信じるに足るのか
ラビットメイル運送の所有する拠点は、昼でも薄暗い。夜なら尚のことだろう。
「おう。はいはい。はいよ。後でな」
ジミーは通話を切り、部屋の中央で《ラビットリッパー》を検分しているリアを見た。
「レオがもうすぐ戻るってさ。ようやく人心地か?」
ジミーの言葉に、リアは手を取め振り返った。ガスマスクは外しており、動きに合わせて髪が揺れる。
「ほんと? ていうか、ていうか! 何で一度も顔を出さないの? 一回こっちに寄ったって良いじゃん!」
リアの悲痛な叫びを、ジミーははいはいと聞き流す。
「そりゃお前、騎士様と一緒だからな。警戒するに越したことはねえって事じゃないのか?」
むぐぐとリアは押し黙る。ふんと鼻を鳴らすと《ラビットリッパー》に向き直り、足の装甲にひしと抱きつく。
「でもね、でもさ。心配してたんだよボク。《ラビットリッパー》は偉いね……真っ直ぐ帰ってきて」
奇行に走っているリアを見て、ジミーが短く笑う。リアはそんなジミーを、じとりとした目で睨みつける。
「それで? ジミーはその騎士様と会ったんでしょ。信用できるの?」
直截な問いをリアは口に出す。騎士様と言う時のリアの声は、随分と刺々しい。ああ、それなんだがとジミーが口を開く。
「あれはちょっと読めないな。レオが警戒しまくるのも納得だ。前時代的なんだよなあ」
ジミーはその騎士を、シグムントの所感を思い返す。
「善人で誠実、正義の味方であろうとする若き騎士、しかもイケメンだ。レオが人々の為に戦ったとか何とか言って、えらく感激なされてるご様子でな」
はあ? とリアが目を細める。
「レオはボクの為に戦ってるだけで、人々の為じゃなくない? にわかじゃん」
「意味分からんとこで張り合うなよ。ま、それでだ。そんな奴いるか? この世界で? どう思うよ嬢ちゃんは」
リアは《ラビットリッパー》の足に背を預けながら、吐き捨てるように鼻で笑う。
「いる訳ないよそんな奴。そういうフリしたクソ野郎に違いない。純粋無垢で見た目だって悪くないボクでさえ、こんなに口が悪いのに」
リアは腕を組みながらふんぞり返る。
「汚い口を自覚してんなら直そうな。レオに嫌われるぞ」
「……そんなことないもん」
リアはまたもやじとりとジミーを睨む。が、すぐに溜息を吐いていつもの様子に戻る。
「それで? そんな怪しいのを相手に、なんでレオやジミーは二の足踏んでるわけ?」
ジミーはリアを指さす。
「それだよ。絶対怪しいよな。だが、直接話してカマも掛けた。分かりやすいのも分かりづらいのも織り交ぜてな。で、分からなくなった。もしかしてこいつは」
ジミーは遠い目をする。ここではないどこか、今ではないいつか。かつて見たことがある光景を、その疲れた目を捉えているのだろうか。
「本物の……大馬鹿野郎なんじゃないかってな」
リアは唸り、《ラビットメイル》の装甲をこつこつと叩く。
「つまり……善人で誠実で、正義の味方になろうとしてる?」
「しかもイケメンだ」
「イケメンはどうでもいいんだよどうでも」
リアはうんうんと唸る。だが深く息を吐き、ジミーに向けてひらひたと手を振る。
「ボクは教会が何をしたのか知ってる。だから絶対に信用なんて出来ないんだけど。レオとジミーがそう思うんなら、多分そっちが合ってる」
ジミーは頷くも、一つ訂正したいのか咳払いをする。
「嬢ちゃんの言う教会は、蒼炎騎士団の連中だろ? 今はもう解体されて、名前も変わってる」
「知ってるよ。だから何? やったことは変わらない」
ジミーは頷く。それは、リアにとっての不文律なのだろう。
「それもそうかもな。とにかく、警戒はしておくに越したことはない。レオもそこは弁えてるだろうよ」
ふうん、とリアは相槌を打つ。
「ボクについては? 隠してるの?」
「人見知りの庭師がいることは言ってある。いつものカバーストーリーだ」
はいはい、とリアは頷く。
「火傷のやつね。人見知りは合ってるから丁度いいよ」
それにしても、とリアは肩を落とす。
「面倒なことになったね」
ジミーは短く笑う。
「違いないな。だが見ようによってはチャンスだ」
リアは怪訝そうな顔でジミーを見る。ジミーはいいか? と身を乗り出す。
「まずどう転んでも赤字は消える。金ってのは重要だ。危険から逃げ続けるには金がいる。平穏を維持するのだって金がいる。今回の件、仕事としてのリターンはでかい」
リアは目を細める。
「それは分かるけど。結果、教会とお近付きになりましたは割に合わないじゃん」
「教会通りに住んでる時点でお近付きさ。俺達は、裏を掻く為に懐へ入った。今回の件も同じだ」
どういうことかとリアは問う目を向ける。
「レオはこの件の第一線に入り込んだ。つまり懐だな。誰よりも早く事態を察知出来るし、場合によってはコントロールすることも出来る」
ジミーはリアを指さす。
「だからこそ、レオはこの話を受けた。サイコロを振られるんじゃない。振る側に回ったのさ」
リアは唇に手を当て、しばらく考える。
「……何考えてるのかは分かった。不安だけど」
「俺も不安さ。レオの奴もな」
リアは《ラビットリッパー》に向き直り、検分を再開する。教会に収容されたと聞き、一旦全てをバラして組み立てた。その最終チェック中だ。
「みんな仲良く平和に暮らしたいねー」
リアが何とはなしにそう呟く。
「ああ本当にな」
ジミーが相槌を打ち、イヤホンに耳を傾ける。
見知った靴音、少女の待ち人であるその存在を音で感じ取ったジミーは人知れず頷く。
機嫌の悪いリアの相手は、専門家に任せるべきだろうと、ジミーは援軍の到着を待つ。
やがてシャッターの上がる音が聞こえ、ようやく少女の機嫌は持ち直したのだった。




