4話 タコスパーティー
タコスパーティー当日。
パーティーというからには少しばかりお洒落をしていった方がいいのかしら、とニーノは〝タコスっぽい〟服装をしていったのだが、出迎えた空来と松島は至って普段通りの服装だった。それ自体がお洒落と言われればそうだが、少しだけ恥ずかしい。
「わ、今日はとびきり綺麗なお洋服ですね。元気沸いてきそう」
空来の無邪気な評価に、ニーノは笑って誤魔化した。
「ニーノさん、今日はじゃんじゃか食べて下さいね。といってもジャンクフードだけど。お酒、何飲みます? ビールもありますよ」
「じゃあ、ビールを少しだけ」
松島はカウンターの向こうからビールとグラスを持ってくると、ニーノの前に置いた。注ごうとするのを慌てて止め「自分でやるわ」と笑う。
「あぁ、そういえば、お呼ばれしたしサラダでもと思って作って来たの」
ニーノは手にしていた紙袋からタッパーを取り出すと、テーブルの上に置いた。松島と空来の様子を窺いながら「これはタコのサラダで、こっちは豆の──」と説明すると、わっと二人の顔が輝いた。
「お誘いしたのはこちらなのに、すみません」
松島が恐縮したように言った。
「お洒落な器に入れてくれば良かったわね。器はあまりこっちに持って来てなくて、タッパーになっちゃって」
「いやいや、全然気にしないです」
「これチリコンカンですよね。テクスメクス!」
空来がタッパーのひとつを指さしながら言った。
「テクスメクス……はよく判らないけど、コレで調べたの。タコスに合う副菜って」
ニーノがスマートフォンを指さすと、空来は可笑しそうに笑った。次いで、ハッとした風にニーノを見つめ返し、両手の指でニーノの服を指差した。
「その服って、もしかしてタコスイメージ⁉ わぁー、一本取られた! 私もタコスっぽい格好してくれば良かった」
そう言って店内を見回し、飾ってあった麦藁帽の埃を払ってから被った。更にきょろきょろ物足りなさそうに見回し、カウンターの上のサングラスを掛ける。
「これで勘弁してください。最大限にメキシコです。あ、でもサングラスはこの暗さだと真っ暗になるから掛けるの止めよう」
サングラスを胸元に差した空来は、満足そうに椅子に腰を落ち着けた。
忙しなく動き回る空来に思わず笑みを漏らすと、釣られたように空来も笑う。
松島の運営するマリンスポーツ屋『マリンブルー』の店内は、可愛らしく飾り立てられていた。物珍しくそれらを見ていると、空来が「私が飾り付けたんです」と胸を張った。
白を基調とした店内には、マリンスポーツ用品や海の写真が飾られている。柱や棚には色とりどりの花が飾られて、イルカのぬいぐるみも幾つかあった。この辺りが空来の手によるものだろう。
奥にカウンターと、今ニーノ達が座るのはその手前に置かれたテーブルのひとつだ。営業中は手続きや、休憩に使っているらしい。開け放たれた窓からは、夜に沈む海と、向こう岸の家々の明かりがポツポツと見える。空は満点の星空だ。『マリンブルー』へと向かう道すがら、思わず見とれてしまった程だ。
「星が綺麗ねぇ」
ニーノが言うと、松島が身を屈めて外を覗き、眉を寄せた。
「この辺りはいつもこんな感じですよ」
その言葉に空来が口を尖らせる。
「もー、本当ロマンも何もないよね、店長って」
そう言いながら、空来はビールを注いだグラスを持ち上げた。
「乾杯しましょ」
「そうね」
ニーノがグラスを掲げると、ちらと松島を見て急かすようにした空来が「乾杯」とグラスを鳴らした。
テーブルの上には野菜やタコミート、トルティーヤ、チーズ等のタコスに必要なものが並んでいる。そこにタコのサラダやチリコンカンも添えられていた。
馴染みのないビールを飲んでから、空来に習って自分の手でタコスを作り、噛り付く。それを再びビールで流し込み、ニーノは何処か満たされる思いで息を吐いた。
気軽なパーティーというのもいいものだ。
「そういえば、SUPっていうのは、あの板に乗るんだよね?」
ニーノは外に干されたボードを指差し言った。ニーノの家の窓からも、ボードに乗って海面に浮かんでいる若者達の姿を目にすることがある。
「そうですよ。誰でも簡単に楽しめるマリンスポーツで……」
言い掛けた松島は、気まずそうに口ごもった。ビールを飲んでいた空来も、ゆっくりとした仕草でグラスを置き、様子を窺うようにしてチリコンカンのタッパーに手を伸ばす。
「一応、うちでは七十歳までって年齢制限を設けてるんです。だから、〝誰でも〟って訳じゃないですね。海の上でも踏ん張りがきかなくて転ぶこともあるし、色々を考えるとその辺りが妥当な線で。勿論、危険が少ないスポーツではあるんですけど」
深刻な顔で言う松島に、ニーノは手を振って笑い飛ばした。
「あぁ、違う違う。どんなものなのかなって思っただけだから。私くらいの年になるとね、ちょっと転んだだけで寝たきりになることもあるんだから」
そう言ってからビールをひと口飲み、新たにタコスを作る。
「タコスパーティーだって初めてやったわよ。こういう今の自分に出来る新しいことをやるのが、この年になってからの楽しみなの。まぁ、この年になって馴染みのない土地に移住するっていうのも、そこで知り合った若い子達と仲良くするのも新しいこと。出来ないことは増えたけど、それでも他に楽しいことはいくらでもあるんだからね」
タコスに噛り付き、再びそれをビールで流す。ほろ酔い状態の今が、酷く心地よかった。
「うん、私、タコスにハマっちゃったかも。魚とか入れてみても美味しいかしら」
トルティーヤを捲り、中を覗きながら言ったニーノに、空来が目を瞬く。
「魚ですか⁉ うーん、どうなんだろ。あんまり聞いたことないけど」
空来がうんうんと悩む様子に、ニーノは小さく笑う。
「今日は誘ってくれて有難うね」
その言葉に、空来は何処か昂ったような顔をして、コクコクと頷いた。
「こちらこそ。私も、ニーノさんとお茶したり、こうして一緒にご飯食べられて嬉しいです」
「そう、良かった。──此処でおばあさんからひと言。判ってるとは思うけど、年を取って出来なくなることもあるんだから、動ける内に色んなことをしておきなさいね。まぁ貴方達は心配なさそうだけど」
へへへ、と笑った空来が、ふいに顔を曇らせた。うーん、と首を捻ってから、「実は」と切り出した。
「本当は私、マリンモチーフの雑貨屋さんをやりたいんですよね」
「あら、いいじゃない」
「でも、此処も店長だけじゃ手が回らないだろうし、そこの棚にも少しだけ商品置かせてもらったりとかしてるんですけど」
見れば、確かに貝殻や花、人魚のモチーフのアクセサリーなどの雑貨が、こじんまりとだが棚に並んでいた。
「本当は一店舗全部雑貨屋さんとしてお店を開きたいとは思ってるんですけど」
そう言って、ちらりと松島を見やる。
「もうちょっとお給料上がったりしたらなー、って」
「もう十分に給料は払ってるつもりだけどな。個人店じゃあ今が限界だぜ」
「判ってるけどぉ」
空来はテーブルの上にぐでんと上半身を預けた。随分と酔いが回っているようだ。
「空来ちゃん、アンタお酒弱いんじゃない?」
「ちがいますよー。つよいですよー」
既に呂律が怪しくなってきている。松島に目をやると、いつものことなのか、呆れたように席を立つと、グラスに水を汲んで空来の前に置いた。
「ほら、後で風呂入るんだろ。酔い醒ましてからにしろよ。明日は朝早いんだからな」
「てんちょー、せくはらですかー」
「違う」
時計を見たニーノは、空来の様子を見てから松島に向き直った。
「私はそろそろお暇しようかしら」
「あぁ、全然気にしないで下さい。コイツが早く潰れただけなんで」
確かに、若者からしたらまだ夜も始まったばかりの時間だろう。しかし、ニーノは首を振った。
「私も久し振りにお酒飲んで、実は結構酔いが回って来てるの。それに、私達くらいの人はね、夜も早いのよ」
ふふ、と笑うと、松島もふっと表情を緩めた。
「じゃあ、送って行きますよ。近いからって言っても、酒も入ってるし、〝転んだら寝たきりになる〟んでしょ?」
「そうね。じゃ、送って貰おうかしら」
目を離した隙に寝入ってしまった空来を残し、ニーノは松島と共に外へ出た。松島が差し出した腕に掴まり、家へ向かって歩く。歩き始めて感じたが、自分の思っているよりずっと酔いは回っていたようだ。
ふと海に目を向ければ、空から星が降っていた。はたと脚を止めたニーノに、松島が怪訝そうにする。
「空来ちゃんの親御さんって、こういう景色を見て名前を思いついたのかしら」
ニーノの隣で海を見た松島は「そうかもしれませんね」と笑った。
「それじゃあ、今日はお招き有難う」
ニーノの家までは、ゆっくり歩いても五分も掛からない。
玄関前で頭を下げると、松島も同じように頭を下げた。
道の先には、『マリンブルー』から漏れる明かりがぼんやりと見える。
「そうだ、今度はうちでご飯会をしましょうよ。空来ちゃんが手伝ってくれて、家の中も随分片付いたのよ」
ちら、と家を見上げた松島は、嬉しそうに頷いた。
「空来も喜ぶと思います」
そして、あ、と声を漏らした。
「どうしたの?」
ニーノが訊くと、気まずそうに視線を逸らす。それでもニーノが視線で問い続けると、松島は観念したように口を開いた。
「いやー、次は味噌汁とか、和食を食べたいなーなんて。お袋の味的な」
目を瞬いたニーノは、思わず笑い声を漏らした。戸惑う松島の腕を軽く叩く。
「任せなさいな。貴方達のお袋ではないけど、お袋の味を作るのは、得意だから」
ニッと笑うと、以前に空来からキツく言われたのが効いていたのか、何処かホッとしたような松島が笑みを返した。
「それじゃあ、空来ちゃんにもよろしく言っておいてね」
「はい。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
ニーノは松島が『マリンブルー』に姿を消すまで見送り、満たされた想いで玄関の扉を閉めた。




