農村にて
世界はかつて広かったが、今は随分と狭くなった。そう言われているが、レオにしてみれば世界は最初からこんなものだ。
教会のお膝元であるセントラルシティ、通称CCを中心に、世界は構築されている。
「レオ! よく来てくれたな、ジミーは元気か?」
目標地点である集落、ハーベルに到着したレオは、トラックを降りて早々熱い抱擁を受けた。それなりに体つきが男らしくなったと考えていたが、筋骨隆々の大男に抱き付かれると、認識が甘かったと考えさせられる。
「変わらず元気にしてますよ、オウサムさん。そちらも……変わりなさそうですね」
抱擁を終えた大男、オウサムにレオはそう返す。彼はここ、ハーベルの代表だ。
オウサムはトラックの助手席から降りてきたリアを見て、うーむと唸る。
「リー君も相変わらずだな。ちゃんと食べているのか?」
「暑苦しいなあ。ボクは筋肉ダルマになる気はないよ」
リアはそう返す。突き放したような言い方だが、何年も相手をした末の態度だ。オウサムがリアに言う言葉は主に二つだけ。細いと、食えだ。
「だがなあ。君は細過ぎて不安になる。俺がタックルしたら、どこまでも吹っ飛んでいってしまいそうだ」
「そりゃあボクに限った話じゃないだろ。誰だって吹っ飛ぶわ」
これはこれで仲が良いと言えるのだろう。レオは集落、ハーベルを見渡す。印象は一言、のどかな農村だ。
ここハーベルはセントラルシティ外部に位置する、食糧生産を担う集落、その一つだ。本来、セントラルシティから離れる程、治安が悪化する。外部ともなればそれなりに危険だが、ここは例外となっている。悪党が欲しいのは金と食糧であって、その源泉を潰すのは悪手だからだ。
それに加え、ここハーベルは教会の目が通る。端金に目が眩んで、教会を敵に回す奴は。そもそもこの先長くないだろう。
「とにかく、歓迎するよ。君達のような信頼出来るランサーは少ない。聞いたか? またカスターとゴレイアの連中がやり合ってるらしい」
オウサムの言葉に頷きながら、レオは契約書とペンを渡す。オウサムはそれを受け取り、慣れた手付きでサインを記す。
ランサー……自由契約によって戦う、日雇いの使い捨て戦力だ。二束三文で命を張り、奪い奪われてを繰り返す。
ランサーの仕事は多岐に渡るが、その殆どが殺し合いだ。
だからこそ、こういう仕事をやる。レオがジミーに教わったことだ。実入りは少ないがリスクも少ない。稼げないが、ほどほど食うには困らない。
レオのランサー、ラビットメイル運送は、そうして日々を食い繋いでいる。
「ここまで飛び火しなきゃいいんですがね。こっちでも警戒してます。知っての通り、うちのソナーマンは優秀ですので」
そう言うレオに、オウサムは契約書とペンを返す。オウサムは笑みを浮かべ、レオの肩を叩く。
「知っているとも。ジミーの奴に、たまには顔を見せろと伝えてくれ」
もっとも、それが出来るのは自分の実力ではない。全てジミーの教えと、人脈があるからだ。
「ええ、伝えておきます。積み卸しを済ませましょう。リーは」
「適当に過ごしとく。機械トラブルがあったら呼んで」
そう言って、リアは集落の奥へと行く。性別を偽っている為、外では彼女のことをリーと呼んでいる。
レオは集落にあるid、《ジェファー》を借り、荷物の積み卸しを始めた。
CCE85、《ジェファー》と呼ばれるidは、戦闘用ではない作業用idだ。頑丈な足にキャタピラ、先端が取り替え可能な腕と、視界が開けたオープンコック状の操縦席で構成されている。
日々の農作業に使われているのだろう。土汚れが酷く、アームの挙動にも癖が付いている。だがそれも、レオからすれば慣れたものであり、トラックに積まれた物資をテキパキと降ろしていく。
それをもう一台ある《ジェファー》で運びながら、オウサムは駆動音に負けないように大きな声を出す。
「君のidは出さないのか? こんなポンコツとは比べ物にならないパワーだろ?」
レオは笑って首を横に振る。
「あれで荷物運搬なんてぞっとしないですよ。積み荷全部ひしゃげてパアだ」
冗談だったのだろう。オウサムは笑い、作業を続ける。それだけ、作業用と戦闘用のidは性能に差がある。
レオは集落の方をちらと見る。ガスマスクとパーカーの姿は、ここからでも目立つ。リアは集落の子どもと、ボールを蹴って遊んでいた。
ガスマスクのせいで、その笑顔は見えない。
レオは先程見た夢を思い返す。過去の情景は、色濃く脳に刻まれている。だからこそ、夢となって再演されるのだろうか。
助けると言った。だが未だに、リアはこの世界を自由に生きられない。
あの時の言葉、宣言は、まだ果たせてはいないのだと、レオは僅かに顔をしかめた。




