羨望
太陽に照らされた愛機が煌々と輝いて見える。釈放されたレオは、押収された《ラビットリッパー》と対面を果たしていた。
「余計なことをしてないだろうな……」
教会の外、だだっ広い広場で、レオは《ラビットリッパー》を検分する。軽くチェックした限りでは、特に問題なさそうだが。
「どちらにしたって、あいつはしかめっ面になりそうだ」
結局、戦闘した分の損耗はそのままだ。リアの怒り顔が目に浮かぶ。
「お待たせ、レオ。これで良いかな?」
若い男の声、あの騎士だろう。声を掛けられ、レオは背後を振り返る。
そこには想像通りあの騎士が、シグムントがいた。両手を開き、自身の姿がよく見えるようにしている。
シグムントは、先ほど顔を合わせた時とは格好が違った。清潔感のあるシャツに、サスペンダーとスラックス……シンプルながら仕立ての良さが窺える。整った顔は相も変わらず、人当たりの良い笑顔を浮かべていた。
今の彼は教会の騎士ではなく、ラビットメイル運送見習いだ。騎士らしい格好は卒業して貰う。
「欲を言えば、もっと汚れていて泥を舐めている雰囲気が欲しいな」
レオは視線を外し、《ラビットリッパー》の検分に戻る。背後からシグムントの笑い声が聞こえた。
「中々難しいことを言う。実際に汚して、泥を舐めるぐらいしか取れる手段がない」
「じゃあそうしてくれ。あまり小綺麗だと、一目でただ者じゃないとバレる」
シグムントと協力し、ヴァグラント暴走の件を調査する。成り行きで決めてしまったが、この判断がどう影響するかはまだ読めない。
「仰せのままに。今舐めようか?」
「俺のいない所でやってくれると嬉しい」
シグムントの笑い声が聞こえる。レオは僅かに顔をしかめ、何とも言えない居心地の悪さを感じる。
立場上、色んな人間と関わってきた。だが、こういう手合いは珍しい。愛想や機嫌がよく、裏表を感じさせない好青年……経験上、こういった人間は二種類いる。馬鹿かやり手の二択だ。
そして、教会の騎士ともなれば前者は自然と外れる。本来であれば、まともに関わること自体がリスクだろう。
「……よし。異常はない。盗難の線はなさそうだ」
「そんなこと、する訳がないだろう? 簡単なチェックしかしていない筈だよ」
レオの呟きに、シグムントはわざわざ答える。
「どうかな。そうであって欲しいといつも祈ってるけど」
レオは《ラビットリッパー》の足に背を預けながら、携帯端末を取り出す。
「それで、ボス。まずは何から始めるんだい?」
シグムントの問いに、レオは少し嫌そうな表情を浮かべる。だが、一応立場上はそういった呼び方になるのだろう。今の彼は、ラビットメイル運送見習いなのだから。
「挨拶と腹拵えだ。今、人を呼んでる。あんたは、いやシグムント……長いな」
レオは少し考え、端末でシグムントを指し示す。
「シグはシグで車を用意してくれ。持ってるんだろ?」
レオの問いに、シグムントは笑顔を見せる。
「いいね。今から取ってくるよ」
「派手すぎない奴にしてくれよ」
シグムントは笑い、こちらに向けてウインクをする。
「心配はいらない。私の趣味はそれなりにシックだからね」
心配たる所以を端々に感じながら、レオはジミーへ連絡を入れた。
レオはジミーに連絡を取り、一通りの状況を共有した。《ラビットリッパー》を輸送する都合もあり、ジミーにトラックを回してもらうように頼んだ。
リアとも話すことが出来た。多少落ち着きがなく、不安そうな声色だったが、《ラビットリッパー》が帰ってくれば持ち直すだろう。
あとは顔合わせを済ませるのみ。適当な店に入り軽食を注文し、屋外に放り出されたテーブルへ倒れた椅子を引き寄せる。
並んだ軽食を余所に、店先に止められた高級車を眺め、レオは溜息を吐く。
「派手な車はやめろって言ったのにな」
車の持ち主であるシグムントはパンを片手に笑う。
「シックだろう? 部下の車は真っ赤だったり黄色だったりする。私のは、深みのある紺色だ」
それを聞き、ジミーは短く笑う。
「レヴォールS300が派手じゃなかったら、世の中なんでも質素になっちまうな」
三人は同じテーブルに付き、飲食を共にしている。腹拵えをしたいというのは半ば建前であり、ジミーとシグムントを会わせることが目的だ。
ジミーはアルコール風の模造ウイスキーをグラスに注ぐと喉に流し込み、シグムントを見る。
「しかし蒼律教会の騎士様とお仕事とはな。楽に稼がせて貰えれば助かるんだが」
シグムントはパンを咀嚼してから、笑顔をジミーに向ける。
「残念ながら、楽は出来ないでしょう。今回、私は学ばせて貰う側ですからね」
蒼律教会……セントラルシティの所有者であり、世界の維持や存続を勝手に担っている集団だ。教会といえば蒼律教会であり、その手腕や武力は本物である。
セントラルシティが人並みの生活を維持していることから、教会の尽力が如何に途方もないのか伺い知ることが出来るだろう。
当然、問題もある。結局の所、教会は人が担う組織だ。神が平和を賜ってくれる訳ではない。故に限界が生じ、取りこぼされる者もいる。
そして、取りこぼされた者は刃を尖らせる。敵を作りやすい組織だ。
ジミーがいやいやとグラスを振る。
「天下の教律騎士団、それも騎士長の身分ときた。少なくとも、荒事は楽になる。だろう? レオ」
ジミーに問われ、レオははいはいと頷く。
「その通り。騎士様に世渡りは期待していない。歩く免罪符、いざという時の暴力装置。場を和ませるムードメーカー。お互い得意分野で戦えばいいい」
酷いなあ、とシグムントは笑う。
教律騎士団は、蒼律教会の保有する最大の戦力だ。神を敬いながらも人の組織でしかない教会は、世界を守る為に世界を平らげる武力が必要だった。
シグムントは罰が悪そうに頭を掻く。
「確かに私は騎士長の身分ですが。序列は四番、下っ端も下っ端ですよ」
レオは頭に仕舞い込んだ知識を引っ張り出す。騎士団の序列は四等級……一番が英雄オースティンの擁する最大戦力、二番が教会内部の治安維持、要するに軍警察のようなものだったか。この二つはエリート中のエリート、滅多にお目に掛かることはない。
ジミーが僅かに目を細める。
「序列はさして重要じゃない。お飾りの一番に、組織を保つ為に奔走し続けるしかない二番。トップ二つは、教会が教会である為に必要なだけだ」
指を一本二本と立て、ジミーは序列を語っていく。その様子を、レオはさりげなく観察する。
英雄の戦列である一番を、ジミーはお飾りと一蹴した。騎士の前、というよりも教会に属した者の前で、言っていいことではない。
だが、シグムントの表情に変化はない。
「この世界の中で、本物の下っ端である俺達にとって重要なのは、他でもない三番と四番だ」
三つ四つとジミーは指を立てる。
ジミーの言っていることは間違っていない。三番は各地の防衛任務に属し、四番は偵察や遊撃に属する。殺し殺される場所に、この番号は存在している。
「この仕事をしてりゃ、嫌でもその実力は耳に入るからな。期待も一塩って訳だ」
そう言ってジミーは言葉を締め括り、グラスに入った模造ウイスキーを飲む。
レオとジミーは、じっとシグムントの言葉を待つ。シグムントは頷き、意志の通った目でジミーを見る。
「ええ。その為に、私は騎士を目指した」
そしてシグムントは、レオの方を見る。
「でも私は何も出来なかった。命令に従うしかなく、君の戦いを眺め、君を拘束した」
知っているとレオは頷く。あの時こちらを捕縛した四機の《パラディン》、その内の一機にシグムントはいた。
彼の言動を見ていれば、それぐらいは分かる。
「なので、学ばせて貰うのです。ヴァグラントを前に一歩も引かず、人々を守る為に戦った君は。あの場にいた誰よりも、騎士として相応しかった」
「……はあ?」
急に矢面に立たされたレオは、珍しく裏表なしに言葉を発してしまった。




