君の声
硝煙と破片。それがきっと、自分を形作っている全てだった。
見渡す限りの瓦礫と、これから瓦礫へ変わっていくであろう兵器の屍を横目に、そのidは速度を上げる。
id……インナードールと呼称される半人型兵器は、硝煙と破片の世界においては主役であり、もっともありふれた棺桶である。
全長おおよそ三メートルから四メートル程、操縦席に手足の生えたフォルムは、一見すると愛嬌があるように見えるかも知れないが。その手に人を粉々にする銃器を携え、足裏に鋭利なブレードが仕込まれているとすれば、見方も変わってくるだろう。
操縦席の上部がハッチとなっており、今はそれが半分程開いていた。視界を確保する為だ。
そこかしこに散らばる瓦礫の上を、idは滑るように進んでいく。その足跡は、二つの裂傷となって刻まれている。足裏にあるブレードが、地面も瓦礫も関係なく刃を走らせ、結果的にidは高速で進み続けることが出来る。
動いている機影はその一機のみ。周囲で黒煙や炎を上げている破片達も、同じくidだが。もう動くことはない。
進み続けるidが、ふと足を止める。かと思えば網を射出し、地面に転がっている銃器を絡め取った。ワイヤーを巻き取るようにして銃器を回収すると、またバーニアを一瞬だけ噴かして前進する。
idの操縦席で、青年が短く息を吐く。まだ成人もしていないだろう彼は、ちらと端にぶら下げたタイマーを見遣る。
『レオ、あと三分ってとこだ。何度も言うが黒字にさえなればいい。間違ってもドンパチに巻き込まれるなよ』
数字を読み取る前に、答えが向こうからやってきた。ヘッドセットから聞こえる声に青年は、レオは口元を緩める。
「ジミー。今ちょうど黒字分は取った。と思う。教会製のフェイサーが二丁。でかいランスが一つ。悪くないだろ?」
idの背面、腰の辺りには、網に絡め取られた武器がぶら下がっている。先程確保した銃もそこにある。
『ははッ! 手際がいいねえ! ならボーナスタイムって訳だ』
ジミーの声は、本人の見た目通り好好爺そのものといった趣だ。まあ、本人はそれほど年を食っていないと否定するだろう。
レオは内心で安堵する。ここから先はどう転んでも稼ぎに繋がるからだ。自分達は、この戦場とは何の関係もない。
戦いと戦いの間、互いに補給や体勢を立て直す為の後退……その僅かな隙間、スポットタイムを狙って突撃、金目の物を拝借する。
レオとジミーにとっては、立派な仕事であり食い扶持である。
レオは注意深く周囲を窺う。ただ闇雲に拾っていては稼ぎにならない。目に映る光景に値段を付けながら、レオは破壊し尽くされたidの横を通る。
その瞬間、レオは反射的にidを止めた。そのまま息を呑み、耳を澄ます。
しかし、レオが求める音は聞こえない。エンジンの駆動音が、全てをかき消してしまっている。
レオはidの電源を落とし、もう一度集中するべく目を閉じた。
『レオ? 何やってんだ? トラブルか?』
エンジン停止を察したのだろう。ジミーがそう問いかける。
「……声だ。たぶん」
たぶん、と言いながら。レオ自身は確信していた。どこからか、小さく朧気な声が聞こえる。
レオは立ち上がり、上方のハッチを背面へと押しやり、完全に解放した。そして、そのままidを飛び降りると走り出す。
『おいレオ! お前、そいつは厄ネタだぞ! ほっとけ! 仲間の誰かが助けに来る、俺らの仕事じゃない!』
分かっているとレオは胸中で返す。ただの生存者なら、自分だってそうした。だが、と顔をしかめる。
まるでかつての自分が、絞り出したような。そんな声に聞こえたのだ。何もかも破壊され奪われ、手元にあるのはライオンのぬいぐるみただ一つだけ。
そも何も持ち得なかった自分が、なけなしの全てを奪われた瞬間の声が、確かに聞こえた気がしたのだ。
「……あの時はあんたがいた」
レオは擱座したidに駆け寄り、操縦席を覗く。そこには人だった固まりが転がっているだけで、声の主はいない。
レオはそのidの背中を見据える。シリンダー状の装備、或いは棺桶……間違いない、ここにいる。
「今度は俺が」
レオはそのシリンダーに飛び付き、手探りでレバーを探し出す。それを何とか操作し、シリンダーを解放する。
円柱状の装備は、花弁が開くように四つに分かれ、その中身を晒す。
そこにかつての自分はいない。いる筈がない。だが、そこにはかつての自分以上に……全てを奪われた者がいた。
年の頃はおおよそ十歳程度だろうか。白く細い身体には、何本もの管が無遠慮に突き刺さっている。口の周りは嘔吐物で汚れ、短い呼吸を繰り返していた。鼻からも出血しており、白い服に赤い斑点を刻んでいる。
いや、それを服と呼んでいいのだろうか。身体の線をなぞるだけの、薄い皮膜のような装束だ。その皮膜は真っ白に染まっている。そう、皮膜だ。デリケートな配線を包み保護するだけの、清潔で冷たい皮膜。
人がいる、というよりは。そういう部品が蠢いている……そう感じてしまう。
その部品は、部品にされた少女は。首を動かしこちらを見上げる。血で汚れた銀髪に、血よりも煌々とした赤い眼……その見た目と凄惨な状況を前に、レオは呟く。
「……天使」
そう呼ばれている人達がいる。ただの通称だ。輝かんばかりの赤い眼をした、特別な力を持っている子ども達……ジミーの言う通り、これは厄ネタだ。
少女はこちらの、胸の辺りを見ている。目線を追うと、そこには護身用の拳銃があった。
「……それ」
少女が口を開く。声は掠れ、消えかけていたが。それでもその声色は耳に残る。
「おねが……」
少女は咳込む。びちゃりと赤い塊が零れ、白い装束を染めていく。
「こ、ころし」
肩で息をしながら、少女はレオを見据える。呼吸を整え、迷いを振り払ったのだろう。思いの外力強い眼が、真っ直ぐにこちらを射抜いた。
「……殺して。もういや」
その声は、相も変わらず掠れていたが。もう消えることはない。
その目が声が、少女の強さを物語る。
『レオ、時間だ! 何でもいいから動け!』
ヘッドセットからジミーの怒鳴り声が響く。
「……分かった」
レオはジミーと目の前の少女、二人に返事をし、拳銃を引き抜く。
そして目を閉じた少女の両脇、彼女を繋ぎ止める太い管、そして拘束を次々に撃ち抜いた。
少女は目を開き、困惑した様子でこちらを見る。レオは拳銃をしまいながら、その目を見返す。
「俺が最初に聞いた声は、それじゃないと思うんだ」
殺してという懇願も、嫌だという拒絶も。どちらも本心だろう。だが、最初に聞いた声は。
「俺が助けてやる。いくぞ」
レオは少女を肩越しに担ぎ、擱座したidから飛び降りる。
「え、ぐえ!」
着地の衝撃で少女が呻くも、気にしている時間はない。自分のidに駆け寄りながら、レオは溜息を吐く。
「ジミーごめん、今回は赤字どころじゃない」
『いいから! そいつを連れて帰って来い!』
「了解!」
レオは肯定を返し、少女一人を抱えたまま自身のidを駆け上がっていく。解放されている上部から操縦席に飛び乗り、少女を脇に放る。少女は小さく悲鳴を上げ、こちらをきっと睨む。
「た、助けるんじゃないの?」
手荒く扱われた少女の文句を、レオは真正面から受け止め、歯を見せて笑う。
「当然だ。絶対に助けてやる」
idのエンジンを始動させ、操縦桿を握り込む。タイマーを見るも、規定の時間はとっくに過ぎていた。
「突破戦になるかな」
『ポイントチャーリーを経由しろ、音が少ない』
ジミーの耳は頼りになる。レオは頷き、操縦桿を傾けると同時にペダルを踏み込んだ。idは踵を返し、再び前進を開始する。
二人分の命を乗せて。
蒼失の空_EndOfFurthest
鈍い音と共に車体が跳ね、レオは目を開く。咄嗟にハンドルを握るも、大型の輸送トラックが道を逸れることはなかった。
木の根でも踏み付けたのだろうか。自動運転システムは正常に稼働しており、レオは欠伸を一つ拵える。
「おはよ、レオ。良い夢見れた?」
助手席から聞き心地の良い声が響く。レオがそちらを見ると、夢の中でこちらを睨んでいた赤い眼と再会出来た。
「idに乗って、ハイエナをして……お前を拾ってた」
夢の内容を、レオは簡潔に説明する。赤い眼をした少女は、夢で見た姿とは大きく変わっていた。
銀髪は黒に染まっており、頬の辺りまで伸びている。本当はもっと短くした方が良いのだろうが。本人の譲れないラインとして、この長さが落とし所となった。
何より、背が伸びた。と言っても、小柄という印象は変わらない。白い肌も相変わらずだが、あの時よりも随分と血色がいい。
少女が着ているだぼついたパーカーは、白とは無縁の灰色で、所々汚れて解れている。裾には幾つかアップリケが縫いつけられており、そのどれもが少女の宝物だ。
「そりゃあリアだって、五年も経てば変わるよな」
合点がいったのか少女は、リアはああと呟き手をぽんと合わせる。
「あの時のこと? 夢で? そりゃまた難儀だね。夢の中でも仕事して、ボクの我が儘を聞いてた訳だ」
そう言うと、リアは歯を見せて笑う。リアの声は少し低く、耳によく馴染む。
あの時のリアは、それこそ十歳になるかならないか、そんな具合に見えた。正確な年齢は分からない。お互いに、自分がいつ、どのように生まれたのか知らないからだ。
「まあレオも変わったよ。もうすっかり大人って感じ」
「五年も経てばな」
少なくとも、成人はしただろう。体つきも大人のそれになったし、筋肉量も増えた。
「二十三とか二十四とか、聞かれたらそれぐらいの感じで答えてるんだっけ?」
リアは座席に放っていた端末を拾い上げ、それを操作しながら問いかける。
「大体その辺りだな。時々三十歳にもなるし、十九歳にもなる」
「無理あるだろそれは」
けらけらとリアは笑う。夢の中の少女は、随分と表情豊かになった。
だが、とレオは僅かに唇を結ぶ。リアはあの日から今に至るまで、ずっと檻の中にいる。
端末のカメラ機能を使っているのだろうか。手鏡代わりに画面を覗き込み、毛先をいじっているリアは、どこからどう見ても普通の女の子だ。
レオは気付かれないように溜息を吐くと、トラックの自動運転機能を停止させ、ハンドルを握る。
「そろそろ集落が近い、道が荒れるから注意しろ。それと」
「分かってる、これでしょ」
リアは足下の鞄を探り、黒い物体を取り出す。それは大仰なガスマスクであり、リアの顔だ。
リアは手慣れた様子でガスマスクを装着し、パーカーのフードを被る。
「はい完成。かわいい?」
リアはこちらを向き、手でピースを作った。笑顔を浮かべているのだろうが、ゴムの皮膜と曇ったレンズしか見えない。リアの素顔を構成する要素は、フードから出ている黒髪と白い肌のみだ。
「さっきまでの方がかわいかったな」
「なんだよもう。へへ」
足をパタつかせながらリアは笑う。マスク越しのくぐもった笑い声が響く。
人前に出る時は、変装するよう指示している。彼女の出自は金になるからだ。顔を見せないようにするのが一番だと、そう判断した。
「酷い火傷ねえ。この前男色の変態さんが、火傷痕を見せて、してくれたら三十くれるって言ってきてさ」
酷い火傷……それが表向きの理由だ。リアの顔は焼け爛れており、見せたくないし相手を不快にさせるだけなので隠している。そう偽っている。
「まあ、普通に気持ち悪いので拒否って、生ゴミ相手に腰を振ってればって言ったの。そしたらなんか10ccくれたよ。男だって言ってるのに、それはそれで変な奴が来るんだね」
笑っていいのか顔をしかめるべきか迷ったレオは、結局心に従って顔をしかめた。
顔を隠すだけではなく、リアには男として振る舞って貰っている。理由は単純で、そういう変な奴を追い払う為だ。今回は逆効果だったようだが。
沢山の偽りの上に、リアの日常は成り立っている。それは結局、檻の形が変わっただけだ。
彼女が素顔で、性別を偽ることなく、好きなように生きる。その為には、何もかも足りない。
トラックは悪路に差し掛かり、二人の身体が大きく揺れる。
「というか、そういう場面では挑発せず逃げろ。なにちゃっかり金を貰ってるんだ」
「いや、ほんとあっと言う間の出来事で。すぐレオが来たし」
リアは悪びれる様子もない。レオは溜息を吐きながらヘッドセットを付け、通信を繋げる。
「ジミー、もうじき目標地点に着く。例の騒ぎはどうなった?」
『バカ騒ぎの件か? 収束方向だな。いつもの小競り合いの延長ってとこか。だがまあよくない分布をしている』
通信越しに、ジミーが小さく唸る。音を聞いているのだろう。
『やっぱりな。ハーベル寄りに戦線が散らばってやがる。距離はあるが、警戒するに越したことはない。まあ、それはこっちの仕事だな』
「頼んだ。回線は常に開いておく」
ジミーの警告を受け、レオは背後をちらと振り返る。トラックの荷台には輸送用の物資が積まれているが、それだけではない。
布を被り、しゃがみ込んでいる仕事道具……idに視線を移す。
「あいつの出番がないことを祈ろう」
そう言うと、レオは正面に向き直り運転に集中する。
ちなみに、とリアがこちらを覗き込む。ガスマスクによって表情は分からないが、何となく察することが出来る。きっと彼女特有の、悪戯っぽい笑みを浮かべているのだろう。
「一発でも撃ったら赤字、一発でも受けたら赤字だよ」
そうだろうなとレオは溜息を吐く。物資を積んで往復する。それだけの仕事に高値は付かない。
「……本当に祈るしかないな」
悪路に揺れるトラックの中で、レオは苦笑した。




