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蒼失の空_EndOfFurthest  作者: 秋久 麻衣
第一章_焼け堕ちた未来
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羨望


 太陽に照らされた愛機が煌々と輝いて見える。釈放されたレオは、押収された《ラビットリッパー》と対面を果たしていた。

「余計なことをしてないだろうな……」

 教会の外、だだっ広い広場で、レオは《ラビットリッパー》を検分する。軽くチェックした限りでは、特に問題なさそうだが。

「どちらにしたって、あいつはしかめっ面になりそうだ」

 結局、戦闘した分の損耗はそのままだ。リアの怒り顔が目に浮かぶ。

「お待たせ、レオ。これで良いかな?」

 若い男の声、あの騎士だろう。声を掛けられ、レオは背後を振り返る。

 そこには想像通りあの騎士が、シグムントがいた。両手を開き、自身の姿がよく見えるようにしている。

 シグムントは、先ほど顔を合わせた時とは格好が違った。清潔感のあるシャツに、サスペンダーとスラックス……シンプルながら仕立ての良さが窺える。整った顔は相も変わらず、人当たりの良い笑顔を浮かべていた。

 今の彼は教会の騎士ではなく、ラビットメイル運送見習いだ。騎士らしい格好は卒業して貰う。

「欲を言えば、もっと汚れていて泥を舐めている雰囲気が欲しいな」

 レオは視線を外し、《ラビットリッパー》の検分に戻る。背後からシグムントの笑い声が聞こえた。

「中々難しいことを言う。実際に汚して、泥を舐めるぐらいしか取れる手段がない」

「じゃあそうしてくれ。あまり小綺麗だと、一目でただ者じゃないとバレる」

 シグムントと協力し、ヴァグラント暴走の件を調査する。成り行きで決めてしまったが、この判断がどう影響するかはまだ読めない。

「仰せのままに。今舐めようか?」

「俺のいない所でやってくれると嬉しい」

 シグムントの笑い声が聞こえる。レオは僅かに顔をしかめ、何とも言えない居心地の悪さを感じる。

 立場上、色んな人間と関わってきた。だが、こういう手合いは珍しい。愛想や機嫌がよく、裏表を感じさせない好青年……経験上、こういった人間は二種類いる。馬鹿かやり手の二択だ。

 そして、教会の騎士ともなれば前者は自然と外れる。本来であれば、まともに関わること自体がリスクだろう。

「……よし。異常はない。盗難の線はなさそうだ」

「そんなこと、する訳がないだろう? 簡単なチェックしかしていない筈だよ」

 レオの呟きに、シグムントはわざわざ答える。

「どうかな。そうであって欲しいといつも祈ってるけど」

 レオは《ラビットリッパー》の足に背を預けながら、携帯端末を取り出す。

「それで、ボス。まずは何から始めるんだい?」

 シグムントの問いに、レオは少し嫌そうな表情を浮かべる。だが、一応立場上はそういった呼び方になるのだろう。今の彼は、ラビットメイル運送見習いなのだから。

「挨拶と腹拵えだ。今、人を呼んでる。あんたは、いやシグムント……長いな」

 レオは少し考え、端末でシグムントを指し示す。

「シグはシグで車を用意してくれ。持ってるんだろ?」

 レオの問いに、シグムントは笑顔を見せる。

「いいね。今から取ってくるよ」

「派手すぎない奴にしてくれよ」

 シグムントは笑い、こちらに向けてウインクをする。

「心配はいらない。私の趣味はそれなりにシックだからね」

 心配たる所以を端々に感じながら、レオはジミーへ連絡を入れた。







 レオはジミーに連絡を取り、一通りの状況を共有した。《ラビットリッパー》を輸送する都合もあり、ジミーにトラックを回してもらうように頼んだ。

 リアとも話すことが出来た。多少落ち着きがなく、不安そうな声色だったが、《ラビットリッパー》が帰ってくれば持ち直すだろう。

 あとは顔合わせを済ませるのみ。適当な店に入り軽食を注文し、屋外に放り出されたテーブルへ倒れた椅子を引き寄せる。

 並んだ軽食を余所に、店先に止められた高級車を眺め、レオは溜息を吐く。

「派手な車はやめろって言ったのにな」

 車の持ち主であるシグムントはパンを片手に笑う。

「シックだろう? 部下の車は真っ赤だったり黄色だったりする。私のは、深みのある紺色だ」

 それを聞き、ジミーは短く笑う。

「レヴォールS300が派手じゃなかったら、世の中なんでも質素になっちまうな」

 三人は同じテーブルに付き、飲食を共にしている。腹拵えをしたいというのは半ば建前であり、ジミーとシグムントを会わせることが目的だ。

 ジミーはアルコール風の模造ウイスキーをグラスに注ぐと喉に流し込み、シグムントを見る。

「しかし蒼律教会の騎士様とお仕事とはな。楽に稼がせて貰えれば助かるんだが」

 シグムントはパンを咀嚼してから、笑顔をジミーに向ける。

「残念ながら、楽は出来ないでしょう。今回、私は学ばせて貰う側ですからね」

 蒼律教会……セントラルシティの所有者であり、世界の維持や存続を勝手に担っている集団だ。教会といえば蒼律教会であり、その手腕や武力は本物である。

 セントラルシティが人並みの生活を維持していることから、教会の尽力が如何に途方もないのか伺い知ることが出来るだろう。

 当然、問題もある。結局の所、教会は人が担う組織だ。神が平和を賜ってくれる訳ではない。故に限界が生じ、取りこぼされる者もいる。

 そして、取りこぼされた者は刃を尖らせる。敵を作りやすい組織だ。

 ジミーがいやいやとグラスを振る。

「天下の教律騎士団、それも騎士長の身分ときた。少なくとも、荒事は楽になる。だろう? レオ」

 ジミーに問われ、レオははいはいと頷く。

「その通り。騎士様に世渡りは期待していない。歩く免罪符、いざという時の暴力装置。場を和ませるムードメーカー。お互い得意分野で戦えばいいい」

 酷いなあ、とシグムントは笑う。

 教律騎士団は、蒼律教会の保有する最大の戦力だ。神を敬いながらも人の組織でしかない教会は、世界を守る為に世界を平らげる武力が必要だった。

 シグムントは罰が悪そうに頭を掻く。

「確かに私は騎士長の身分ですが。序列は四番、下っ端も下っ端ですよ」

 レオは頭に仕舞い込んだ知識を引っ張り出す。騎士団の序列は四等級……一番が英雄オースティンの擁する最大戦力、二番が教会内部の治安維持、要するに軍警察のようなものだったか。この二つはエリート中のエリート、滅多にお目に掛かることはない。

 ジミーが僅かに目を細める。

「序列はさして重要じゃない。お飾りの一番に、組織を保つ為に奔走し続けるしかない二番。トップ二つは、教会が教会である為に必要なだけだ」

 指を一本二本と立て、ジミーは序列を語っていく。その様子を、レオはさりげなく観察する。

 英雄の戦列である一番を、ジミーはお飾りと一蹴した。騎士の前、というよりも教会に属した者の前で、言っていいことではない。

 だが、シグムントの表情に変化はない。

「この世界の中で、本物の下っ端である俺達にとって重要なのは、他でもない三番と四番だ」

 三つ四つとジミーは指を立てる。

 ジミーの言っていることは間違っていない。三番は各地の防衛任務に属し、四番は偵察や遊撃に属する。殺し殺される場所に、この番号は存在している。

「この仕事をしてりゃ、嫌でもその実力は耳に入るからな。期待も一塩って訳だ」

 そう言ってジミーは言葉を締め括り、グラスに入った模造ウイスキーを飲む。

 レオとジミーは、じっとシグムントの言葉を待つ。シグムントは頷き、意志の通った目でジミーを見る。

「ええ。その為に、私は騎士を目指した」

 そしてシグムントは、レオの方を見る。

「でも私は何も出来なかった。命令に従うしかなく、君の戦いを眺め、君を拘束した」

 知っているとレオは頷く。あの時こちらを捕縛した四機の《パラディン》、その内の一機にシグムントはいた。

 彼の言動を見ていれば、それぐらいは分かる。

「なので、学ばせて貰うのです。ヴァグラントを前に一歩も引かず、人々を守る為に戦った君は。あの場にいた誰よりも、騎士として相応しかった」

「……はあ?」

 急に矢面に立たされたレオは、珍しく裏表なしに言葉を発してしまった。

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