軋轢
高級車の中で揺られながら、レオはシグムントを見る。騎士様は上機嫌に運転している。
こちらの視線に気付くと、シグムントは苦笑する。
「どうしたんだい? そんな気色の悪いものを見るような目で」
レオは頭を振って正面に向き直る。
「顔に出てたのか……悪い」
「否定して欲しかったなあ」
腹拵え、顔合わせが済んだのならあとは仕事だ。《ラビットリッパー》を積んだトラックはジミーが乗って帰った。故にレオは、シグムントの車に同乗する形で移動している。
レオは気色の悪さを払拭する為に口を開く。
「まず、勘違いしている。俺があの時戦ったのは損得勘定だ。先の先を見据えて、お得意様に貸しを作った」
そうかも知れないが、とシグムントは口を挟む。
「人工密集地を避けるように誘導し、安全圏に入ってから本格的に交戦した。誰かが巻き込まれるリスクを、冷静に排除しているように見えたよ」
レオは溜息を吐く。
「そっちの方がやりやすいからだ。ヴァグラントは無人機、要素が少ない方が動きを特定出来る。見てたのなら分かるだろ」
全部損得勘定だ。そうした方が生き残れるからそうした。こうやった方が儲かるのでこうした。それだけだ。
「買い被られても困る。俺はただの運送屋でいたいが、必要になればどんな仕事でもする」
事実だ。神でも教会でもない自分は、手の届く範囲のものしか守れない。そして、この手は既に埋まっている。
レオは首を横に振り、続ける。
「分からないならはっきりと言う。俺にとって最善だと判断すれば、平和を脅かすことすら仕事の範疇だ」
これも事実だ。それをすれば教会と対立し、敵が増えるからしないだけ。リスクとリターンが見合えば、そういう仕事も選択肢に入るだろう。
「ヒーローを探してるならここにはいない。いやどこにもいない。この世界にいるのは死んでも死にきれず生きるに生きられない、そういうありふれた……下っ端の群れだけだ」
ランサーというのはそういうものだ。ランサーだけではない。この世界に生きる人々は皆、大小の差はされど。似たような絶望に折り合いを付けて過ごしている。
沈黙が広がる。舗装路がなくなり、車内の揺れが酷くなっていく。
「全部……君の言う通りだと思う。でもね、レオ」
シグムントは微笑む。その目は真っ直ぐと前を見据えていた。眩しい程に。
「私はそれでも、あの瞬間に戦うと判断した君を……羨望してしまうんだ」
微笑みの中に一抹の悲しみを添えて、シグムントはそんなことを言う。
「それに。私には唯一、人に誇れることがあってね。私は、人を見る目だけは確かなんだ」
そう言って、シグムントはこちらを見てウインクを投げ掛ける。
「さあ、そろそろ到着だ。記念すべき初仕事、気合いを入れていこう」
高級車がゆっくりと止まる。セントラルシティ外苑、外へと続く扉の一つ。
要するに、教会の管理する検問所だ。
「シグ。こことの上下関係はどうなってるんだ?」
車を降りながらレオは問う。教会の内部事情は、本人に直接聞いた方が良いだろう。
同じく車を降りながらシグムントは答える。
「ここの序列は三番。なので全体の枠組みから言うと、私よりも上位となるね。だが厄介なのが、私は騎士でここの人員は兵士、という所だ」
レオは僅かに顔をしかめる。それは厄介なんてものじゃない。シグムント自身は気にしていないだろうが、彼等は違う。
「となると、身分を隠した方がスムーズだな。教会からの依頼という点でアプローチする」
あー、とシグムントが頭を掻く。
「恐らくそれは難しい。騎士は顔が割れているからね」
レオは溜息は吐き、頭を抱える。
「そうか分かった。顔を隠そう。隠せるものがなければ、そこら辺で泥を塗れ」
レオはぶっきらぼうに言い放つと歩き出す。シグムントは笑い、泥を塗る様子もなく隣を歩く。
レオは近付きながら、状況を読み解く。検問所の惨状は想像以上だった。門や壁は破壊され、ヴァグラントの通過したであろう傷跡が残っている。
詰め所だった小屋も瓦礫で潰されており、必死に補修してきた舗装路はめくれ上がっている。
レオ自身、何度もこの検問所を通っている。だからこそ、目の前の光景は惨状といって差し支えないだろう。
ちらと抉れた壁を見る。破壊され砕けた、というよりも。焼け溶けたように感じる。
「……こいつは」
頭に浮かんだ光景が、最悪の事態を想定する。その仮説を一旦脇に置き、レオはシグムントと共に検問所を潜る。
惨状はセントラルシティの外にも広がっていた。idの残骸にヴァグラントの残骸……苛烈な戦闘痕に、未だ忙しなく動き続ける人々。
遙か遠方には、武器を携えた《パラディン》の姿が見える。防衛を担う三番、その騎士連中だろうか。
「……酷いな」
シグムントが呟く。目の前の光景を一言で表現するなら、そうなるだろう。
「お前達、そこで何をしている。ここは今」
近くにいた兵士がこちらを見付け、駆け寄ってくる。しかし、シグムントの顔を見た瞬間に言葉が途切れた。
「成り上がったお飾りの騎士か。激励でもしてくれるのか? ああ?」
兵士は真っ先にシグムントに絡んだ。その様子を見て、レオは内心で溜息を吐く。やはり顔を隠した方が良かった。
「まさか。ここには仕事で来たんだ。先日の一件について」
「手遅れになってから来てくれたな。俺達はお前等の半分にも満たない装備で、これだけのことをした!」
お前は何をしていたんだと、兵士の表情が怒りに染まっている。
まあ、気持ちは分かるとレオは内心で頷く。騎士の使うid、《パラディン》が一機でもここにいたら。この惨状も、多少はマシになっていたかも知れない。
「……すまない、私は」
謝罪しようとするシグムントの肩をレオは掴み、やんわりと退ける。
「お前は?」
「ラビットメイル運送です。兎のマークの。ここも何度か通ってました」
兵士は少し考え、ああと頷く。名前とマークは、何となく覚えていたのだろう。
「教会からの依頼で、調査に来ました。本題に入ります。ここにいたのは《リザードマン》だけですか? 俺が交戦したのはそいつが二機、といった具合なんですが」
兵士は僅かに目を開く。
「中に入ったのを片付けたのはあんたか。手間を掛けさせた。こっちは……」
兵士の顔に悲痛の色が差し込む。これだけの惨状だ。被害も相当なものだろう。
「いや、ここにいたヴァグラントだな。殆ど《リザードマン》だ。だが」
兵士は壁を指さす。それはレオが見ていた、焼け溶けた壁面だ。
「《ジャケット》が混ざっていやがった。知ってるよな? あのチビだ」
VR-01《ジャケット》……全長二メートル程の、小型ヴァグラントである。
その外見は、名前通りの上着だ。頭部はなく細い手足があり、胴体は空洞……ここに様々な武装が詰め込まれている。
《ジャケット》自体はそこまで脅威ではない。空洞が故に脆い耐久、姿勢保持程度にしか役立たない手足……軽いからか、疾走能力だけは大したものだ。
《ジャケット》は強くない。問題は、その空洞に何が納まっているかだ。
「じゃあやっぱり、光の帯を?」
兵士は頷く。
「ああそうだ。《リザードマン》が多くて気付けなかった。光の帯が敵も味方も関係なく焼いて、後手に回るしかなかった」
兵士は俯き、唸る。当たって欲しくなかった仮説が補強され、レオもまた顔をしかめる。
「すみません、もう一点だけ。貴方の所感で構いません。今回のヴァグラントの襲撃……あいつらの挙動に知識を、戦術を感じましたか?」
兵士は顔を上げ、それだ、と言いたげに何度も頷く。
「ああ、明らかにおかしい! ずっとここで戦ってきたから分かる。ヴァグラントが隊列を組んで、前衛後衛分かれて襲ってくるなんて話があるか? 分かってたらこんな……!」
兵士は息を吐き、首を横に振る。
「悪いな。あんたの質問に答える。俺は……間違いなくそれを感じた」
兵士は力なく笑う。
「戦いの後な。人が乗ってるんじゃないかって、胴体を引き千切ってやったんだ。人なんてどこにもいやしないのにな」
レオは考える。自分が戦った《リザードマン》二機には、それ程の知性を感じなかった。
つまり、時間制限のようなものがある……のかも知れない。
「ありがとうございます。少しこの辺りを見る為に彷徨きますが、問題があったら言って下さい」
「そりゃあ構わないが。そいつは?」
兵士がシグムントを指さす。何でこいつがいるのかと言いたげな様子だ。
「俺の監視役ですよ。《リザードマン》と戦った後、彼等に捕まって」
兵士は溜息を吐き、シグムントをちらと睨む。
「本当にろくなことをしないな」
まあまあとレオは手を振り、そうだと兵士に声を掛ける。
「貴方達のお陰で、俺は二機だけに集中出来ました。恩人に礼を」
レオはそう言って頭を下げる。兵士は短く笑い、首を横に振った。
「仕事をしただけだ。あんたもそうだろ?」
そう言って、兵士は去っていく。まだまだやることが沢山あるのだろう。こちらと同様に。
兵士の背を見送り、シグムントに向き直る。
「印象は掴んだ。あとは喧嘩しないようにここを見て回る。気になること気になったこと、全部書き記してくれ」
レオは怪訝そうな目でシグムントを見る。
「一人で、回れるよな?」
「ああ。やってみせるよ」
シグムントの返事にレオは頷き、手をぱちんと合わせる。
「では分業でいこう。喧嘩するなよ」
レオは釘を差すも、シグムントは困ったように笑うのみだ。
その後、一時間に渡り検問所を歩き回り、様々な情報を収集した。
そして、そのどれもが一つの仮説へと結びつく。
ヴァグラントは人為的に操作されていたという、当たって欲しくない仮説にだ。
行きと違い、帰りの車は互いに押し黙ったままだった。




