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約束のレモンの木  作者: 夢野かなめ


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12話 母子

 寒さがより厳しくなったある日。延子がニーノの家を訪れた。


「こっちはやっぱり少しだけ暖かいわね。うちの辺りは──」


 と、言い掛けた延子は、部屋の中で出迎えた木谷に不思議そうな顔をして、躊躇(ためら)いつつ会釈をした。


「お母さん、こちらが……?」


 事前に「会わせたい人が居る」ということは伝えてある。


「木谷さんよ。話はしたことあるでしょ」


「初めまして。娘の……延子です」


 名乗り返し、頭を下げた木谷に、延子は応えながら探るような視線を向けた。木谷は、それを気にせず台所で茶を淹れ始めた。延子の目が、訝しげに細められる。


「ねぇ、お客様にお茶淹れさせるなんて──」


「いいの。いつもやって貰ってるから。それに、もうお客さんでもないの」


 ニーノの言葉に、延子は眉を寄せた。


 木谷とは、同棲と言わないが、家の鍵は渡してあった。家に泊っていくこともあるし、生活に必要なものはある程度揃えてある。


 特に何か恋人らしいことをするでもないが、以前と変わらず、畑の世話をしたり、話したり、たまには何処かに出掛けることもある。


 互いの体調を見ながら、それでも共に居る時間を過ごせるように努めていた。


 すみれには互いの関係を話してあるし、好意的に、そして何処か安堵したように受け入れられていた。二人いる孫も同じような反応だったようで、木谷は嬉しそうにそれを話した。


「会わせたいって言ってたから、あの空来さんかと思っていたわよ」


 延子が声を落として言った。


 ニーノは、木谷を気にしながら延子に顔を向けた。


「空来ちゃんには、後で会いに行きましょ。今日はシフト入ってるから」


 窓の外を見たニーノに釣られるようにして、延子は窓の外に目をやった。庭に目を移し、眉間の皺を深くする。


 木谷がカップを三つ卓に置いたのに、ニーノは礼を言い、椅子を少しだけ横にずらした。そこに木谷が持ってきた椅子を置いて座る。


 延子は、じっとその様子を目で追っていた。


「気になっているようだから、先に話そうかと思うんだけど、お母さん、今こちらの木谷さんとお付き合いしているの」


 ニーノが言うと、延子は口元に運んでいたカップを持つ手を止めた。


 表情を硬くし、二人の顔を交互に見やる。


「お付き合い……?」


 かすれた声で、それだけ言う。


「そう。お付き合いと言っても、そうね……こうして一緒の時間を過ごしましょうっていう約束、みたいなものかしら。ね?」


 隣の木谷に顔を向けると、「そうだな」と頷いて見せる。


「この家の修繕も色々手伝って貰ったし、畑も一緒に世話したの。花火を見に行ったり、釣りもしたわ。どれも楽しかった。それで、延子にも紹介したいと思って──」


「待って。お母さん、待って。ちょっと整理させて」


 延子の苛立ちを含んだ声に、ニーノは口を閉じた。延子は、眉間を押さえ、顔を(しか)めている。


「お母さん、八十三よね」


「そうよ」


「それで、木谷さんは?」


「七十九」


「……何、言ってるの?」


 延子の言葉が、冷たく響いた。


 ニーノは、思わず拳を握りしめた。


 ──やっぱり、こうなっちゃうのね。


 握りしめた手に、木谷の手が触れた。何処か勇気づけられ、ニーノは顔を上げた。


「延子……突然、こんなことを言って驚いたかもしれないけど、貴方には知っておいて欲しかったの」


「お母さんは、本当にいつも勝手! 自分のことしか考えてないの⁉」


 突然、声を荒げた延子に、ニーノは驚いた。


「違うわ。自分のことしか考えてない訳じゃない」


「自分のことしか考えてないじゃない! 勝手にこんな島まで越してきて、よく判らない仕事を手伝って、その上で今度は恋人? いい加減にしてよ」


 延子の叫びに、木谷が注目を引くように咳払いをした。延子の鋭い視線を受けながら、木谷は静かに口を開いた。


「延子さん、貴女は、この人の何処を勝手だと思っているんだ?」


「……は?」


 木谷は、ニーノを見やってから、真っ直ぐに延子を見つめた。


「この人は……ニーノさんは、確かにこの年で単身この島に越してくるなんてことをした。それを心配するのは、娘として当然だろう。今までの貴女達の関係は、俺には判らない。だけど、ニーノさんは此処で、多くの人に愛されてる。大切にされている。助け合い、共に生きて行こうとしてくれる人々が居る。勿論、俺もその一人だ。──貴方は、ニーノさんを心配する気持ち以外に、そうして声を荒げるまでに、どんな想いを抱いているんだ」


 まなじりを吊り上げていた延子は、「はぁ?」と声を上げた後、言葉を継げなかった。


 木谷は静かに続けた。


「ニーノさんからは、どんなに貴女を大切に想っているかを聞いている。だが、きっと親子というものでも、すれ違いや行き違いはあるものなんだろう。俺も、娘と少なからずそういったものがあったから。だが、ニーノさんのお陰で最近はマシになったと思う。俺が此処に来ることも、快く思ってくれている」


「だから、私にもそう思えって?」


「延子! そんな言い方──」


 ニーノが声を上げると、木谷がそれを手で制した。


「そうじゃない。親子であっても……いや、親子だからこそ抱える想いというものはあるんだと思う。ただ、この島でのことは、ニーノさんの選んだ人生だ。それを、何者も止めることは出来ないだろう。例え、娘であったとしても。例え、その気持ちが心配からきているのだとしても」


 延子は、耐えるように目を細めた後、視線を逸らした。


 ちらと木谷を見やってから、ニーノは延子の顔を覗き込むようにした。


「延子……貴女が私のことを私以上に心配してくれているのは、きっと私のせいなのよね。貴女の目には〝勝手〟だと映る、私の行動が原因なのよね。それについて、今、言い訳するつもりはないわ。でもね、私は貴女の事をどうでもいいとも、自分のことが優先だと思ったこともないの。それだけは、判って欲しい」


 延子は、唇を噛み、苦しそうな顔をしていた。


 それは、叱った時に、自分が悪いと理解している時の顔だった。


 ──自分が悪い……? 延子は、そう思ってるっていうの?


「私は──」


 延子が口を開いた。


「私は、お母さんの世話を最後まで見るつもりだったの。その為に、お金だって貯めたわ。本当はお父さんも一緒にって考えてたけど、お父さんは先に死んじゃったし……だから、その分も私が、って。お母さんは楽しいことが好きだし、人と居るのも好きでしょう? だから、老人ホームもそういう所が良いだろうって色々調べて。それなのに……急に、こんな遠い島に引っ越すなんて、言い出すから! お母さんは、昔からそう。私が沢山考えて悩んでやっと導き出した答えを、簡単にひっくり返す。だから、『お母さんは勝手』なのよ!」


 そう言うと、延子は子供のようにわんわんと泣き出し始めた。


 驚いたニーノの肩を、木谷が優しく叩き「スーパーに買い物に行ってくる」と言って、家を出て行った。


 それを目で見送ってから、ニーノは延子の肩をあやすように擦った。


「そんなことを考えていたの……」


「そうよ! それなのに、ここで若い子達と仲良くしたり、知らない間に恋人まで作っちゃって……! お父さんはどうするのよ。そこから見てるわよ!」


 そう言って遺影を指差す延子に、ニーノは笑った。


「あぁ、あっちに行ったら、木谷さんの奥さんと四人で一緒にお茶しましょうねって話してるのよ」


「何それ⁉ ややこしいことしないでよ!」


 そう声を荒げる延子を、ニーノは優しく抱きしめた。


 娘だというのに、こうしたのは一体いつぶりだろう。


「ねぇ、延子」


 そう呼ぶと、延子は、まるで小さな子供のようにニーノを見上げた。


 もうお互い十分すぎる程に年を重ねている。それでも──


「私の娘は、延子……貴女だけなのよ」


 延子の瞳から、ボロボロと涙が零れ落ちる。


「それに、空来ちゃんに会ったら、貴女もきっと好きになっちゃうわよ。とってもいい子だから」


 ニーノは、目に溜まった涙を拭って、木谷が歩いて行ったであろう道を見やった。


「それにね、木谷さんも。ちょっとぶっきらぼうで、失礼な所もあるけど……さっきも、格好良かったでしょう」


「……でも、お母さんの好みじゃないでしょ」


「そうなのよねぇ……不思議だわ」


 ふふ、と笑うと、延子が「何よそれ」と不貞腐れたように言った。


 木谷が帰ってくると、マリンブルーで夕飯を食べようという話になった。スーパーマーケットへ向かう途中で、丁度店に戻っていた松島とそういう話になったらしい。


 ニーノの予想通り、延子は空来を気に入ったようだった。


 しかし、未だ木谷を見る目は、何かを探るようだった。松島に至っては「本当にチャラい」と警戒を露わにした。


 ニーノは、何処か不思議で、何処か満ち足りたような気持ちで、それを見つめていた。


 ──私の、大切な人達。


 空来が飾り立てた店の装飾が、皆の顔をキラキラと彩っていた。


 急に胸を締め付けそうになった想いに、小さく笑って首を振る。


 ──『想い出は消えない』でしょ、ニーノ。


 改めて、この幸せな光景を見回したニーノは、ゆっくりと息を吐き、顔をほころばせた。


 


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