教会にて
正体不明の無人機、ヴァグラントの襲撃を受け、レオは交戦を余儀なくされる。何とかこれを撃破するも、教会へ捕縛され連行されてしまう。
教会は何を思い、何がしたいのか。
レオの受難が始まる。
教会は常に清廉潔白であろうと心掛けている。豪華ではないが整った壁面に高い天井、手触りのいい長椅子にステンドグラス……人々が祈り、安寧を願うこの場所は、確かに清廉潔白なのかも知れない。
本当にそうなのか? とレオは疑問を反芻する。この世界は、主に二つとそれ以外に分類される。教会、商会、そしてそれ以外だ。
実際問題、教会はよくやっている。セントラルシティ、通称教会通りでは、比較的治安のいい日々を過ごすことが出来る。
レオは部屋をそれとなく見渡す。小さな部屋に、はめ込まれた窓が一つ。出入り口も一つ。
簡素な執務室、といった具合だろうか。一般人が立ち入ることのない部屋だろうが、清掃は行き届いており清潔な印象を受ける。自分の立場を考えれば、教会の寛大さを伺い知ることが出来るだろう。少なくとも、悪辣な環境下で椅子に縛られ、誰の物とも分からない抜け落ちた歯の感触を、足の裏に感じることはない。
「それで、君はランサーとしてあの場所にいたと。そういうことかね?」
机を挟んだ向こう側から、男がそう問いかけてくる。それなりの年齢に見える男性だ。それこそ、ジミーと同年代ぐらいだろうか。しかし纏っている雰囲気は正反対であり、どこか刺々しい。
レオは足を組み、右手で机をなぞる。
「そうなる。ヴァグラントの襲撃に対応する形で。仕事じゃなきゃ、誰が好き好んであれと戦うんだ?」
レオは両手を組み、じっと男の顔を見る。男もこちらを見ており、嫌悪感を隠そうともしない。
睨み合って数秒、扉を開く音が視線を外す合図となった。入室してきたのは若い男だ。衛兵のような身なり……近付いてきた男の腕を、レオはちらと見る。派手な腕章、教会の騎士だろう。
金髪に整った顔立ち……腕章があってもなくても、その佇まいは騎士然としていることだろう。
男の立ち振る舞いにはそういった知性が、気品が介在していた。
レオは僅かに顔をしかめる。騎士団とは折り合いが悪いからだ。
教会はランサーを重宝しない。それもその筈、彼等にはランサー以上に優秀な手駒が、騎士がいる。装備にしても練度にしても、そこいらのランサーでは太刀打ち出来ないだろう。
「こちらを。彼の身元の証明です。ラビットメイル運送、代表のレオ。教会とも契約しています」
入室してきた若い男、恐らく騎士は、幾つかの資料を机に広げる。そこには、レオの書いた契約書もあった。
「シグムント、それは私が判断することだ。下がってくれたまえ」
資料を手に取りながら、男はそう告げる。シグムントと呼ばれた若い騎士は、会釈をすると一歩二歩と下がり、壁に背を預けた。
男はその様子をちらと見るも、溜息を吐いて資料に目を落とす。
「確かに、書類に間違いはない。ただの運送屋にしては手際が良いが」
纏わりつくような男の視線を、レオは鼻で笑う。
「手際が悪い奴は早死にしてる。まあいい。手際の話をするなら、こっちも聞きたいことがある」
レオは一度目を閉じ、心を落ち着かせる。教会への疑念、嫌悪感を、ひとまず閉じこめる為だ。
目を開き、レオは男の目を見据える。
「通常、ヴァグラントは街へ侵入出来ない。外壁、ソナー地帯、検問所、どこかしらで防げる筈だ。今回は何でこんなに手際が悪いんだ?」
レオの問いに、男は黙ったままこちらを見ている。続きを話せと解釈し、レオは口を開く。
「それだけじゃない。騎士団の動きも遅かった。俺が戦った位置は教会外苑。教会の手が届きづらい場所とはいえ、管轄下であることに変わりはない」
正直に言えば、とレオは続ける。
「あんたらの戦力を当てにしてた。ヴァグラントを人工密集地から遠ざけて、騎士団が到着するまで粘る。それが俺の考えだった」
レオはそう言うと、部屋の隅にいる若い騎士に視線を向ける。彼はこちらと目が合うと、自分から目を伏せた。
レオの言葉には嘘が混ざっている。来るか来ないかも分からない騎士団は、最初から勘定に入れていない。最初からレオ一人で対処するつもりだった。
だが、それはそれとして相手の不手際を咎める為、レオは続ける。
「だが……教会は来なかった」
騎士団ではなく、教会とレオは言い換えた。責任はそちらにあると印象付ける為だ。
「いや、正確には来たか。全部終わった後に」
若い騎士は顔を伏せたままであり、目の前の男はこちらをじっと見ている。では次だと、レオは溜息を吐く。
「まあ、こっちの話はいい。よくある事だ。問題はヴァグラントだ」
レオは姿勢を正し、本題に入る。印象の植え付けは充分と判断しての切り込みだ。
レオは目の前の男を指し示す。
「あんたはずっと黙ってる。俺から何か聞き出したいが、何を聞いていいのか定まってない感じだ。思うに」
レオは僅かに身を乗り出す。
「考えてることは同じなんじゃないか? 今回の件、ただのイレギュラーなんかじゃない」
男の眉尻が僅かに動く。そして男が口を開く前に、若い騎士が一歩踏み出す。
「それはどういう?」
「……シグムント君」
窘められた若い騎士、シグムントは口を閉じ、また一歩下がる。
レオは短いやり取りの中で、上下関係とそれぞれの思惑を読み解いていく。
教会は、この件に犯人がいると思っている。だがこちらを犯人だとは思っていない。しかし、証拠も何もなく、藁にも縋る思いでこちらを捕まえた。
「俺は確かにランサーだが、金の為にあちらこちらで殺し合いをしたいとは思ってない」
半分嘘だ。必要ならやる。
「セントラルシティで仕事をしているのも、そういう理由だ。運送屋をやっているのも」
これも嘘だ。リアを隠す為、敢えて懐に飛び込んでいる。
「もし今回の件が、俺やあんたが考えている通り……人為的なものだとしたら」
男の目が細められる。
「対処は必須だ。この街の平穏が、根底から崩れるぞ。俺は戦った。あんたらはどうするんだ?」
男は何も答えない。答えられないのだろう。レオは自ら緊張を解き、深い溜息を吐く。
「何にせよ、ヴァグラントのせいでこっちは大赤字だ。なるべく速く決断してくれると助かる。教会の懐事情は知らないが、俺の懐事情は最悪だ。稼がないと」
そう言ってレオは警戒を解く。これ以上喋ることはないというサインだ。
「……提案があります」
沈黙を破ったのは若い騎士、シグムントだ。
「彼に依頼するのはどうでしょう? レオ氏は現状を正確に把握している上、間接的とはいえ当事者です」
男は溜息を吐き、シグムントを睨む。
「発言に気を付けてくれないか、シグムント」
それはそうだろうとレオも内心で頷く。教会は今回の件を、重大な事案として取り扱っている。シグムントの発言によって、憶測でしかなかったレオの言葉が補強されてしまった。
男からしてみれば、背中から撃たれたようなものだ。
「実力も保証します。彼の戦闘機動は、実に見事なものでした」
そう言って、シグムントはレオを見る。なるほど、とレオは目を細める。自分を捉えた四機の《パラディン》、あの内のどれかに乗っていたのだ。
「そういう問題ではない。君は」
「私が彼の補佐に付き、監視します。彼は教会から正式な依頼を受け、赤字を補填する。如何でしょうか?」
男は目を揉みほぐすようにして唸る。
「発言に気を付けろと言った。教会は外部の手を借りなければ調査一つ出来ないと、君は公言するつもりか?」
シグムントは何度か頷く。
「では、今回の件は他言無用かつ、私も身分を隠しましょう。ラビットメイル運送見習いとして彼の補佐をします。勿論」
シグムントがレオを見て、こちらだけに見えるようにウインクをする。
「レオ氏が約束を守ることが最低条件ですが」
レオは頷き、机をとんと叩く。
「契約者に明記してくれ。約束は守る。それと」
レオはシグムントを見据える。
「レオでいい。堅苦しいのは御免だ」
シグムントはにやと笑うと、男に向き直る。
「許可をくれないか、サファール。責任は私に被せてくれていい」
サファールと呼ばれた男は、じろとシグムントを睨む。
「君を騎士にする為に、どれ程手を尽くしたか知っているかね? 知っている上で、私にそれを言うのか?」
シグムントは笑みを浮かべ、小さく頷く。
「ええ。私がこういう男だと知っていて、貴方は私を推薦してくれたのでしょう?」
深い溜息と、恐らく何度も言ってきたであろう短い罵倒……それがサファールの返答であり、シグムントの勝利を飾る祝詞となった。
「……紙とペンを持ってきたまえ」
「承知しました。ありがとうサファール」
「さっさとしろ間抜けめ」
紙とペンを取りに行く為、シグムントが退出する。その最中、彼はこちらに向けてウインクを放った。
彼が去ったと同時に、男は小声で悪態を吐き、目を揉みほぐす。
「あー、その」
レオが声を掛けるも男は、サファールはじろと睨み付けてきた。
「いや、何でもない」
レオは自ら引き下がり、天井を仰ぐ。
想定外の事態になった。




