鱗を断つ
レオの操縦する《ラビットリッパー》は、驚異的な速さで戦場へと戻る。
理由は三つ。一つ目は、先に交戦しているidと共闘し、楽に済ませる為だ。二つ目は、これ以上被害を増やさない為……三つ目は、単に速く終わらせたいからだ。
しかし、レオがそこへ戻ったと同時に、理由の一つは文字通り音を立てて崩れていく。
ヴァグラント……《リザードマン》は、特徴的な前傾姿勢で加速しながら疾走、《ゴブリン》の放つ銃弾をくぐり抜けながら接近する。
そして、前面にある小さな腕が発光した。圧倒的な熱量で全てを溶断するトーチクローが、残る一機の《ゴブリン》を引き裂く。
端から見れば、《リザードマン》と《ゴブリン》が交差し、《ゴブリン》がずたずたになって崩れた、としか認識出来ないだろう。
「囮に使おうと思ったのに」
レオは小さく呟く。こちらに気付いた《リザードマン》が、前傾姿勢を保ったままこちらに向き直る。その横に、もう一機の《リザードマン》が降り立つ。
レオの《ラビットリッパー》は、一旦足を止め《リザードマン》と睨み合う。
「……ジミー、教会は?」
『動きはある。だが待つぐらいなら片づけた方が速いな』
教会の助力は期待できそうにない。idでの戦闘は短期決戦が基本、時間を稼ぐというのは現実的ではない。
『ジャッキーとの連絡は付けた。ヤードの五番を使ってくれとのことだ。細かい話し合いは、俺に任せておけ』
ジミーの報告に頷きながら、レオは《リザードマン》を観察する。
VR-02《リザードマン》、その役割は斥候と遊撃だ。独特な前傾姿勢……恐竜のヴェロキラプトルを思わせる体勢から、驚異的な疾走力を見せてくる。
武装は前腕のトーチクローのみ。しかし、圧倒的な熱量で全てを溶断する爪は、idの装甲を容易く焼き切る。
速度による急接近と、トーチクローによる一撃必殺。それが《リザードマン》の全てだ。
「トカゲ二匹か……」
レオは覚悟を決め、座席横のコンソールを右手で操作し、左手で上部ハッチを掴むと正面にスライド、操縦席を完全に密閉した。
視界が暗闇に包まれるも、即座に光がレオを照らし出す。左右からせり出したモニターが、外の光景を映し出したのだ。
モニターには外の光景だけではなく、様々な情報が記載されている。手札の数に等しい弾薬量や、血の一滴に等しい燃料の総量も、そこに表示されていた。
二機の《リザードマン》が走り出す。レオは息を吐き、操縦桿を傾けるとペダルを踏み込む。
レオの《ラビットリッパー》は、《リザードマン》から距離を取るように後退する。バーニアを小刻みに噴かし、両脚のブレードで滑るように後退していく。背を向けて逃げている訳ではない。《リザードマン》を正面に捉えたまま、《ラビットリッパー》は後退している。
「五番ヤード、まずはそこまで引っ張らないと」
この辺りは、まだ居住区に差し掛かっている。いざとなれば二の次だが、極力守る必要があるだろう。
後退しなら、《ラビットリッパー》の右腕が腰に伸び、そこにあるADR突撃銃を掴む。
ADRを構えた瞬間、ガンレティクルが形成されモニター内に揺れる。目視で撃つよりも、こちらの方が当てやすい。燃料を食うフルコックモードの利点、その一つだ。
《ラビットリッパー》は後退を続けながら、一発二発とADRを発砲する。単発の銃弾は、《リザードマン》の脚部に直撃し転倒させる。
当然、《リザードマン》は即座に起き上がり疾走を開始する。
レオは顔をしかめる。ADR……アンチドールライフルの頭文字を取ったこの突撃銃は、名前通り遠方からidの装甲を抜くことが出来る。
しかし、それも完璧ではない。装甲が特に分厚い部位はその限りではないし、弾丸の都合上反動が大きく扱いづらい。
そして、《リザードマン》は疾走している為上下左右に揺れており、装甲の薄い部位を狙いにくい。
「関節付近、変形機構、そこら辺に当たってくれれば」
《ラビットリッパー》は、単発でADRを撃ち続ける。何発かは命中するも、装甲の厚い箇所だ。追撃しようにも、いちいち派手に吹っ飛んだり転倒する為、狙いが付かない。
「……しょうがない。五番ヤードは、あっちか」
適宜銃撃を加え、狙いを引き付けながら《ラビットリッパー》は進路を徐々に変更、指定された五番ヤードに侵入する。
地形を把握し、レオはなるほどと頷く。周囲に積み重なった残骸群によって、ある程度の流れ弾は防いでくれるだろう。
《ラビットリッパー》は停止し、腰部背面にあるテールアンカーからワイヤーを射出し、適当な残骸、自動車を突き刺して引き寄せる。
そして、ワイヤーを左手で掴むとそれを振るい、自動車を入り口付近へと投げつけた。
ワイヤーを格納するのと、侵入してきた二機の《リザードマン》が自動車に激突するのは同時だ。
硬質な物同士がぶつかる音が響くも、それで終わりではないことをレオは知っている。《ラビットリッパー》は前進し跳躍、自動車の下敷きになっている《リザードマン》へ、至近距離からADRの弾丸を浴びせる。《リザードマン》はトーチクローを展開しそれを伸ばすも、自動車のフレームを引き裂くのみ。計六発、中枢への銃撃は装甲を貫通した。《リザードマン》は動かなくなり、トーチクローも光を失った。
数秒の攻防、しかし戦場において数秒はあまりにも長い。横合いから飛び込んできた《リザードマン》が、トーチクローを発光させる。
判断は一瞬、レオの《ラビットリッパー》は右手に持ったADRを手放し、素早く別の銃を……フリーパス散弾銃を引き抜いた。
ガンレティクルの形成すら間に合わない程の速度で狙いを付け、横合いから飛び込んできた《リザードマン》に発砲する。
トーチクローと銃口の距離は、まさに目と鼻の先。吐き出された散弾は《リザードマン》を容赦なく押し返し、吹き飛ばす。モニターにはようやく追いついたレティクルが、吹き飛ぶリザードマンに重なっていた。
ADRを拾い直す暇はない。《ラビットリッパー》は跳躍し、《リザードマン》と距離を取る。
「フリーパスは残り一発、となると」
落ちた武器のことは頭から除外する。たとえそれが、買うのに苦心した高額商品だったとしてもだ。
レオはコンソールを操作し、背中の装備に火を入れる。《ラビットリッパー》の背面、右肩には。ブレードチャージャーに納まったスマッシュブレードがある。火の入った鞘、ブレードチャージャーが駆動し、小さく振動する。
一方、即座に体勢を立て直した《リザードマン》は疾走しながら別の動きを見せた。
腰が持ち上がり、正面に位置していた前腕が左右に開く。前傾姿勢から直立姿勢へ、疾走の最中に変形したのだ。
これこそ、VR-02がラプトルではなく、《リザードマン》と呼ばれる所以……人型への変形機構だ。
疾走力は僅かに落ちる。しかしその分、両腕が伸び接近戦での対応力が増える。ただでさえ危険なトーチクローが、より厄介になった。
《ラビットリッパー》は後方に跳躍しながら、テールアンカーを射出、近くにあった巨大なパイプに打ち込む。これを引き寄せながら、《ラビットリッパー》はワイヤーを巻き取り降下していく。
巨大なパイプと《ラビットリッパー》が、位置を入れ替わるように交差、そのままワイヤーを解き放ち、パイプを《リザードマン》へ投げつける。
《ラビットリッパー》が着地するのと、《リザードマン》がパイプをX字に切り裂くのは同時だ。
《ラビットリッパー》の右肩、ブレードチャージャーが小さな金切り声を上げる。
レオは息を吐き、《ラビットリッパー》を飛び込ませる。パイプを引き裂き、空中で僅かな隙を晒している《リザードマン》に対し、《ラビットリッパー》は一息に距離を詰めると右手を突き出す。
そこには、残弾一発のフリーパス散弾銃がある。最早狙いを付ける必要すらない。放たれた散弾が、下方から押しやるように《リザードマン》を揺さぶる。《リザードマン》は咄嗟に腕をクロスさせ、散弾を防いでみせた。
ブレードチャージャーが金切り声を上げる。小さかったその音は、徐々に大きく、そして今は周囲に響き渡る程に高まっていた。
《ラビットリッパー》は右手のフリーパスを手放してから、空いた右手でスマッシュブレードを引き抜く。
否、ただ抜くだけではない。抜刀と同時に一閃、空中にいた《リザードマン》の腰部を、赤熱化した刃はあっさりと両断した。
腰を狙ったのは、トーチクローとの相打ちを避ける為だ。そして。
《ラビットリッパー》は素早く回り込む。下半身を失い、落下した《リザードマン》の背を、スマッシュブレードが通り抜ける。刃は未だに赤熱化しており、何の障害もない装甲をバターのように擦過する。背面からの斬撃は、トーチクローでは防げない。
《リザードマン》は一度だけ痙攣し、動きを止める。地面に突き立てられたトーチクローは、少しずつ冷たくなっていく。
同じように冷たくなったスマッシュブレードを、ブレードチャージャーに納める。
「……はあ、最悪だ」
レオはちらとモニターの端、燃料の残量を見る。密閉モード、バーニアの酷使、無理なワイヤー投擲、その全てが現実的な数字となって、そこに表示されている。
モニターを左右に押しやり、ハッチを上部に跳ね上げる。レオは《ラビットリッパー》を前進させ、残骸の中からフリーパスを拾い上げる。
「これは別にいいんだけど。あっちは18000ccだぞ……」
途中で投げ捨てたADRについてだ。正規品を購入した為、とても高くついている。
「ジミー、こっちは終わった。ADRを探してる」
ジミーの短い笑い声が入る。
『そりゃよくねえな。無理して買った代物を、いやちょっと待て』
数秒の沈黙、レオは黙ってADRを探す。
残骸の傍に埋もれ掛けたそれを発見し、安堵の溜息と共にそれを引き抜く。
「あった!」
『教会の連中だ! 潜んでやがった、間に合わねえな』
レオが銃を見付けた瞬間、ジミーの警告が入る。レオは呆れたように首を横に振り、ADRを腰に戻すよう操作する。
「索敵に掛からないよう、わざわざ電源を落として? 近くにいたなら手伝ってくれよ……」
いかに優秀なソナーマンと言えど、音がなければ捉えられない。そうこうしている内に、四機のidがヤード内に侵入、こちらに銃を向けた。
「《パラディン》が四機。弱者救済の教律騎士団が、聞いて呆れる」
一般的なidよりも一回り大きく、当然のようにフルコック式……大盾に派手な銃、背には大仰なランスと、豪華な装備をしている。
同じ装備があれば、真正面から《リザードマン》を撃破出来た。
『ひとまず、向こうに任せるしかねえか』
「だな」
ジミーの言葉に、レオは肯定を返す。
『だ……大丈夫、なの?』
リアが困惑の声を上げる。それもそうだろう。教会は、今もリアのような存在を探している。
「大丈夫だ、大人しく待ってろ。俺も」
レオは《ラビットリッパー》の電源を落とし、両手を上げながら立ち上がる。
「向こうに一つ二つ、文句を言いたいからな」
レオは抵抗せず、投降を受け入れる。
撤収は迅速……《リザードマン》の残骸含め、後には何も残らなかった。




