは派手に別れたことにして、嘘自体を消し去ってしまえばいい。
「分かった。まあその、ありがと。マスク蒸れるし肌も荒れるし。手入れしないと、それこそ人に見せられない顔になっちゃう」
ぺちぺちと自分の頬に触りながら、リアはそう言う。
「もっと安定して入手出来ると良いんだけどな」
性別を偽っている弊害の一つだ。嘘を混ぜないと、女性用の用品が買いづらい。
「大丈夫だよ。ボクは相手が叶えられる我が儘しか言わない」
リアの軽口に、レオは僅かに目を細める。叶えられること、叶えられないこと。その隔たりを、自分はまだ取り払えていない。
『レオ、目標が十五キロ圏内に入った。ルートは変わらん。かち合うぞ』
ジミーの報告を受け、レオは意識を切り替える。短く息を吐き、トラックを脇に停車させる。
「ここからはidで行く。リア、ここで留守番を頼む。常に回線は開いておいてくれ」
「うん、分かった」
リアは返事をしながらヘッドセットを付ける。
「何かあったらすぐに言ってくれ」
「大丈夫だよ。ここでごろごろしてるだけ。ジミーが聞いてるんでしょ?」
リアは苦笑しながらそう返す。
『ああ、周囲に音はない。我らが庭師が退屈しないよう、さっさと片付けちまおう』
レオは頷き、トラックから降りる。リアに視線を向けると、何を考えているのか笑顔を浮かべピースをした。場違いなポーズにレオは苦笑し、荷台の方へ向かう。
積み荷に占有されたスペースを闊歩し、目的の場所でレオは布を引き剥がす。
そこには食糧の入ったコンテナではなく、一機のidがしゃがみ込んでいた。
背中にあるハッチから入り込み、操縦席へ座る。準備はリアがやっておいてくれたのだろう。idのシステムは即座に立ち上がり、エンジンが唸り声を上げる。
設定を切り替え、前面の装甲を展開する。これで有視界での操縦が可能になった。
「《ラビットリッパー》、いけるぞ」
『目標の動きは変わらずだ。さっき話したルートで移動しろ』
『覚えてる? 一発でも受けたらお金がバン! だからね』
ジミーとリアの声をヘッドセット越しに聞きながら、レオは気合いを入れ直す。理由は、先程リアが言った通りだ。
「ああ。赤字を抑えつつ戦う。任せろ」
そう返し、レオは操縦を開始する。《ラビットリッパー》は軽く跳躍しトラックの荷台から降りると、森の奥へと消えていった。




